新卒採用とベンチャー企業(前)~新卒でベンチャーに就職するということ

新卒採用とベンチャー企業(前)~新卒でベンチャーに就職するということ

 

 この時期ともなると、20163月卒業予定の学生を対象とする新卒採用活動から、その次の20173月卒業予定の学生の採用に向けての活動に重点が移ってきました。また、冬季のインターンシップを実施する企業は、ほぼ準備を終えていることでしょう。

 近年では、ベンチャー企業でも、多くがインターンシップを実施したり、大手企業とは別のタイミングで積極的な採用活動を行ったりするなどして、新卒採用に積極的に取り組んでいます。

 学生も、大手企業や中堅企業だけでなく、創業間もないベンチャー企業を自ら希望して就職しようとする人が、少なからず、いるようです。

 

(1)就職先として見た場合のベンチャー企業の特徴

 

それでは、学生にとってベンチャー企業に就職するという選択肢は、他の企業(特に大企業や歴史のある中小企業)や官公庁などに就職する選択肢と、同じレベルで考えればいいのでしょうか。

実は、ベンチャー企業ならではの特徴があります。それを理解した上で、自分に合っていると思えば、就職先の候補としてベンチャー企業を具体的に検討していくことになるでしょう。しかし、自分には合わないと自覚する人は、ベンチャー企業を就職先として考えることはやめておくほうがいいでしょう。

 

新卒の就職先として見たとき、ベンチャー企業に共通する特徴とは何でしょうか。

 

それは、組織として、新卒で入社した人を、いちいち、手取り足取りして、仕事の基礎から教えている時間がないことです。

時間だけでなく、新入社員の教育プログラムや入社時のオリエンテーションがないとか、メンターとなるべき先輩社員そのものがいないとか、大手企業や中堅企業であれば当然あるようなものが何もないのが、ごく普通のベンチャー企業です。

 

もちろん、社員に何かを教えた経験がない、教える技術もない、教える気もない、そういう経営者も現実にいることは確かです。

しかし、たとえ、教えた経験があり、能力や技術もあり、ちゃんと教育しなければという意識を強くもっていたとしても、ベンチャー企業の経営者には、そうそう時間的な余裕がありません。経営者だけでなく、ベンチャー企業で働いている人は皆、そうです。

見て学ぶ、というのも、理想論に過ぎません。経営者自身の仕事ぶりから、見て学ぶ、盗み取るといっても、いっしょに仕事をする機会が日常的にない限り、できません。

 

ベンチャーでは、先輩や上司が新入社員に同行してセールスをいっしょにやる、ということはまずあり得ないでしょう。

入社したその日に、いきなり「飛び込みセールスをやってこい」と言われるのは、まだいいほうかもしれません。経営者をはじめ、周囲の社員も暇な人はいませんから、誰からも何の指示・命令・助言などがないまま、放っておかれても文句は言えません。ひとりで放り出されても、とにかく行動して、何とか結果を出すしかない、それがベンチャーです。

ちなみに、こうした状況は新卒採用者だからということではなく、中途採用でも同じです。中途採用者のほうが即戦力としての期待が非常に大きい分、むしろ、放りだされて結果を求められるでしょう。

もし、幸運があるとすれば、それは、顧客が育ててくれることです。何も分からず、右往左往している新人の営業担当に、いろいろと注文をだしてそれに対応することで、知らず知らずのうちに、営業の基本的なスキルや知識が身につくことはあるでしょう。

ただ、普通の顧客は、素人を相手にする暇はありません。あくまで、幸運にも、いい顧客に巡り合えた人だけに起こることです。

 

技術者でも同様です。自学自習が自然とできる(習慣となっている)人であれば、ベンチャーでも仕事を覚えながら結果を出していくは可能かもしれません。ただし、かなりのスピードが求められますから、ついていくのは大変です。

学生までと違って、試験範囲の指定とか学習指導要領といった縛りはないのが、仕事です。今日100ページの資料を渡されて、明日までにプログラムを作れと言われて、徹夜で何とか形にしたとしても、翌日には「ダメ、使えない」の一言でボツになっても、また次の仕事に平然と取り組むくらいのタフさが必要でしょう。

 

(2)ベンチャー企業で身につけることが難しいもの

 

ベンチャー企業に新卒で入社した人が特に身につけることが難しいと思われるのが、ビジネス・プロトコルではないでしょうか。

業界知識や技術知識は、インターネットなどから情報を収集したり、学習支援ツールを活用したりすることで、まだ身につけることは可能です。

ビジネス・プロトコルというのは、ベーシックなことでいえば、名刺の受け渡しに始まり、仕事をうまく処理していくのに不可欠な約束事です。ただ、これらは、教科書とかセミナーなどで習得できるものは限られており、業界の慣行やその企業(または企業グループ)独自の作法があります。

ビジネス・プロトコルが問われそうな場面を、思いつくまま、以下、例示してみます。

 

出社時・退社時の挨拶

ランチの誘い方・誘われ方

休憩時間の過ごし方

食事会や飲み会などにおける幹事の役割・奢り方・奢られ方

先輩や上司(といってもベンチャーでは社長ということが普通)との話し方

報告・連絡・相談のタイミング・内容・ツールの選択

(特に急に休む場合や交通トラブルに巻き込まれた時)

会議の進め方や議事録の取り方

ITシステムの使い方(パソコンが必須)

電話応対(電話とメールの使い分け、応答するタイミング、言葉遣いなど)

メールやFAXの使い方(TOCCBCCなどの使い分け、表題の付け方など)

社内・顧客など関係者との折衝(引き合い、見積、契約、納品など)、

社外関係者(顧客、取引先、仕入れ先、外注先など)との付き合い方

支払方法や入金確認手続き

(支払期日、振込手数料の負担、消費税の表示方法や取り扱いなど)

経費精算の方法や経費支出として認められるものの判断

社内文書や社外提出書類の作成方法(用語や表現、様式の選択など)

書類などの送付方法(送り状や明細書など)

コピーの取り方

印鑑の押し方

服装・ファッション(靴、バッグ、傘、アクセサリーなども含む)

 

こうしたビジネス・プロトコルは、通常は、最初に就職した企業で先輩に叩きこまれるものでしょう。

いわば、仕事の基本なのですが、ここをいい加減に過ごしてしまうと、内容がいかによくても、相手に内容を評価してもらう以前の段階で拒否されてしまいがちです。その結果、本人がその後ずっと苦労することになるのは、実によく見る光景です。

実力があるのに結果が出ない人のもつ特徴として、ビジネス・プロトコルがうまくいっていないことが、往々にして見られます。これは、期待されて入社してきた中途採用者が、期待外れに終わってしまう原因の大きなひとつの要素でもあります。

 

もし、新卒採用された人が、始めからこうしたことができるのであれば、いちいち就職などせずに、自分で起業する方が本当はいいのかもしれません。少なくとも、自分になくて身につけるべきものが明確で、それらを習得できたのであれば、早々に独立するという選択肢を前提に、ベンチャーに就職するということになるでしょう。

ちなみに、ベンチャーといっても、上場(上場準備)するなど、一定の成長を実現している企業の場合は、企業社会全般で通用するとは限りませんが、その会社なりのビジネス・プロトコルは醸成されつつあると思います。スタートアップの企業の場合は、自分がこの会社のビジネス・プロトコルを確立するんだ、という程度の気概がある人を企業も求めるでしょう。

 

(3)就職を決める前に確認すべきポイント

 

最後に、実際に、ベンチャー企業に新卒採用で就職しようとしている人は、次のポイントを念頭において就職すべきかどうか、自分で判断されることを望みたいところです。

 

まず、経営者についてですが、個人的な相性が何よりも重要です。いかにその会社の事業が有望で、経営者の能力が高いとしても、個人的に合わない人であれば、入社はやめておいた方がいいでしょう。特に社員数が10人以下ともなると、個人的に相性が悪いからといって逃げ場はありません。

スタートアップの企業であれば、入社前に、できれば全社員、少なくとも経営者及び主要幹部(社内取締役など)とは、一度は会っておいた方がいいでしょう。

 

次に、雇用条件を文書で確認しておくことは、必ず忘れずに実行された方がいいでしょう。もちろん、雇用契約書(“雇用契約書 ひな型”を検索すれば、見本となりそうなものがいろいろと出てきます)を入社前に正式に取り交わすことができれば、ベストです。

ベンチャー企業ですから、新卒採用どころか、人を雇うということ自体が初めて(未経験)ということも当然、あります。経営者も具体的なやりかたや手順などが、よくわかっていないケースも少なくありません。入社しようとする人のほうから、必要な情報を確認しなければならない状況もでてくるでしょう。

最も気をつけたいことは、雇用条件が口約束で終わってしまうことです。多忙な経営者と、就職経験のない学生の間では、内容についての誤解が生じないほうが、ありえないことです。手書きでのメモでも、メールでもよいので、合意した事項を相互に確認する習慣をつけておく方がいいでしょう。

 

雇用契約とも関連しますが、勤務場所についても確認しておきたいものです。ベンチャー企業の多くは、オフィスや事業拠点などを移転することがよくあります。もちろん、事業が順調に展開して、次々にオフィスを拡大するケースもありますし、反対に、オフィスを閉鎖したり、より賃料の安いところに移転せざるを得ない状況に陥ったりすることもあります。

勤務場所が変わるくらいであれば、ある程度は柔軟に対応できるとは思います。しかし、新卒で入社して、いきなり在宅勤務とか、拠点となるオフィスがなくてノマド・ワーカーとならざるを得ないというのは、普通の人にはかなり厳しいでしょう。毎日、決まった時間に出勤することを習慣として身につけることができるかどうかは、仕事で結果を出す第一歩と言えるかもしれません。

 

そして、最後のハードルがご両親を説得することでしょう。ただ、これを自分でできないようでは、ベンチャー企業で働くことは無理と断言せざるを得ません。入社後のハードルに比べれば、学生ご本人の真の味方であるご両親の反対など、実に低いハードルに過ぎないからです。

 

後半に続く

 

作成・編集:人事戦略チーム(20151119日更新)