「働き方」改革を巡る座談会

 

以下の座談会では、一部、守秘義務を要する事項に言及しているものもあるため、個人名などを特定されないよう、お話しいただいた方はすべて匿名とさせていただきます。それぞれの方々が経営される企業について語っていらっしゃる内容も、企業名を特定されないように、一部、変更して掲載しています。

 

ご参加いただいた方々のプロフィールは以下の通りです。

Aさん(男性40歳代):外食サービスを創業。現在もCEOとして複数の業態で多店舗展開の陣頭指揮を執る。

Bさん(男性50歳代):ある地方でマルチ・フランチャイジーを経営。外食、コンビニエンスストア、事業所向けサービス、教育関連サービスなどをフランチャイジーとして展開。

Cさん(女性40歳代):IT関連サービスを創業。観光や宿泊などに特化してビジネスを展開している。

Dさん(女性50歳代):製造業の会社を父親より引き継ぎ、CEOとして大きく業態転換を図った。現在、一種のSPA(製造小売業)として事業展開中。

 

Eさん(男性30歳代):医療・介護サービスの会社で新規事業を立ち上げ、その後、立ち上げた事業をスピンオフしてCEOに就任。現在、医療・介護関連のITサービス会社を経営。

 

1)~働き方の実態は~

 

― お忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます。ようやく「働き方」改革を目指した法整備も一段落し、企業経営にもさまざまな影響が出てくると予想されます。

そこで本日は、大きく事業を転換された会社を経営されていたり、自ら創業したベンチャー企業を経営されている方々にお集まりいただき、来年度から施行される労働時間法制の見直しや雇用形態に関わらない公平な待遇の確保などについて、経営の現場の声をお伺いしたいと思います。

 はじめに、皆さんそれぞれの会社での「働き方」改革への取り組みの現状を伺いたいと思います。

 

Aさん ここ数年、ビジネスを成長させるのに、人材不足を痛感しています。人材の質以前に、数がとにかく足りません。外食や小売りで事業を拡大しようと思っても、人手不足に成長を阻まれてしまいます。

 

― やはり人材不足は大きな問題ですか。

 

Bさん 私も外食やコンビニなど、店舗を構えて商売をしているところでは、やはり人材不足は大問題です。営業時間全体をカバーできるようにシフトを組むことができない店舗もあり、けっこう苦労しています。ただ、他の方々のように都市部で事業をしているわけではないので、必ずしも24時間営業にこだわる必要もなく、営業時間のほうを変更して対処することもあります。

 

Cさん 私たちの提供しているサービスは、情報提供や予約管理などをアプリで対応するものなので、ご利用いただいているホテルや旅館および観光施設などでは、いままで予約や問い合わせ対応に取られていた分の労働力を他の仕事に活かせると評価していただいています。お客様である施設運営会社さんは、人員をぎりぎりで回されているという印象です。

 

― もの作りの現場ではいかがでしょうか。

 

Dさん 人材が十分足りているかと問われれば、まだまだ不十分なところが多々あります、とお答えすることにはなりますが、人材不足で事業が回らないということはありません。

うちは、もともと製造現場で長年働いてきた職人とか機械加工のベテランスタッフが多かったのですが、製造現場を明るくきれいにすることで、若手や外国人も入社してくるようになりました。すると、未経験の人にベテラン社員が丁寧に指導するようになりました。長年、まともに後輩となる社員を採用していなかったわけですから、当初はうまくいかないこともよくありましたが、いまでは70代の社員が20代の外国人に手取り足取り教えていますよ。ベテランほど教えたがりなのかもしれません。

 

Eさん うちもDさんのところと同様です。人材不足なんて言い出せばきりがありません。ただ、現状は、幸いなことに人手不足倒産の危険性はありません。私たちの会社では、人材を採用するというよりも、業務委託とかパートナーさんとして自宅や自分の事務所で仕事をしてもらうほうが多いので、お互いにWin-Winの関係をもって対応しています。

 

― 今回の働き方改革では(注1)の内容ですが、まず労働時間法制の見直しがあります。残業時間の上限規制、勤務間インターバルの導入、月60時間を超える残業に対する割増率アップ、高度プロフェッショナル制度の導入など、大きな影響を受けそうなものは、どのあたりでしょうか。

 

Aさん 実際のところを言えば、残業を無理強いすることはありません。いまどき、そんなことをすれば、すぐにブラック企業の烙印を押されてしまいます。そうなれば、ブランド価値が瞬時に失われます。勤務間インターバルが気がかりだったのですが、今年のデータを見る限り、問題はなさそうでした。

 

Dさん 昔は受注量の変動が激しくて、忙しい時は徹夜で生産するなんていうことも珍しくはなかったですね。ただ、事業構造を変えて受注生産を止めてからは、無理な生産を社員にお願いすることもなくなりました。その分、売り切るための方策を日々捻り出すのは大変ですけど、ネット通販を活用してプライシングも自分たちでできるので、試行錯誤しながらも対応できています。

 

Eさん さきほども言ったように、私たちの会社では、業務委託とかパートナーさん‐パートナーというのはうちの技術基準を満たしているエンジニアの方を事前に登録して案件を優先的にお願いするプログラムなのですが‐委託先にしてもパートナーさんにしても、技術レベルに応じた単価設定になっているので、自分の生活を犠牲にしてまで仕事量を確保することはあり得ないはずです。もちろん、こちらでも発注量に無理がないかコントロールはしています。

ところで、労働時間の客観的な把握を企業に義務付けるとありますが、全員タイムカードで管理するとか、仕事に使うパソコンやスマホの起動時間を全て会社が監視するのでしょうか。

 

― すでにそういうシステムやアプリも開発されているようですが、大手企業であれば、Tokyo Workers(注2)のように、第三者がオフィスの稼働状況をモニタリングしてくれることもありますから、わざわざ会社がやらなくても把握できるかもしれません。ちなみに、Eさんのところでは、高度プロフェッショナル制度は導入されますか。

 

Eさん 検討する予定もありません。うちで直接雇用しているのは、ITのプロのエンジニアというよりも、マーケティングやプロジェクトマネジメントを担当している者が大半です。誤解のないように付け加えれば、社内にもエンジニアもいますし、CTOもいますが、彼らの仕事は技術動向の見極めとかパートナーの認定基準の策定といったものが中心になります。

 

― なるほど。では次に、雇用形態に関わらない公平な待遇の確保という点ではいかがでしょうか。

 

Cさん 私たちの会社には、正社員と非正規社員という区分けがもとからありません。役員と社員という違いはありますが、社員は個々の事情に応じて38時間のあいだで適当な時間を決めて働いています。このようにしないと、女性ばかりで会社を運営していくことは不可能です。

 

Bさん フランチャイズで運営している事業それぞれは、法人も違いますし、個別に就業規則も定めています。形の上では代表者は私ですが、実際のマネジメントは店長などの責任者が事業ごとにいます。いわゆる正社員は、責任者クラスしかいません。他のスタッフは全員、パートタイマーやアルバイトですから、不合理な格差を付けようがありません。

 

― 賞与とか昇給とかはいかがでしょうか。

 

Bさん 事業によって多少は違いますが、賞与も昇給も責任者クラスにはありますし、週4日以上やってもらっている6ヶ月以上勤めたパートタイマーさんには賞与もあります。昇給はむしろパートさんやアルバイトのほうが早いですよ。23ヶ月もすれば仕事を覚える人は覚えますし、ちゃんとできるようになれば時給をアップさせますから。

 

Aさん うちもBさんとほぼ同じです。各店舗で働いているキャストさんは、仕事のスキルに応じて昇給しますし、店の営業成績に応じて賞与も半年ごとに出しています。むしろ、本社のマネージャーやスタッフの方が賞与なしとか昇給対象にならないことが多いですね。

 

― 派遣社員などはいますか。

 

Aさん 雇い止めですか。とんでもないですよ、そんなことをしたら、仕事が回らなくなりますから、むしろ社員になるように、事あるごとに頼んでいます。何年も働いてくれた人を派遣切りするとか、まったく昇給させないなんて、大きな組織ならともかく、中小企業やベンチャーではありえません。

 

Dさん 業績が極端に悪くなれば、確かに給与カットや人員整理という話になりますし、うちも以前はそういう状況に追い込まれたこともありました。

 

― 「働き方」改革どころではないですね。

 

Dさん 基本は、働き方ではなくて、業績が上がるように仕事のやりかたをゼロから見直すことではないでしょうか。

 

【注1

厚生労働省が公表しているリーフレット“働き方改革~一億総活躍社会の実現に向けて”に概要は紹介されています。以下のサイトで見ることができます。

https://www.mhlw.go.jp/content/000335765.pdf

 

【注2

Tokyo Workersについては、以下のYouTubeのサイトを参照してください。

https://www.youtube.com/channel/UCJA7uPDWPZFwl0YPpgc73EA?view_as=subscriber

 

 

(2)~課題は何か?~

 

 

― 「働き方」改革を進める上で、これといって意識されている課題はありますか。

 

Eさん 組織運営とか人材面での課題というのは、特に感じません。もともとベンチャーや中小企業はあまり人材もいませんし、経営者といっても担当者と同じように実務をやっていますから、口頭でもチャットでもその場で決めて動きます。

 

Cさん そうですね、事務処理とか報連相とかは、システム上で完結しています。Eさんの会社も同様と思いますが、システム開発やお客様サポートといった仕事は、テレワークといいますか、社員や業務提携先の方々の自宅や事務所でやってもらうのが大半なので、無理やり残業とか長時間労働を強制しようにも、「今日はここまで」って言って電源を切られたら、それで終わりです。

 

Eさん 最後に泣きながら徹夜するのは、経営者しかいません。

 

― Aさんはどうですか。

 

Aさん 私たちのような外食ビジネスでは、経理処理にしても、人材採用にしても、アプリで対応できますから、いちいち紙に書いて本社に上げるということはありません。業務マニュアルやトレーニングも店舗では基本的にタブレットで対応できるようにしています。

 

― さすがに採用は本人に会ってみないと決められないのでは?

 

Aさん 外食とか対面型のサービス業では、現場のスタッフの採用は面接や実技試験などを行わないと決定できません。ただ、そこに至るまでの応募書類提出とか書類選考、面接の日程調整といったものは、絶えず最新のITサービスを導入しています。電話で日程を調整するとか、応募書類を郵送してもらうということは、ないですね。

 その上で、実際に会ってみます。スマホの画面で見た印象と、実際に会ってみた印象というのは、かなり違いますから、新業態店を出す時には必ず私が会います。採用を決めるのは店長ですが、どうしても合わない人については、私が拒否権をもつようにしています。

 Eさんのところでは、直接会わなくても、技術レベルの高い人材なら採用されるのですか。

 

Eさん よほど高度な技術があって、どうしても欲しい人材であれば、ネットを通じてコミュニケーションをするだけで仕事を頼むかもしれませんが、実際にエンジニアを採用するのであれば、直接会いますね。見た目ではなくて、その人の技術やビジネスについての考え方とか、仕事の価値観みたいなものが合っているかどうか、確かめたいので直接、会うようにしています。

 

Bさん フランチャイズ・ビジネスも同様です。本部との間では、契約書などは紙ベースで取り交わしますが、日常の業務ではITベースですね。

ただ、課題というほどのことではないかもしれませんが、本部から誰か来たり、アンケートなどの調査があったりすると、仕事が中断されたり、その後に対応しなければならないことが出てきたりして、余計な手間がかかることはよくありますね。

 

― 本社とか本部と現場との関係は、永遠のテーマかもしれませんね。

 

Bさん 私たちは複数のフランチャイズに加入していますから、それぞれの違いとか特徴もあります。現場のフランチャイジーを最優先に考えて対応してくれるところもあります。

 

― Dさんは何か課題を感じられていますか。

 

Dさん 「働き方」を改革するというのは、労働生産性を向上させることにつながらなければ意味がないと思います。まず、そこがはっきりしないケースが多いのではないかと危惧しています。

労働生産性を向上させるには、まず自社のビジネスモデルの見直しから始めるのが筋でしょう。先代の頃は大手の下請けとして部品の受注生産をしていたのですが、それを止めて、自社製品のネット販売に切り替えた当初は、なかなかトップライン(売上)が目標をクリアできず、苦労しました。とはいえ、営業担当を置く余裕はありませんから、ネットに注力したというのが実情です。結果的に、トップラインの生産性は担当者が1名ですから、労働生産性は高くなりました。

 

― 製造における労働生産性はいかがですか。

 

Dさん 職人さんっていうのは、どうしてもいいものを作りたいのです。それが、自分の納得できるものに偏ってしまうと、コストも工数もかかり過ぎてしまいがちです。それでは、経営者としてボトムライン(利益)を確保できませんし、働いた分に見合った処遇も実現できません。

 そこで、職人さんのもっているスキルやノウハウを活かした製品を企画するが経営者の仕事になってきます。その際に、職人さんたちと喧嘩腰になっても、製品にとって不要なものと絶対に欲しいものをわかってもらうのに、相当な時間がかかりましたし、その間に退職していった人もいます。

 ただ、一度理解して納得してもらうと、製品作りは早いですね。同時に、職場環境も私が先頭に立って毎朝、5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)を徹底していったり、未経験の人たちを新たに雇用してベテランの職人に指導してもらったりしたので、労働生産性は着実に向上しました。

結局のところ、最大の課題はトップラインを引き上げられるような製品を企画し続けていけるかという点かもしれません。これも、社員全体で進める仕組みを試行錯誤している最中です。

 

Aさん うちのビジネスでいえば、労働生産性を向上させる上で、もしかすると最大の問題は、現金管理かもしれません。うちのような店舗型のビジネスの場合、実際に支払いに使われるのは、まだまだ現金が多いのです。

 

Bさん 確かにそうですね。店で現金管理がなくなれば、本当に作業効率は上がりますし、店長やシフトリーダーがその日の売上や現金を集計したり確認したりする作業が不要になれば、その分、23人時程度は毎日、工数を削減できます。

 

Eさん うちは個人顧客向けのビジネスではないので現金を扱うことはまずないのですが、業界慣行としてまだまだFAXでのやり取りが多いので、ITサービスを提供しながらも、お客様とのコミュニケーションは電話とFAXです。

 

Cさん うちも国内のお取引先には電話やFAXを使うことが多いですね。海外とのやりとりは、ほぼすべてネットです。国内のほうがコミュニケーションの手間とか時間はかかりますね。ビジネスのスピード感は、海外の方が速いし、何より余計な手間がかかりません。

 

Eさん ファイルをワンクリックでやり取りできるのに、わざわざ何ページも印刷してからFAXして、先方に着いたかどうか電話で確認して…

 

Cさん そうそう。「働き方」を改革するなら、FAX禁止法でも作ったほうがすぐに効果が出るんじゃないですか。

 

Aさん ついでに現金も使用する範囲を限定してほしいですね。

 

― 労働生産性を向上させるには、ひとつの会社でできることには限界があるということでしょうか。

 

Dさん 事業承継やIT導入などで補助金や助成金の制度を活用したのですが、申込手続きや申請書類の作成などでまだまだペーパーワークが多くて、けっこうな作業量でした。見積書や領収書をひとつとっても、紙で整理し保存するのではなくファイルで対応するようになれば、企業も官公庁も生産性が上がることは間違いありません。

 

 

3)~何から取り組むべきか~

 

― 皆さんのお話を伺っていると、「働き方」改革の課題は、ビジネスモデルの見直しに始まる自社で取り組む課題と、決済手段やコミュニケーションインフラなどのビジネス慣行全体に関わる課題と、大きく二つに分けられると思います。

 

Aさん 社会全体とか業界慣行とか言っていたら、改革なんてできませんよ。人材不足にしろ、現金決済にしろ、それを前提としてビジネスをやるわけですから、業務システムとか人員体制とかを見直して仕事のやりかたを改革していくわけです。

 

Bさん 「働き方」改革と言っても、現実には残業削減とか実労働時間の短縮ということを言っているに過ぎないケースが大半ではないですか。

 

Eさん 働き方改革宣言(注3)でしたっけ、要は、長時間労働を抑制して、休みを取りやすくする、みたいなものですよね。

 

Dさん そんなこと、まともな企業は大概、実施しています。いまでも社員に長時間労働を強いている経営者なんて無能なだけです。

 

Aさん 見方を変えれば、ブラック企業が脱ブラックになるためのチャンスをあげましょう、ということかもしれませんね。個人的に知っている会社が宣言して、奨励金をもらいましたが、さすがにこの頃は過労で誰か倒れたという話は聞かなくなりました。

 

― 「働き方」改革は、ブラック企業撲滅運動ですか?

 

Dさん そういう面も否定できないでしょう。うちでも以前は、納期やコストの面で無理なものであっても、何とか受注をこなそうと社員に長時間労働を強いていた時代もありました。

 

Eさん システム開発でもそうです。毎日深夜まで作業をしていると、それが当たり前になって、午後10時過ぎにならないと、仕事をやろうという気持ちにならなくなってきます。週に23回は徹夜もしないと、仕事をやり切ったという達成感が得られません。

 

Cさん それでは、ワーカホリックどころか、完全に麻痺でしょう。

 

Eさん 今振り返ってみると、異常ですね。でも、当時はそれが当然で、むしろいいことのように感じていました。私だけでなく、いっしょに開発していたメンバーも同様に感じていたと思います。

 

Cさん そういう時は、本来は経営者やマネージャーが作業を止めさせるべきでしょうけれど…在宅勤務の社員をみていると、お子さんの送り迎えとか育児や家事などで時間が決まっていて、自然と仕事を終えるようになります。オフィスに居続けるほうが、作業が止まらないですね。

 

― 経営者はどこから着手すればいいでしょうか?

 

Dさん 確かに、自分の会社の経営に精一杯、特に業績が悪いとなれば、資金繰りやら新事業・新製品の開発、顧客開拓と頭も時間もいくらあっても足りませんから、どうしても人事管理には目が届かなくなります。

 

Aさん 業績がいい時だって同じでしょう。儲かって次々に店を開けるとなれば、採用には注力しても、その後の教育や管理までは、やらなきゃいけないとわかっていても、手が回りません。でもそれを理由にしては経営になりません。

 

Bさん まずは、自社の現状を自己診断してみればいいと思います。厚生労働省などから公表されているツール(注4)などを適当に活用すればいいでしょう。経営者が自ら取り組めればそれにこしたことはありませんが、社員の誰かとか第三者に任せても構いません。

 

― 最初は現状を確認することですね。

 

Eさん この改善指標って、週60時間以上の労働者の割合と有給休暇取得率で見ていますけど、この2軸でいいんですか?

 

Bさん 厚生労働省は、働き方は労働時間と有給休暇の取得状況で判断できると考えているのでしょう。「働き方」がしっかりと改革できているところは、労働時間が異常に長いことはないし、有給休暇も計画的に消化されているように見えます。たぶん、この程度のことも実現できない企業というのは、それが大手か中小か関係なく、問題のある企業ということですね。

 

Dさん ちなみに、“働き方改革”と“チェックリスト”でググルといろいろ出てきますよ。本気で経営者が取り組むのなら、こうしたもののなかから、第三者の視点で厳しく評価してもらうことから着手してもいいでしょう。ただ、お付き合いのある関係先の方には依頼しないほうがいいですよ。経営者の顔色を見て、忖度して報告してきますから、却って実態が見えなくなります。

 

Cさん うちでも定期的に社員を対象にアンケート調査を外部に委託して実施しています。コストは多少かかりますが、続けてみると、会社の状況がわかって、次の手を打ちやすくなりました。特にテレワークの社員は、日常的に表情や行動が見えないので、問題を早めに見つけるには不可欠です。

 

― まずは現状を把握することですね。

 

Bさん 経営者なら、財務情報や営業データは毎日、見ていると思います。

 

Aさん 店ごと、業態ごとに、売上・食材費・人件費に利益、客数に客単価、それも時間帯別に見ますね。

 

Bさん それと同じです。人件費というと会計情報ですが、そこにいる個々の社員の状況を計数的に掴んでおくには、毎日の労働時間は最低限見るべきでしょう。それと、計数的には掴めないとしても毎日の働いた成果を、「○○さんは今日も頑張った」でもいいから、一言、コメントで残しておきたいですね。うちでは、業種が多様なので横並びの数字での比較はできませんが、マネージャーでもアルバイトでも、何か気がかりなことや良かったことがあれば、勤怠アプリに一言いれてもらうようにしています。

 

【注3

たとえば、働き方改革宣言についての東京都の取り組みは、以下のサイトを参照ください。

https://hatarakikata.metro.tokyo.jp/

また、全国社会保険労務士連合会からは『働き方改革取り組み宣言シート』が公開されています。

https://www.shakaihokenroumushi.jp/Portals/0/doc/nsec/kikaku/2017/sengenshito.pdf

 

【注4

『働き方・休み方改善指標』(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000139030.pdf

 

 

4)~見習うべきモデル~

 

 

― 現状を把握したところ、問題があって「働き方」を改革しようとして、参考となる事例とかモデルといったものはありますか。

 

Dさん 私は、HILLTOP(注5)とかコミー(注6)とか、中小企業のメーカーでユニークな取り組みをされているところは参考にさせていただいています。そういう会社では、実は相当長い間、職場環境や仕事のやり方などを改革されてきています。多分、10年単位で取り組んでこられたようです。

 

Cさん 一時的な改革というより、企業のありかたそのものを変化させてきたみたいですね。

 

Dさん もともと製造業はバブルの頃には3K(きつい・きたない・危険)職場と揶揄されていて、採用もできませんでした。それを何とか変えたいと思われた経営者のなかから、成功例が生まれてきました。

 

Bさん 何か共通点とか、うまくいく秘訣みたいなものはあるのでしょうか。

 

Dさん 敢えて言えば、ものつくりの職人から脱して、多能工化したりシステム化したりして、物理的にものを作ることは容易にして、人間は作業者から問題を解決する人に変えてきているような気がします。

そうしないと、製造コストの面で海外との競争に負けてしまいますし、取引先から頼りにしてもらうには、取引先が本当に困っていること、それには無理難題もあるとは思いますが、そういう無理難題にこそチャレンジして何とか解決策を編み出して、そこから付加価値を生み出すことに仕事を再定義した会社が生き残っているように思います。

 

Bさん ご指摘のことが、本当の「働き方」改革ですね。

 

Aさん それはわかりますが、仕事を再定義といわれても、接客は接客ですし…

 

Bさん うちは働き方がどうこう言う前に、坪効がまず問題です。

 

― 坪効といいますと?

 

Bさん 店舗1坪当たりの月商です。フランチャイジ―としていろいろな業態を運営していますが、共通のものさしは坪効です。人の配置は業態によって異なりますし、自販機ビジネスのように、極端にいえば自社で人を配置しない事業もありえます。

 

Dさん 労働生産性とともに、資本生産性や資産稼働率も経営効率を見る上で重要な指標です。ただ、同じ坪効を上げるにしても、営業時間が短いほうがよくないですか。売上が同じでも営業時間が短く人件費が少ないほうが経営効率はいいはずです。

 

Bさん 人件費と物件費の比較の問題ですね。電気代や設備の減価償却費よりも人件費が高くなったのも事実です。どうも、人件費を単なるコストと捉えすぎているのかもしれません。さきほどのお話のように、人が付加価値を生み出すようなチャレンジをするように、人を雇うということを見直さなければいけないのでしょう。

 

Aさん うちあたりでは、まだまだ作業担当として人を雇うのが大半です。

 

― 「働き方」改革の実例というと?

 

Cさん 旅行や観光の業界で一例を申し上げれば、陣屋さんのケース(注7)が典型的でしょう。業績不振を脱するのに、仕事のやり方をゼロから見直して、週休3日などの「働き方」改革を進める一方で、仕事のやり方を根本的に見直して、IT化できるところは次々にシステム化したり、営業効率を上げるために休業日を増加させたり、さまざまな工夫をしていて参考になるところが多いのではないでしょうか。

 

Aさん 外食産業では、「働き方」改革といっても、人手不足への対応、残業抑制、特に店長の長時間労働抑制といったところがテーマです。いまお話に出た陣屋さんの考え方や方法論は外食ビジネスにも使える気がします。

 

Bさん 小売業でも、営業時間や営業日数を無駄に費やさない方法はあるはずです。

 

― 業界や業態に関係なく「働き方」を改革する視点はありますか。

 

Eさん たとえば、中国企業とやりとりすると、本当にレスポンスが早いですね。経営者が部下にスマホで指示して、それがすぐに文書化されて日本にいる私の方にも送られてきます。いまどき、会議や稟議などで意思決定に週や月単位の時間がかかっていてはダメです。まずは、経営のスピードをアップするにはどうしたらよいか、考えてみてもいいと思います。

 

Aさん 中小企業は経営者が変われば会社もすぐに変わります。自戒を込めて思いますが、経営者が新しいことを学んで、それをいち早く活かせばいいのです。中国でもインドでも、学ぶべき点がたくさんあります。

 

Cさん そうですね。経営者が働き方を変えていかなければ、結局は何も変わらないでしょう。うちもそうですが、特にサービス業が大きく変わらないと、小手先の残業対策でお茶を濁すことになりかねません。

 

Eさん よく紹介されるのは、サイボウズですね。経営改革の進め方を研修パッケージにして経営塾を始めるみたいです(注8)が、金と時間をかけてでも、まずは経営者が学ぶのが筋ですね。

 

Dさん 経営者が会議やメールなどに時間を取られていてはダメです。まして中小企業やベンチャーは、経営者が率先してITを活用してどこでも仕事を処理したり、社員が付加価値を生み出すことができる環境を整備したりすべきでしょう。

 

【注5

京都府宇治市にある機械加工や装置開発を手掛けるHILLTOP株式会社のこと。詳しくは同社のHPを参照してください。

 

【注6

埼玉県川口市にある産業用ミラー(鏡)のメーカーであるコミー株式会社のこと。詳しくは同社のHPを参照してください。

 

【注7

元湯陣屋(旅館の詳細はHP参照)の経営改革と「働き方」改革については、以下に紹介記事があります。

https://www.tkc.jp/cc/senkei/201502_interview

以下の旅行業界誌にも紹介されています。

http://www.ryoko-net.co.jp/?p=27816

http://www.ryoko-net.co.jp/?p=28436

また、陣屋コネクト(陣屋が開発した宿泊施設向けのクラウド型経営管理システム)に女将自身のブログがあります。

https://journal.jinya-connect.com/authors/okami

 

【注8

サイボウズが始める経営塾については、以下に紹介記事があります。

https://president.jp/articles/-/25929

 

 

5)~必要な政策は?~

 

 

― ところで、来年度から施行される労働時間法制の見直しや雇用形態に関わらない公平な処遇の実現などを行っていく上で、労働政策の面で特に希望することはありますか。

 

Bさん 個々の政策の必要性はわからないではありませんが、あまりに小出しというかバラバラで、却って企業の現場に無用な混乱を引き起こしています。

 

― 具体的には?

 

Eさん たとえば、副業の解禁なんて、わざわざ政策として打ち出すまでもないでしょう。副業禁止の会社であったって、従来から例外的に認めることはよくありました。うちの会社でも、エンジニアが他社のシステム開発を手伝うこともあれば、反対に別の会社の人にうちの仕事を手伝ってもらうこともあります。業務上必要であれば、副業どころか本業の中でもダブルワーク的なことはよくあります。

 

Bさん 副業を奨励しておいて、労働時間を削減するとか、有給休暇の取得を義務付けるというのでは、働く人たちも、たくさん働く方がいいのか、あまり働かない方がいいのか、迷うのではないでしょうか。

 

― 労働者への政策と企業への政策がうまく整合性が取れていないのかもしれません。

 

Cさん 労働政策に要望するとすれば、ひとつあります。

 

― 何でしょうか?

 

Cさん 労働契約自体に有効期間の上限を定めて欲しいとは思います。たとえば、労働契約は最長5年、もし更新するとしても1回だけ、というような契約年数の縛りです。

 

Dさん 全員有期雇用ということですか。

 

Cさん そうです。大企業や公務員などは相変わらず、終身雇用で能力の高い労働力を囲い込んでいる現実があります。ベンチャーを立ち上げてみてわかりましたが、すでに人材を囲い込んでいる大手企業とは、まともに正面から競争するのは容易ではありません。その最大の理由が人材です。日本の場合、まだまだ中途採用市場に潤沢に人材が溢れているとは、到底、言えません。人材市場で大手企業も中小企業も同じ土俵で人材獲得競争をしたくても、そもそも取るべき人材が少ないのが実態です。

 

Bさん 趣旨には賛成です。実現可能性は低いでしょうね。

 

― ほかに、ありますか?

 

Aさん ブラック企業を公表するというのは悪くないと思います。ただ、民間企業だけが労働者を雇っているわけではなく、官公庁や各種の団体や法人なども相当な数の人々を雇用しているわけです。そういうところで、実習生とか研修生という名目で、最低賃金に達さない賃金で外国人を働かせるようではダメです。

 

Cさん ブラック企業をなくすということは、同時に、労働法規を遵守する会社がバカを見ることがないようにすることでないと、ブラックといわれても会社を畳んでしまえばいいということにもなりかねません。

 

Bさん 実感として、ブラック企業が公表されているものしか存在しないなんて、誰も思っていません。ブラック企業のごく一部がリストアップされているに過ぎませんよ。

 

― なかなか、すべてのブラック企業を摘発するというわけにはいきませんか。

 

Dさん 労働基準監督官が法人の数に比べて少ないことは事実です。もし本当に労働法規をきちんと遵守させる意思があるのであれば、社会保険労務士から労働基準監督官への転職を奨励して一気に人数を増やすとか、即効性のある政策をとるべきでしょう。

 

― 公務員の数を増やすのは、いかがなものでしょうか。

 

Dさん 必要なところがあれば、そこは増やすし、不要なところがあれば削減する。当たり前のことです。全体のコストは一定にしておくか、むしろ減らしながら、増やすべきところは増やす、一般の企業ではどこでもやっていることです。もちろん、さまざまな創意工夫で労働生産性を向上させることも忘れてはいけません。

 

Eさん 行政当局にはいろいろ言いたいことはありますが、下手な措置をとるおそれがあるのなら、新しい政策は取らずに、今あるルールを徹底させることに注力すればいいと思います。

 

Bさん 法律関係でいえば、顧問弁護士が日常の相談に乗ってくれるのに対して、何か刑事事件があれば、公権力をもった検察官が取り調べて起訴しますよね。税務でも、日常的には税理士や税務署の担当官に相談すれば済みますが、脱税ともなれば査察などの捜査権限をもつ部署から来ますよね。労働関係でも同様に、監督官は悪質だったり重大な違反があったりする時に強制的に捜査するのに特化して、日常の相談や届け出対応は社労士でも十分でしょう。

 

― 法律ではどのあたりまで規定しておいたほうがいいと思いますか。

 

Bさん あまり個別の労働条件について、法律で細かく規定しないほうがいいと思います。決めるのは、最低限守るべき事項にしておくほうがいいですね。労働時間の上限、最低賃金の金額、休日や有給休暇の日数など、既にあるもので十分です。

 

Aさん むしろ、自由度が高いほうが経営者にも労働者にもいいのではないでしょうか。何しろ、人材を獲得し定着してもらい、その能力を十分に発揮してもらう競争を企業はしているわけです。法律上守るべき要件も守れない企業には、そうそう人材がはいってこないし、既にいる人は辞めてしまいますからね。

 

Eさん そうはいっても、最低限守るべき事項を守れないのであれば、強制的に摘発するのが筋でしょう。労働法や労働環境を巡る問題も、企業統治のひとつとして捉えるほうが合っているように思います。

 

― 本日は長い時間にわたり、興味深いお話をいただき、ありがとうございました。ご参加いただいた皆様が、ますますご活躍されますようにお祈り申し上げます。

 

 

文章作成・編集:QMS+行政書士井田道子事務所(2018918日更新)