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転職者を実際に戦力化するには(1)
コロナ禍が一段落して以降、人手不足や賃金の引上げなど経済社会全体で見れば人材の流動化が更に進むはずの状況が続いています。特に新卒採用は過熱気味で、インターンシップの段階から人材の囲い込みに走ろうとする企業もあるようです。中途採用者についても、積極的に採用を進める組織が多く見られます。
改めて言うまでもなく、新卒採用者だけで成り立っている組織などなく、企業にせよ非営利の法人にせよ、数の多寡はあるにしても中途採用者がいるでしょう。中途採用者が過半数どころか従業員や役員の大半を占めている組織も珍しくはないものと思われます。
一般に、新卒採用者については、その採用・教育・定着・活用などに注力する組織は多いのですが、中途採用者については一貫した考え方や仕組みに欠けて個別対応に終始しているように見えるケースが少なくありません。実際の人数や組織に与えるインパクト、採用される個々人のキャリアなどを考えると、中途採用で入社する転職者を双方の期待通りに戦力化できるかどうかは、組織の人事戦略を決定的に左右するほど重要なものであるはずです。
組織として特に注意したいのは、中途採用を行う狙いや意図です。
つまり、人手不足なのか、人材不足なのか、経営資産としての人(人的資産)が足りないのか、経営の本源的資本としての人(人的資本)が足りないのか、中途採用で狙っている(意図している)ポイントを明確にすべきです。経営としてどのような狙いや意図をもって外部から人を採用しようとするのかによって、転職者を受け入れて活用していく方策が変わってくるはずです。
実は、多くの組織で人という経営資源を一括りのものとして認識しているかもしれません。
しかし、人手として期待する人々に要求する仕事や成果は、人材として期待する人々に要求する仕事や成果とは異なります。前者は、文字通り、即戦力として採用されたその日から仕事をして、一定の結果を出すことが求められます。後者は、採用されてから一定期間は仕事を学んだり覚えたりして、その後、単に仕事をして結果を出す以上に、前職での経験や身につけてきたスキルなども活用して、仕事のやりかたを改善したり成果のありかたを変えたりすることを求められるでしょう。
従って、前者に求められるのは、通常はマニュアルや業務システムで定められているやりかたで作業を行い、所定の結果を出すことですが、後者は専門的な職種で様々な問題解決に当たるプロフェッショナルであったり、職場のリーダーや管理職といった役割を果たしたりすることが要請されます。
また、人的資産は「資産を生み出す人」であり「その人の関与なしには生み出されることがない資産を創出する人」です。ここでいう資産とは、固定資産そのものではなく固定資産に何らかの価値を付加するとか、無形資産として生み出されたものです。
そして、資本とは資本金がそうであるように、人的資本はその人または人々が事業の元となるものです。創業者や起業家であったり、事業を創出したり再生したりする経営者などを人的資本と認識できます。
この4種類の「人」はそれぞれの特徴に応じて、その採用・開発・配置・活用・報酬・報奨・退職などで異なった取り扱いが必要となります。例えば、報酬についていえば、人手は賃金(労働投入量1単位当たりの労働対価、時給や歩合給)、人材には給料(月例給)、人的資産には資産価値に見合う報酬、人的資本には事業プランに見合う報酬が望まれます。また、金銭的な報奨としては、人手は昇給(労働投入量1単位当たりの労働対価=単価=の上昇)、人材には賞与と昇給、人的資産には資産価値増大分の分配(長期的に分割して支給されるインセンティブ)、人的資本には増大した事業価値に見合う分配(株式連動型の報酬、株式そのものの付与)が必要でしょう。
人が足りないと言っても、どのような人がどの程度不足しているのかによって、組織としての打ち手は大きく変わってくるはずです。そして、人が足りない状況で転職者を戦力化すると一口に言っても、こうした人々の違いを念頭に置かなければ適切な措置を講じることはできません。
このコラムでは、転職者を人手・人材・人財(人的資産)・人本(人的資本)の4種類に分けて、それぞれを戦力化していくにはどのように進めていけばいいのか考察していきたいと思います。
作成・編集:人事戦略チーム(2023年11月15日更新)
転職者を実際に戦力化するには(2)
そもそも人間に依存しない業務システム、即ち、ロボット化やRPA化を進めたり、IT化や自動化をできるだけ図ったりすることこそ、組織全体としては最も重点を置くべき施策でしょう。とは言え、人手に頼らず仕事ができるように仕事をする仕組みを変えるのが本筋であるとしても、当面の対応として人手に頼ることもあります。
そこで、人手不足に対応して採用した転職者を戦力化するには、次の3点を抑えておく必要があります。
第一に、転職者が職場で安心できるように環境を整えておくこと、第二に、転職者がすぐに仕事に取り掛かれるように仕事のやり方を覚えやすくしたり仕事のハードルを下げたりしておくこと、そして第三に、比較的早い時期に仕事や職場に向かない人を排除することです。
それぞれを一口に言えば、第一は安心できる職場環境、第二は仕事のハードルは低く、第三は戦力と非戦力の振るい分け、ということです。
はじめに「安心できる職場環境」から説明します。これは、転職者が職場で安心できるように環境を整えておくことですが、その内容は多岐にわたります。
例えば、転職者を迎え入れる職場の物理的な環境、特に夏場に熱中症になる危険性がないかなどが重要なポイントです。照明が暗いとか物が無造作に置かれていて通りにくいといった労働災害を招く危険性があれば解消すべきですし、他の人々にはある個人別のロッカーが入社初日から用意されていないというのも大きな問題です。デスクのフリーアドレス化やリモートオフィスである際の自宅のIT環境整備への支援なども、重視すべき事項です。
また、心理的な環境というのも無視できません。わからないことがあったら誰に相談すればよいのか、職場のリーダーなのかアルバイトの先輩なのか、明確にしておくことが求められます。相談すればよいとされる人のほうから転職者に声をかけるなど、話しやすい環境を作っているのかどうかも重要です。
制度的な環境も忘れてはなりません。受け入れる組織の側で労働条件や職場環境を整備することも必須ですが、大事なのは表面(募集要項)上の表現ではなく、実態です。労働時間や残業は規定通りなのか実態は異なるのか、休日や休暇がどの程度本当に取りやすいのか、勤務地の選択やリモート勤務などがどこまで自由に行っているのか、などなど、働く人と雇う組織の間で取り交わすべき労働条件を巡って事前の説明と食い違うことがあればあるほど、転職者の不信感が募り、仕事どころではなくなってしまいます。既にいる社員にとっては当たり前のことであっても、上司が帰るまでは帰ることができず、その時間は残業時間としてつけることもできないなど、いわゆる昭和的な慣行に支配されている職場などは、特に注意が必要です。
職場のルールは合理的に定められているのか、なぜ、そのルールがあるのか科学的に説明できるのかが問われます。髪の色や長さ、髭の有無などを理由に個性や個人の自由を無意味に制限していてはダメです。職場内でいじめやハラスメントなどを起こしていたら、お話になりません。
ちなみに、人手不足に対応するには、まずは採用市場で勝つことです。物理的な環境を整備し、心理的な環境も調整し、制度的な環境も書面上は整えたとしましょう。
こうして整備した制度を説明するのは人事部門などが入社前や入社直後に行うはずです。一方、現実の運用は職場の特性や慣習に支配されているので、職場のリーダーや管理職が「残業のやりかた」とか「有給休暇の申請方法とその手順」などを勤怠管理システムに則って説明すべきですし、その内容を他の社員がいる前で行うことで、ルールと現実を一致せざるを得ない状況を作り出すことも肝要です。
転職者の圧倒的に多くを占めるのは、複数の職場を経験してきた人たちです。それまでによい経験も悪い経験もしてきているはずですから、少なくとも悪い経験を思い出すことはないように受け入れる組織は留意しなければなりません。
次に「仕事のハードルは低く」ですが、これは転職者がすぐに仕事に取り掛かれるように仕事のやり方を覚えやすくしたり仕事のハードルを下げたりしておくことです。
転職者自身が、求める仕事の経験者である場合、受け入れ側では何も教えなくてもできるだろうと思いがちですが、そう容易には行きません。同じ業界での経験があるとしても、企業が違えば扱う製品・商品やサービスの名称が違います。同じ味噌ラーメンと呼称されるものであっても、店が違えば味噌も違うし麺も違います。スープの作り方も違えば、載せる具材の種類や切り方も違うでしょう。全て一から覚えなければなりません。
転職者を受け入れる組織も当然、業務マニュアルを用意したり仕事のやりかたを紹介する映像を準備したりすることでしょう。パソコンやスマホの画面から説明資料を見ることができるので、後は自分でやってという会社もあるかもしれません。
しかし、現実の職場で仕事をするということは、いかに実務経験があったとしても初日から一人前の仕事ができるとは思えません。特に現場での仕事ほど、ひとつひとつの道具や手順を理解し体で動けるようにならないと結果は出ません。
受け入れる側が特に注意したいのは、「わからないことがあったら、何でも聞いて」と先輩格の社員とかリーダーや管理職が言ったまま放置してしまうことです。いかにマニュアルが整備されていても、誰も知る人がいない職場に一人で放り出されて初日から結果をだすことは不可能です。まして、新卒入社したばかりの社員はともかく、即戦力として入社した転職者に手取り足取り教えることはしないでしょうから、OJT頼みの指導は何もしないことと同じです。
オンボーディングにはまずは1日、次に1週間、そして1か月が目安です。そのオンボーディングで仕事ができる(任せられる)と認められるようになれば、少しずつ仕事の内容や種類を変えていくことで転職者の持っている能力を発揮させていくことになります。時には、注意や指導も必要かもしれません。転職者の仕事ぶりをしっかりと把握して評価できるところや褒めるに値するところは評価し称賛し、一方で次の課題として注意・指導すべきところを明確にしていくことが望まれます。
第三は戦力と非戦力の振るい分け、即ち、比較的早い時期に仕事や職場に向かない人を排除することです。
人手不足の状況で転職してきた人たちですから、一度受け入れた人は全員、戦力となってもらいたいものです。そのつもりで採用選考を行ったりリファラル採用などを試みたりして、より定着率が高まるように工夫を凝らしている組織も多いでしょう。
しかし、いかに様々な試みを行ったとしても、採用ミスはどこかで起こります。特に、人手不足に追われている現場がある際は、採用する側にも焦りもあればプレッシャーもあるはずです。採否を決める基準を多少は下げることも仕方がないかもしれません。
そこで、最初から、一定期間ごとに戦力となる人かどうかを見極めるように計画しておく必要があります。例えば、毎月とか四半期毎とか半年置きに、転職者本人の意向や現状認識を確認しつつ、同時にその転職者を受け入れた職場の責任者や同じ職場で働く同僚たち(非正規の社員や派遣社員など関係する人たち)がその転職者をどのように見て感じているのか評価してもらう、というような方策です。
その結果、能力不足であるとか職場に合わないとか周囲から浮いているといった、今後本当の戦力となりうると判断する上でのマイナス面があるのであれば、やはり退職してもらうしかありません。他の職場や職種に異動するというのは、理論上はありえますが、人手不足に応じた即戦力として採用した以上、実務的には他に移すことは困難です。
従って、活躍してほしい職場に合わない人を採用してしまったならば、採用時に取り決めておいた一定の金銭を支払って退職してもらうのが原則です。人手不足で即戦力を採用するということは、あくまでも仕事と金銭という職務給的な関係が原則で、その金銭面での条件のなかに退職に関する条件を事前に付帯させておくべきです。ちなみに、退職する必要がない場合は、この金銭を勤続1年のボーナスとか正社員登用の祝い金として支払ってもよいでしょう。
人手不足に対応して転職者を求めるということは、「いま必要」にフォーカスする採用です。決して「次に必要」とか「現状を変えるのに必要」な人材を求めているわけではないのです。この点をしっかりと受け入れる組織や職場の側が認識しておく必要があります。
今辞めさせるとまた人手不足になりそうだから引き留めておくというのでは、職場に合わなかったりもともと基礎的な能力が不足していたりする人の面倒を他の人々が見なければならず、下手をすると周囲の人間たちが辞めていってしまうかもしれません。人手不足の原因を追究することは別途しっかりと行うとして、人手不足時に不適切な人を雇ってしまったという直近の問題に対処するには、その人の退職が周囲にとっても本人にとっても最善です。
一般論として優秀な人材だから辞めさせるのは惜しい、という声が上がる場合があります。特に、転職者が高学歴であったり前職が有名企業であったりリーダーや管理職経験者であったりすると、せっかく入社した人材を手放したくないと経営者や人事責任者などが誤った判断を下しかねません。次回以降に述べる「人材不足」や「人財不足」で採用した転職者であればまだ、こうした判断もないわけではありませんが、人手不足への対応として即戦力として受け入れた人については、学歴や職歴はほとんど意味を成しません。問われるべきは、現に今やってほしい仕事ができるかどうか、そして実際にできたかどうかです。
作成・編集:人事戦略チーム(2023年11月23日更新)
転職者を実際に戦力化するには(3)
次に、人材不足に対応して転職者を受け入れる場合を考えてみます。
人材として求められる転職者は、通常、専門的な職種で様々な問題解決に当たるプロフェッショナルであったり、職場のリーダーや管理職といった役割を果たしたりすることが要請されます。
前回述べたように、人手として求められる転職者は、マニュアルや業務システムで定められているやりかたで作業を行い、所定の結果を出すことが要求され、採用されたその日から仕事をして、一定の結果を出すことが求められます。それに対して人材として求められる転職者は、採用されてから一定期間は新しい職場での仕事を学んだり覚えたりするとして、その後は単に仕事をして結果を出す以上に、前職での経験や身につけてきたスキルなども活用して、仕事のやりかたを改善したり成果のありかたを変えたりすることを求められます。
このように、人材として期待する人々に要求する仕事や成果は人手として求められる人たちとは異なります。人手不足が「いま必要」にフォーカスするのに対して、人材不足は「次に必要」を重視するものです。
そこで、人材不足に対応するために転職者を受け入れるには、次の3点に取り組むことが必要です。
第一に、転職者が自社のカルチャーになじめるように環境を整えておくこと、第二に、転職者が仕事上のアイデアや改善案を言い出しやすくして主体的に仕事を進めるようにすること、そして第三に次のチャンスを与えるべき人とそうでない人を一定期間で見極めることです。
それぞれを一口に言えば、第一はカルチャーフィット、第二は主体的な仕事ぶり、第三は戦力評価、ということです。
人材不足に対応して転職者(主に経験者採用のはず)を受け入れようとする組織では、物理的環境や制度的環境が整備されているのは当然です。それができていないのであれば、人手不足と同じ対策から着手しなければなりません。
物理的環境や制度的環境が整備されているとして改めて問われるのが、第一の「カルチャーフィット」です。これは組織の持つカルチャーと個人の価値観や行動規範との適合性の問題です。
別の組織から転職してくるわけですから、転職後の組織のカルチャーにぴったりとフィットする人はそうそういないでしょう。転職者に問われるのは、以前とは異なるカルチャーに対して、柔軟に対応できるかどうかです。
一方、組織に問われるのは、どんな人を受け入れても強固に変わらないカルチャーがあるというよりも、異なるカルチャーを体現する転職者を受け入れて活躍する機会を提供する組織であることを実証できるかどうかです。まさに組織としてダイバーシティ&インクルージョンが問われます。
新卒採用者だけで構成される組織はもはや滅多にお目にかからないとしても、まだまだ長期勤続者が人材の中核をなしており、職場のリーダーや管理職として組織のカルチャーを体現していることが少なくないかもしれません。組織に長年いる人たちにとっては当たり前のことや自明のことであっても、外部から転じた人から見れば、理解できない仕事のやりかたや手順あれば、空気を読めと言われても何が空気であるのかすら解らないともあるでしょう。
組織としてのカルチャーギャップへの感度が高ければ転職者を受け入れる可能性が高まりますし、そうでない伝統的な組織は意識的に転職者のフォローをすべきでしょう。そのためのツールとして、カルチャーに合っているかどうかを周囲の人たちへのアンケート調査で把握します。ただ、改めて調査をしなくても、職場を実地に観察したりリモートでも体面でもチームのミーティングをモニタリングしてみれば、誰が転職者か知らなくても「この人が最近入った転職者だ」とはっきりとわかるほど、浮いている人の存在が確認できたりすることもあります。いずれにしても、カルチャーにフィットしていないようであれば、早期に対応すべきです。
敢えてカルチャーを変える意図をもって複数の転職者を一度に受け入れるといった例外的な場合を除いて言えば、そもそもカルチャーに合いそうもない人は採用しないのがベストです。そのために一緒に仕事をすることになる人たちによる面談や仮想のビジネスミーティングやプレゼンテーションなどを採用プロセスの一部に取り入れて、カルチャーとの適合性の面から事前に評価しておくことが望まれます。
人材として転職者を受け入れる第二のポイントは「主体的な仕事ぶり」ができているかどうかです。「主体的な仕事ぶり」というのは、転職者が自ら進んで仕事上のアイデアや改善案を言い出しやすくして主体的に仕事を進めるようにすることです。既に述べたように、人材は今の仕事を処理するというよりも、次のビジネスを作ったり現有の人材では取り組めていなかった組織の課題を見つけ出して解決していったりすることが求められるはずです。
そこで、組織の抱える課題と転職者の動き方の二つの面から検討してみましょう。
組織が抱える課題というのは、転職者を受け入れて戦力としてきた歴史や実績がどの程度あるかというものです。特に、経営層や上級管理職に転職者が相当数いる組織と、転職者はいても経営幹部クラスにはあまりいない組織では、転職者を受け入れて活用する組織的なスキルが違います。
転職者が経営幹部には少ない組織では、どうしても転職者を異質な目で見てしまいがちです。それでは、リーダーや管理職として転職してきた人材が、心置きなく経営幹部や上司に進言することが難しいでしょう。そもそも、長年の人間関係で職位などの上下関係が出来上がっている組織では、本人の主体性よりも空気を読む力のほうが現実の仕事では求められる場面が多いでしょう。そうした情況では、ちょっとしたアイデアや改善提案を安心して言い出せないかもしれません。一度は口にしてみても周囲の反対や黙殺があれば、二度目はなかなか言い出しにくいものでしょう。
これが、組織の抱える課題です。転職者の声を組織として受け止める覚悟が問われるわけです。
次に転職者の動き方の面から考えます。
転職者自身は、転職時から自分の能力や経験を活用してアピールしたくなりがちです。とは言え、新しい環境ですぐに結果が出る程度の仕事を期待して採用するのは、人手であって人材ではありません。
自らの人材としての価値をアピールするには、現有の社内人材では手が付けられなかった課題や組織として次の段階に進む上での課題などを抽出して、その解決に向けて関係者を巻き込んだり周囲を動かしたりして、自分個人の手柄よりも職場全体やチームとしての変化や改革を少しずつでもやり遂げることが要請されます。
第一の「カルチャーフィット」も第二の「主体的な仕事ぶり」も、採用プロセスにおいてある程度は判断ができるかもしれません。転職者を数多く受け入れる組織ほど、採用プロセスのどこかに、採用後に一緒に働くことになるはずの人たちとのミーティングなどの場を設けて、どのような価値観やもちどのような言動を取るのか見る機会を確保します。そこで人材としての見極めのひとつを行うのです。
人材不足に応じた転職者の効率的なオンボーディングの大前提は、カルチャーに合わない人や自ら動くことができない人は採用しないことに限ります。職場で浮いている人の面倒を見る手間とエネルギーは管理職に掛かるか周囲の人たちに迷惑となるかです。自ら主体的に動くことができない人というのも、配属後の職場やチームで足を引っ張るだけです。入社直後ならまだしも、数か月から半年を経ても主体的に仕事をするのでないのであれば、その後も人材としての価値を見出すことはないでしょう。
また、同じ組織や業界から転職してきた人たちが同期のように同じ職場に複数名いる場合は、要注意です。同じ組織や業界の出身ということは、良くも悪くも言動や価値観や仕事の進め方に共通性があり、その言動ややりかたをそのまま進めるリスクがあります。できることならば、違う部署や異なる地域に配属して、本人のもつカルチャーフィットへの適性を見ると同時に、個人として主体的に仕事を進めことができるかどうか実地に判断する機会としたいところです。
さて、第三の「戦力評価」というのは、人材として採用した人たちを戦力外・現戦力・次の戦力にいずれかのタイミングで区分することです。
「戦力外」というのは、期待するほど人材不足を解消するには至らなかったものです。数的なものではなく、質的なものです。そもそも、スキルや経験が足りないということは採用時にチェックしているはずで今更ありえない要因ですが、カルチャーに合わない上に柔軟にカルチャーに自ら適合したり、カルチャーを一部でも変えることで実力を発揮したりするには至らなかったとなることは十分ありえます。
特に上司との関係は重要で、上司を動かしてチャンスを得るくらいでないと人材として期待外れとなるでしょう。同時に部下や同僚からどのように見られている人材かも評価して、次を生み出す戦力かどうかを判断します。
「現戦力」というのは、当面はそのまま仕事をしてもらう人材です。組織として求める戦略の変更や事業環境の変化に柔軟に対応できるかどうかは未知数です。特に今後のビジネスキャリアをどのように本人が考えているかは重要です。キャリアを単にアップさせるべきものと考えている(昇進がキャリアの目的)のか、キャリアのチェンジやブランクも念頭に置いてジグザクとしたキャリアをイメージしているのか、仕事は仕事として他に価値を見出すことがあるのか、仕事だけでなくカウンセリングなども行って対応すべき人材でしょう。
「次の戦力」というのは、現在戦力になっているもののなかで、主体的に動く点で顕著なものがあり、時には現在のカルチャーに揺さぶりをかけるところもある人材であるかどうかで判断します。「次の戦力」としてより高度なミッションに挑戦し相当の結果を実現していけば、人材から人財(人的資産)へと転化していく可能性もあります。
「戦力評価」が必要なのは、人材を募集する際に、いかに作りこんだジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を用意し、そこに表現されているスキルやコンピテンシーやマインドセットをもった人を採用できたとしても、そのジョブ・ディスクリプションはその時点のものであって、将来必要なものではないためです。現在と将来ではズレが必ず生じるので、人材を再評価することが不可避です。
そこで、これらの中でどのタイプかを1~3年程度のうちに見極めて、次のチャンスを与えるべき人とそうでない人を区分します。次のチャンスを与えるのに値する人材ならば、管理職としての昇進とか別の部署やプロジェクトにつけることで、次のチャンスを目に見える形で提示することになります。もちろん、こうした人事施策は転職者だけを対象とするものではなく、新卒入社者など広く社員全体を対象に行われるべきものです。
転職者を戦力化する際に、こういった将来のキャリアビジョンも可能な範囲で具体的に提示することも、実はオンボーディングの時期から既に重視すべきものです。人材には、目の前の仕事や処遇よりも、次のステップを実感させることを忘れてはなりません。
作成・編集:人事戦略チーム(2023年11月28日更新)
転職者を実際に戦力化するには(4)
人的資産というのは「資産を生み出す人」であり「その人の関与なしには生み出されることがない資産を創出する人」のことです。ここでいう資産とは、固定資産そのものではなく固定資産に何らかの価値を付加するとか、無形資産として生み出されたものです。
こうした人的資産、即ち人財(資産価値のある人)というのは、例えば、技術をビジネスにできる人、専門分野(IT、財務、テクノロジー、リスクマネジメントなど)の知見とその組織の持つ資産(主に目に見えない資産)を生み出してビジネスにつなげる人などをいいます。プロ〇〇と呼ばれるケースもありますし、一般的には裁量労働制の対象となる職種で業界トップクラスの実績を挙げているような人でしょう。研究開発や事業開発などを専門のチームに委託するのも、ここで言う人的資産の戦力化を目的としていることが多いのではないでしょうか。
一流のプロスポーツ選手ではよく見られるチーム〇〇(ビジネス上の代理人、顧問弁護士や会計士・税理士、管理栄養士、料理人、庶務担当のマネージャー、トレーナーなどから構成されるもの)というのも、人財であるプロスポーツ選手を機能させるための人的資産そのものと見做すことができます。
人的資産が足りていない状況で、それを埋めるために資産価値のある人を転職者として受け入れるには、人財を個人として採用する場合もありますが、必ずしも転職とは限らず、外部の専門組織との連携で調達することも可能です。また、個人ではなくチームとして組織に招き入れることもあれば、そのチームと組織が業務提携の形で仕事を進めることもあります。
実際の契約形態は、委任契約(執行役員など)、業務委託契約(インディペンデント・コントラクター、常勤顧問、嘱託など)、業務提携(個人会社または法人化されたチームと自社との間で)などがあります。通常の雇用契約もあるとは思いますが、裁量労働とか管理職扱いというケースが大半を占めるでしょう。
従って、人的資産である個人またはチームを転職で受け入れるには、入社前に契約内容を詰めることが大事です。何を成果として期待するのか、そのために組織として必要な準備や満たすべき条件は何か、それらをどのようにどちらが用意するかといった事項をできるだけ細部まで詰めておくことが必要です。
そして、忘れてはならない成果として「次につながる資産の創出」があります。これは人的資産であることもあれば、特許やブランドなどの無形資産であることもあります。もちろん、新規事業を軌道に乗せるという形で、次につなげることもあるでしょう。
こうした詰めの作業を怠ってしまい、入社後に求める成果や仕事の進め方などを巡って受け入れる組織と転職者の間で齟齬が生じるのでは、結果が出る・出ないとは別の次元で、その転職は失敗と判断せざるを得ません。
個人にせよチームにせよ、人的資産である人財を戦力として活用するには、第一に何をするかという仕事そのものの魅力が不可欠です。
仕事をするのに付随する条件(報酬の金額や支払形態、場所や時間、手段、成果物の権利、その他仕事に関連する付帯条件など)について事前にきめ細かく定めておく必要はありますが、それらは本質的な事項ではありません。付随する条件面がいかに満たされたものであっても、肝心の仕事が人財として求める人にとって魅力に欠けるものであれば、自社との仕事を引き受ける可能性はないでしょう。
これは、プロスポーツ選手を考えてみれば当然のことと納得できるはずです。より高いレベルの場で活躍したいと思うから、野球で言えば学生野球やNPBからMLBへ、サッカーであれば子供のころから海外のスクールに参加したりJリーグから海外チームのオファーを受けたり、バスケットボールでも国内リーグからNBAへと移籍があったりするのは、報酬額の違いも大きいとは思いますが、それ以上に活躍の場を世界のトップレベルに求めたいという欲求の表れと思われます。
この場合、仕事のやり方とか成果の出し方は本人が一番よく熟知しているはずですから、具体的なものは本人(とそのチーム)に任せます。それではサボったりしてしっかりとした練習ができないのではないかと危惧するようでは、人財は活用できません。自律性や自己管理能力が一定レベル以上にあるから、プロとして相応の成果を出してきたし、そうであるからこそ転職者として受け入れて活躍してほしいのです。本人からアドバイスやサポートを求められれば行う用意はあっても、無理に自社のやりかたに合わせるように求めるべきではありません。
転職者を受け入れる組織にとって、転職者を人的資源として活用するには、人財であるはずの本人が動きやすいように物理的にも組織的にも環境を整備しておくことが要請されます。その際に、既成のルールやこれまでの前例で縛るのではなく、個別の必要性や好みに応じたプログラムややりかたを組織が容認できるかどうかが問われます。
特に、居住の地域や施設を選ぶ自由、勤務体制や通勤手段などの選択の自由、執務環境や用いる機材を柔軟に変更する自由などが重要です。また、個人で契約したとしても、事後的にチームに相当するものを形成する自由を与えることも必要です。執行役員として受け入れた個人の転職者(人財)に対して、秘書的な仕事を処理する社員をつけたり、移動や宿泊で一般の執行役員ではない特例を認めたりして、仕事をして結果を出すのに必要な条件を満たすことが必須なのです。
人的資産である人財を戦力として活用するには、第ニに人財を引き付けておくことが可能な程度にまでチャレンジングな仕事やその人が興味を示すような(わくわくするよう)仕事を提示し続けることが求められます。
単なる業務委託や外注として単発の仕事を依頼するのでは人財を転職者として受け入れる必要はありません。そういう場合は、あくまでも外注とか業務委託者として特定の仕事を依頼すればよいのです。
人財にはキャリアの中断やチェンジはあっても、一般的な意味でのキャリアアップという概念はありません。あくまでも仕事そのものの魅力や挑戦がキャリアを継続するのに最も重視されるのであって、時にはいかに多額の報酬をオファーされても、自分にとってつまらない仕事とか意味のない仕事であれば断るはずです。
そこで、組織としての事業戦略と人財が求める仕事とのアラインメントをどのように保つことができるかは、決定的に重要なものとなります。
入社当時の仕事がチャレンジングなものであれば、転職後1~3年程度はキャリアを維持することはできるでしょう。しかし、そのまま同じような仕事やプロジェクトを任されたままでは、飽きが来たりキャリアに行き詰まったりして次に挑戦すべき仕事や目標を探すことが課題となってしまいます。
そうなる前に、組織として次にチャレンジするテーマを提示できれば理想的ですが、一方で組織には事業戦略やビジネスプランがあります。株式公開会社であれば、株主や市場との約束事も無視できません。組織として達成しなければならない業績目標に、人財である転職者の挑戦したい仕事がうまくかみ合うようにすることこそ、組織のCEOの仕事かもしれません。もし不可能であれば、人的資源をリリースして資金化し、別の投資先を探索することが求められます。それが別の人的資源ということもあるでしょう。
人的資産である人財を戦力として活用するには、第三に人的資産には資産価値に見合う報酬を実現し、資産価値増大分の分配を長期的に分割して支給されるインセンティブとして支払うことが要請されます。
通常、報酬は転職時に市場価値(報酬相場)に見合う金額が設定されるはずです。資産増大分の分配は、ストックオプションなどの株式連動型の報酬プランであったり、二つの法人の間でのロイヤリティやパテント収入などの支払い契約などであったりするでしょう。
個人の場合は、短期間であっても相当な退職金を支払う契約に価値増大分を上乗せするとか、受け入れた組織の株式を将来購入する権利の価額を転職時点に固定することで値上がり益を資産増大分と見做すといった、ストックオプションを付与するといった方法をとることが要請されます。現物株を毎年累積的に優待価格で購入するといったプランでもよいでしょう。
会社設立型の場合は、どのように株式を持ち合うか、まったく持ち合わないのかを決めるところから組織と転職者との交渉がスタートします。制限株式の活用なども念頭に置いて、相互に会社としての意思決定にどこまで関与するのか、上がった利益や生じた損失をどのように配分・負担していくのかなど、広義の報酬スキームの細部を詰めていきます。株式の相互保有がある場合は、リリースの際に相互に買い取る特約条項を付けておくも不可欠です。
なお、人的資産である人財を戦力として活用するのにチーム単位での転職が行われるときは、企業の買収・合併におけるデューデリジェンスやPMI(注1)の取り組みが要請されるケースもあります。
一般的な意味でのPMIほど本格的なものまで求められることは想定する必要はないとは言え、受け入れる組織と転職者が率いるチーム(会社)とは、組織やビジネスの規模も人もカルチャーも仕事の進め方も業務システムも設備も全てが異なります。従って、受け入れる組織にとって、受け入れる目的や狙いを明確にして、それらに沿った成果目標を選び、その目標の達成状況を把握していくことが不可避です。
転職するチームも同様に、敢えて一つの組織体に統合する目的や狙いを踏まえて、それらにどのように貢献できたかどうかを測定し評価していくことを忘れてはなりません。チームを法人化していない場合であっても、その結果に基づいてチームのメンバーに長期的なインセンティブとして支払うことになりますから、PMIを通じて報酬面も統合することを周知しておきます。
【注1】
PMI(M&A後の統合プロセス)については、例えば以下のサイトにある解説記事を参照してください。
PMIとは?意味や重要性、そしてPMIの進め方をわかりやすく徹底解説! | HR大学 (hrbrain.jp)
PMIとは|M&Aとの関係、成功に導くプロセス内容についてわかりやすく解説! (ncbank.co.jp)
M&A後のPMIが重要な理由とは?概要を解説|M&Aを学ぶ|日本M&Aセンター (nihon-ma.co.jp)
作成・編集:人事戦略チーム(2023年12月5日更新)
転職者を実際に戦力化するには(5)
資本とは資本金がそうであるように、事業の元手にほかなりません。事業の元手として資金が必要なように、事業を引き受けようとする人間もまた必要です。このように「事業を引き受ける人」という意味で人的資本(=人本)という言葉を使います。具体的に言えば、何らかのビジネスを始める創業者であったり、世の中にまだ表れていないであろう技術や製品やサービスを事業として展開しようとする起業家であったり、事業を再編・再生する経営者であったり、複数の事業法人を所有し時には自ら経営に当たるオーナーであったりします。
創業者や起業家は今の日本でもそれなりに存在し活躍しています。この面では一定の人的資本があります。
単なる法人の代表者にとどまらない真に人的資本と呼びうる経営者は、CEOの肩書や代表権を持つ役員であるかどうかではなく、事業のスケールアップ(急成長軌道に乗せること)やターンアラウンド(再編・再生を行い収益力の回復・向上を実現すること)を実行する人に限られます。こうした人的資本も、ある程度は市場が形成されるほどには存在するようになってきました。俗にプロ経営者といわれる人々と考えればよいでしょう。
最も不足しているのはオーナーかもしれません。そう思わざるを得ないのは、相変わらず後継者不足で廃業や倒産に至る法人が多いという事実(注2)があるからです。
いずれにしても、人的資本が足りていない状況で、それを埋めるために資本としての価値のある人をCEOやオーナーとして受け入れることが、問題を抱えている法人にとって不可避です。既にいる役員や従業員から見れば、経営トップやオーナーが他社から転職してくるようなものですが、このような人的資本の流動性はまだまだ不十分と思われます。M&Aを通じて他社の傘下に入ったり吸収合併されたりすることで、新たなオーナーやCEOを得ることもあるでしょう。
さて、CEO(経営者)やオーナー(取締役会会長や議決権付き株式の過半数を保有する株主)は一般的な意味では転職者とは呼ばないでしょう。しかし、ヘッドハンティングにせよ内部昇進にせよ、CEOに就任したり、オーナーとなったりする際には、明確に立場の転換があります。それは、転職以上にインパクトのあるキャリア転換です。
社内昇進だからと言って、自社のことが理解できているというのは間違いで、CEOやオーナーとして全責任を負う立場で物事を見るのと、役員やグループ会社の幹部として見ていた光景とは違うはずです。それが同じであるとすれば、その見方のほうが問題であると言えます。
同じ売上高であっても、目標を達成してやれやれと思う経営幹部の目線と、翌年もまた同じ売上が確保できるのか、それができる見込みがあっても3年後も5年後も続くには次にどのような戦略が求められるのかを絶えず考えるCEOの目線は違います。
まして、誰に経営させれば利益率が改善したり次の成長が実現したりするのか、そのためにはどのような経営体制が望ましいのか、何にどの程度投資すべきなのか、もしかすると他の企業に売却したり他社を買収・合併したりすることで次の事業展開を実現できるのかを検討するオーナーでは、求められる視野の広さや深さが違うでしょう。
一方、新しいCEOやオーナーを迎える組織の方は、それが誰であっても、未知の人がその地位に就く場合と同様に迎えます。まずはお手並み拝見というところではないでしょうか。この点は一般の転職者、特に即戦力として前評判が高い場合の転職者と同じと考えてよいでしょう。
この場合、転職者である新任のCEOとか大株主の立場にあるオーナー自身も、自分が外部から関わるようになった自覚が当然あります。故に、既にいる社員、特に役員や管理職の人たちに自らの立場を説明し、今後、どのように事業を運営しどのような組織にしていくつもりなのか、その過程における関わり方をどのように考えているのか、語ることもできるでしょう。
M&Aの時のPMI(注1)と同様に、いわゆる100日プランをもって新しい仕事に臨むケースもあるかもしれません。就任して、1週間、1か月、3か月(100日)と対処すべき事項に対処し、半年、1年と仕事を進めて最初の決算を迎える頃には、引き受けた組織や事業の課題を解決するようになっていることでしょう。新任のCEOやオーナーが自らを戦力化できなければ、早期に退職する(させられる)しか選択肢はありません。
問題となるのは、むしろ社内から昇進する場合です。昨日まで役員の一員だった人が今日からはCEOとして組織全体を率いるようになったり、オーナーの子女とは言えこれまでは一従業員とか役員の一人に過ぎなかった人がオーナーの死去により株式を相続し経営トップなどの地位も襲うとなると、そう簡単に人的資本と呼ぶに値する人にはなり得ません。周囲の人々にしても、同じ個人が急に立場が変わって言動が変わることを受け入れるはずもありません。
役員や従業員を社内から昇進させることによるCEO就任や一族による地位の継承は、それが既定路線であればあるほど、変化を小さく見せようとすればするほど、「事業を引き受ける」覚悟に乏しくなってしまうことが危惧されます。これでは戦力にはなりませんが、そのままCEOやオーナーの地位に居座ることが可能なため、継続的な業績不振とか公私混同などのスキャンダルで倒産するなどの最悪の事態を招くことも間々見受けられます。
皮肉なことに、社外から転職に相当する立場であることが明示的であるほうが、本人も周囲も「事業を引き受ける」覚悟をもって、新たな情況を受け入れやすいのではないでしょうか。
人的資本のうち、CEOに相当する者は、原則的に法人の数だけ必要です。大手企業ではそうした人的資本の候補者を計画的に育成しようとしているところもあります。一方、実務経験やMBAなどの学習を通じて自ら人的資本になる意思を持っている人もいます。そういう意味で、創業者や起業家を含めてCEOとなりうる人的資本の市場は、少しずつでも形成されつつあると言えそうです。
また、CEOはいくつかの法人を兼任することも一定程度は可能ですし、ホールディングカンパニー制を採っているのであれば傘下の事業会社のCEOは人的資本というよりも人材か人的資産(人財)に相当するので、法人の数よりも相当程度に少ない人数でよいのかもしれません。
オーナーに相当する人的資本は、一人でいくつかの組織の面倒を見ることができます。ほぼ同一のメンバーから成る取締役会が複数の法人を指揮・監督することもできるはずです。日常的な意思決定や経営管理を行うのはCEO及び執行役や執行役員であって、オーナーや取締役会ではありませんから、同時に複数の法人を所有し監督することは可能です。
まだまだ数が少ないと思われる本当のオーナーシップを発揮する企業オーナーを増やすには、個人(一般の法人勤務者や自営業者など)が資本(資産)の小さい会社を買ってオーナーになることも必要です。そうしたアプローチが実現しないと、後継者不足で廃業・倒産する法人を存続させた上で、事業を再度軌道に乗せていくことは困難でしょう。こうした企業には人材や人手はいるかもしれませんが、最も重要な資本や事業を引き受ける人(オーナー)の不在が問題なのです。
この問題は、年金基金などの機関投資家のような組織がオーナーになっただけでは解決しないものです。機関投資家のような組織的なオーナーは、組織だった法人のガバナンスをしっかりと行うことはできるでしょう。ただ、圧倒的多数を占める中小企業、特に実質的に個人がオーナー兼CEO兼財務責任者であるような企業では、機関投資家の規模や名称よりも新たにオーナーとなる個人のキャラクターや法人所有の経験の方が大いに活きてくるものと期待できます。
個人としてオーナーになるには、投入する資本=資金が必要です。その原資として、退職金や金融資産の資金などを活用することもできます。既にマンションなどの不動産投資や株式や債券などの市場性のある金融資産に投資をしてきた経験があれば、その知識や経験を個別企業に振り向けることで可能です。もちろん、デジタルアセット(ビットコインやNFTなどの分散型台帳技術に基づく金融資産)での投資経験しかなくてもかまわないでしょう。肝要なのは、自分の意思で資産配分を決めて運用を行ったかどうか、そしてその結果、資産を増やすという実績をあげているかどうかです。
ちなみに、新たなテクノロジーの開発、解決すべき社会的課題への挑戦、実現すべきミッション、体現すべきバリューなど、一般に起業や事業運営に必要と思われるものがあります。これらはオーナーになるには必要不可欠というわけではありません。それらよりも、「これならいける」とか「(自分にないものは)〇〇はAさんに任せて××はBさんに頼もう」というように、既にいる社員や関係者の間で人のやりくりをつけたり、資金についても全て自分で拠出しなくても他者と協調して出資したりするなど、一種の資源配分を行うことが重要となります。
オーナーは、事業をゼロから作り出すことも事業のマネージャーやプレイヤーであることも必要はなく、オーナーとして差配が求められるのです。この点は正にプロスポーツと同様で、オーナーはGMや監督などのスタッフを揃え、選手を調達し、後は彼らが本気になって勝利するのを待つのが仕事です。
報酬や報奨という点では、人的資本には増大した事業価値に見合う分配が必要です。株式連動型の報酬、株式そのものの付与、配当などが想定されます。
オーナーについては、一度購入した法人(株式を通じての所有権)を他者に売却することで得られる売却益という形での報奨もあり得ます。
CEOについては、CEOとして就任する際の一時金(他社からの引き抜きであれば移籍金)、基本年俸、株式連動型報酬、退職手当、その他のフリンジベネフィット(社宅、社有車の利用、移動や休暇に伴う特別待遇、会食・接待などの交際費など)などを一括してまとめて報酬パッケージとして契約することになります。
近年、社内昇進でCEOに就任した人が起こした不祥事に、セクハラやパワハラとともに不適切な経費支出も目立ちます。こうしたケースが報じられる度に、社内昇進でCEOに就任するということは、それまでの延長線にあることではなく、転職に等しい自覚をもって委任契約を熟読し言動を改めて戒めるプロセスが必須と思わざるを得ません。
ちなみに、他社から引き抜いた人がCEOとなる場合、その戦力化に責任を持つのは取締役会であったりオーナー(株主)であったりします。CEOとしての契約(報酬パッケージが中心)、その実行プロセス、実行した結果についてのモニタリングと結果責任の追及が、取締役会やオーナーの仕事です。CEOに合格点を与えることができるならば、次の報酬とミッションからなる契約を提示し、不合格というならば解任して別のCEOを探すことになります。
社内で昇進した場合もこうしたプロセスと同じであるはずなのですが、取締役会のメンバーや取締役会会長も同じ会社の出身者(先輩社員)であると、決めたルール通りに実行することが甘くなり、結局は不祥事として社外取締役やメディアなどに告発される例が珍しくはありません。ここにも、社内昇進こそ実際の転職以上に一線を引くことが求められる事実があります。
【注2】
東京商工リサーチ及び帝国データバンクが今年実施した調査の結果については、各々以下のサイトを参照してください。
「後継者不在率」が初の60%超え 円滑な廃業実務の見直しも必要 | TSRデータインサイト | 東京商工リサーチ (tsr-net.co.jp)
「後継者難倒産」動向調査| 株式会社 帝国データバンク[TDB]
作成・編集:人事戦略チーム(2023年12月23日更新)
転職者を実際に戦力化するには(6)
人が足りないと言っても、どのような人がどの程度不足しているのかによって、組織としての打ち手は大きく変わってきますし、変わらなければなりません。人手なのか、人材なのか、人財なのか、人本なのか、名称に拘る必要はありませんが、転職者と一括りにせず「人」の違いを念頭に置いて適切な措置を講じなければ、組織として戦力を活かすこともできませんし、本人も仕事を通じて得るものがないでしょう。
今回のコラムでは、まず人手不足に対応して採用した転職者を戦力化する際のポイントを述べました。それは、次の3点です。
第一に、転職者が職場で安心できるように環境を整えておくこと、第二に、転職者がすぐに仕事に取り掛かれるように仕事のやり方を覚えやすくしたり仕事のハードルを下げたりしておくこと、第三に、比較的早い時期に仕事や職場に向かない人を排除することです。言い換えると、第一は安心できる職場環境、第二は仕事のハードルは低く、第三は戦力と非戦力の早期の振るい分け、ということです。
次に人材として期待する人々について考えました。
人手不足が「いま必要」にフォーカスするのに対して、人材不足は「次に必要」を重視するものです。そこで、人材不足に対応するために転職者を受け入れるには、次の3点に取り組むことが要請されます。
第一に、転職者が自社のカルチャーになじめるように環境を整えておくこと、第二に、転職者が仕事上のアイデアや改善案を言い出しやすくして主体的に仕事を進めるようにすること、第三に、次のチャンスを与えるべき人とそうでない人を一定期間で見極めることです。つまり、第一はカルチャーフィット、第二は主体的な仕事ぶり、第三は中期的な戦力評価です。
個人にせよチームにせよ、人的資産である人財を戦力として活用するには、肝要なポイントがやはり3点ありました。
第一に、何をする(してほしい)かという採用時点で提示する仕事そのものの魅力、第ニに、チャレンジングな仕事や興味を示すような(わくわくするよう)仕事を提示し続けること、第三に、資産価値に見合う報酬及び資産価値増大分の長期的な分配を実現することです。即ち、第一に採用時点の仕事の魅力、第二に仕事の持続的な魅力、第三に資産価値(の増大)に見合う報酬です。
最後に、「事業を引き受ける人」という意味で人的資本(=人本)について述べました。
人本とは、単なる法人の代表者にとどまらない真に人的資本と呼びうる経営者のことです。CEOの肩書や代表権を持つ役員であるかどうかではなく、事業のスケールアップ(急成長軌道に乗せること)やターンアラウンド(再編・再生を行い収益力の回復・向上を実現すること)を実行する人に限られます。
こうした人的資本も、ある程度は市場が形成されるほどには存在するようになってきました。俗にプロ経営者といわれる人々の市場は、いわゆるハイクラスの転職市場と考えることができます。創業者や起業家は今の日本でもそれなりに存在し活躍しています。これらの面では一定の人的資本があります。最も不足しているのは、相変わらず後継者不足で廃業や倒産に至る法人が多いことから類推されるように、オーナー(個人としての法人所有者)かもしれません。
人本は、他の3種類の転職者とは異なり、一人で複数の法人に関わることが可能です。特にオーナーは、一人で複数の組織を有するほうが自然かもしれません。オーナーと経営者の違いというと、オーナーはガバナンス(法人統治)の責任者に徹する点でしょう。従って、その処遇は一般の従業員や役員と明確に一線を画す必要があります。その線引きが曖昧なままでは、その活用はあり得ません。最も重視すべき点は、オーナーがガバナンスの責任者としての自覚をもつことで、そのためには出資・買収・CEO指名などのプロセスを複数回、体験することで得られるものです。
転職者を受け入れる組織の側の話を進めてきましたが、転職しようとする人も自分がどのようなキャリアを目指すのか、しっかりと考えて行動することが求められます。仕事を通じて何が欲しいのか、金(経済的利得)か、福利厚生や住環境なども含めた生活の保障か、今日の現金収入か明日の資産形成か、組織における昇進か、社会的な地位か、仕事の楽しさや充実感とかやり甲斐か、次の転職へのステップか、自分の就職や転職の動機(本音)にしっかりと目を向けましょう。
自分の本音がわかれば、何をどこまで我慢して今の仕事を続けるのが良いのか、何を優先して転職先を探すのか、どのタイミングで転職活動を始めて退職までのプロセスを主導するのか、転職の進め方や成功基準を自分なりに設計することができます。
目先の仕事も大事ですが、中長期的なキャリアビジョンから逆算して転職の希望先・職種・ポジション及び地域やタイミングなどを書き出して整理してみましょう。その際に、職場のありたいイメージを想定してみることも一興です。例えば、どのような上司であって欲しいのか、反対に、こういう上司の下では仕事をしたくないという具体的な上司像はどのようなものか、これまで相対した上司たちを思い出すだけでも、次の転職に役立つ気づきがあるかもしれません。
こうしたことを考える際にも、人手・人材・人財・人本といった人的資源の区分を思い出して、自分がそうありたいものと転職先が求めているであろうものがそれぞれ何であるか検証してから、具体的な転職活動に当たっても損はありません。
作成・編集:人事戦略チーム(2023年12月28日更新)
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