Netflix Culture (第4回・第5回)

(4)コンテキスト経営を実践する

 

さて(3)で紹介したように、個人で果たすべき責任を一人ひとりの社員がきちんと果たし、細かなルールや手続きがなくても、自分の裁量(自由)で適切な判断を下すことが可能となるように、こうした組織において、マネージャー(管理職)の役割とか機能というものも、従来のものとは異なるものが求められます。

 

その役割とは、コンテキストを社員に的確に説明し理解してもらうことです。コンテキストとは、文脈という意味ですが、ネットフリックスの経営においては、次のように解釈することができそうです。

 

戦略や目標を社員一人ひとりが的確に理解し、その理解に基づいて、ルールや手続きを細かく定めたり、いちいち経営陣に決裁や承認を求めたりしなくても、適切な判断ができて高い業績を挙げることができる、その内容がコンテキストです。

言い換えれば、コンテキストがしっかりと社員に理解され、それに基づいて適切な判断が下されているからこそ、高い業績が実現される、それがコンテキスト経営ということになります。これがネットフリックスの組織運営の特徴といえるでしょう。

 

資料では、コンテキスト経営と一般の管理(コントロール)中心の経営とを比較しています(NC-81)。

 

コンテキスト経営では、戦略や評価基準が明確に示されるとともに、その前提条件や目的などが十分に理解されていることになります。そして、それぞれの社員が果たす役割がはっきりしており、透明性の高い意思決定が実現されます。

一方、伝統的で一般に広く見られる管理(コントロール)中心の経営では、トップダウンの意思決定に基づき、社員は行動するのが普通です。予算や経費支出についても、経営陣による承認が必要ですし、利害関係者を集めて委員会を組織して合意形成を行うため、時間がかかったり社内政治で物事が決まったりしがちでしょう。

コントロール経営とは、(3)までの表現を借りれば、ルールと手続きとブラックボックスによる経営といってもいいかもしれません。

 

資料では、コンテキストのもつべき特徴を次のように説明しています(NC-82)。

 

第一に、社員一人ひとりの目標が、全社または部門の業績目標に直結していることです。

次に、やるべき仕事に相対的な優先順位が明確についています。優先順位は、主に重要性や時間的制約で決まります。「今すぐにやるべき」とか「いまできるなら取り組むべき」といった順位付けが可能です。

第三に、正確性と洗練度についても、やるべき仕事に応じて、求めるレベルが明確になります。たとえば、間違いはゼロというもの(クレジットカードの決済など)、間違いがあってもすぐに修正可能なもの(ウェブサイトの制作など)、間違いがあるのが当然で仕事のスペックは大まかでも構わないもの(実験的・試験的なもの)、などといった区分で、求められる正確性や洗練度を定義しているのが、よいコンテキストといえます。

第四に、主要な利害関係者が関与して、オープンな場でコンテキストが形成され、説明されます。

そして、想定される結果が、主要な業績指標で表現できたり、その仕事の成功が明確に定義されたりしているのが、コンテキストということになります。

 

要は、仕事をする背景(全社や部門の戦略や目標、それらの背景にある業界・顧客・技術などの動向)を理解し、優先順位を明確にして、達成すべき内容や水準を仕事の本質や特性に応じて定義し、関係者を含めて相互に理解しておくことが、コンテキスト(に基づく経営)ということです。

 

ネットフリックスでは、コンテキストへの投資にも力を入れています。具体的には、新入社員大学(ニュー・エンプロイー・カレッジ)と部門ミーティングを頻繁にもつことを通じて、会社の戦略や結果について、社内でオープンに語るそうです(NC-86)。

資料では明確に言及されてはいませんが、最大の投資は経営者やマネージャーの時間を、コンテキストの説明や理解に費やすことかもしれません。

 

こうしたコンテキストは、実は一般の企業においても重要なものです。たとえば、MBO(目標管理)について考えてみましょう。

 

MBOという仕組み自体は、多くの企業で実施されていますが、「目標による経営」という趣旨からすると、うまくいっている会社のほうが少ないのではないでしょうか。

社員からは目標がノルマ(達成すべき仕事量)と受け止められたり、管理職からは目標設定や業績評価の作業に時間ばかりかかると不評だったりするなど、不満や問題はよく耳にします。

部下(本人)からみると、目標が高すぎて、設定した時から達成できそうもないと諦めてしまったり、目標は理解できても達成方法がわからなかったりしがちです。そもそも達成できるできない以前に、なぜこの目標に取り組むべきか納得できないまま、人事制度だからやるだけという人もいるでしょう。

上司(マネージャー)からみると、会社や部門の動向が目標に反映されていないとか、毎期同じ目標を掲げてくるといった問題に始まり、「これが目標?」と疑問符がつくほど、レベルが低かったり中身が薄かったりすると、本人と上司が話し合うのではなく、上司が一方的に指示するしかなくなってしまうこともあるでしょう。こうなると、本人の不満はさらに増大して、悪循環に陥ってしまいます。

 

筆者が直接見聞きした実例から考えてみますと、そもそも経営者や会社全体の方針や戦略があるとは、とても呼べないケースもありますが、圧倒的に多いのは、会社の方針や経営者の意図が、上級幹部にすら的確に伝わっていないケースです。コミュニケーションは量的には十分なはずなのに、それぞれの立場で内容を理解するのに止まってしまい、コンテキストが形成されるまでには至らないのです。実際、一般の社員まで会社や部門の方針が伝わって理解されているほうが、圧倒的に少ないと思われます。

つまり、コンテキストが社内で形成され浸透していないのです。だからといって、会社のルールや仕組みで社員をきちんとコントロールするわけでもないため、経営者にもマネージャーにも社員にも、すべて不満が溜まってしまいます。特に人事制度(業績評価制度)の一環としてMBOを導入・運用していると、人事(評価)のために行うルールや手続きとしか受け止められませんから、ネットフリックスでいうコンテキストなど、初めからありません。それでは、目標の意味や重要性を理解して運用することは、極めて難しいでしょう。

 

同様の問題は、たとえば、経費管理においても見られます。

 

マネージャーの決裁権限として、予算の範囲内であれば10万円未満の経費は使ってよいと全社一律に定めているとしましょう。

すると、比較的安価なパソコンやタブレットなどを自由に購入する部署もあれば、データ分析などで比較的高価なものを購入しなければならない部署もあるでしょう。後者は10万円では到底収まらないとすれば、いちいち個別に折衝して(場合によっては購買関連の会議や次年度予算といったプロセスも経て)、必要な書類を提出して決裁を得なければならないとしたら、担当者はやる気を失いそうです。

戦略的には重要でないもののほうが容易に購入できて、重要なもののほうがなかなか購入できないとしたら、この購入プロセスはおかしいと言うべきでしょう。

そこで、多くの企業では、支給の対象や条件などを細かく決めて、申請書を出して、上司や担当部門の承認などを経て、支給するわけですが、こうしたルールや手続きを整備するほど、本来の目的(すぐにでもIT機器を購入してデータ分析を行い業績向上に資する結果を出すこと)から外れて、意思決定や戦略的な意味がある仕事のスピードが落ちることになりがちです。

 

MBOも経費管理も、その意味や個々の重要性を適切に反映して運用しない限りは、うまく運用できません。ところが、コンテキストが欠けている状況では、制度やルールを整備することは問題解決を解決しようとしているつもりであっても、実は問題解決をより難しくしている場合が多いと指摘できるでしょう。

 

文章作成:QMS代表 井田修(2015123日更新)

 

 

(5)組織モデルも見直しが必要

 

価値(バリュー)を体現し高業績を挙げるには、ネットフリックスでいうところの自由を重視し責任を果たす人材を集めて、経営陣やマネージャーがコンテキストを説明しておけば、自然とそうなるわけではありません。組織としての形態や運営方法にも独自の工夫があります。その説明として、次の3種類の組織モデルが紹介されています(NC-89

 

1.強固な一枚岩モデル

2.独立サイロ型モデル

3.ネットフリックス(高度な連携と緩やかな結合を同時に実現する)モデル

 

1の「強固な一枚岩モデル」というのは、伝統的なトップダウンの経営をイメージしたものです。

このモデルでは、経営陣が、戦略どころか戦術レベルの事柄もすべて意思決定したり、事後チェックなどを行ったりします。細かなルールや手続きが明文化されていなくても、不文律や経営トップからの具体的な指示や命令を通じて、いわばマイクロマネジメントが組織の最上位にまで及んでいるでしょう。

このモデルでは、顧客の満足度を高めるのと同じくらい、社内関係者(経営トップおよびその周辺の経営幹部など)の満足度を優先的に取り扱わなければならない状況に陥りがちです。結局のところ、中央集権的な組織運営のため、経営のスピードはでませんし、誰かがイノベーションを起こそうとしても、その努力だけで疲れ果ててしまうでしょう。

ただし、スピードの問題が顕在化しない程度に小規模で、単一の製品市場で成長しようとする企業では、このモデルが効果を発揮するでしょう。

 

2の「独立サイロ型モデル」は、官僚制の組織や大企業に典型的に見られます。各組織間の調整なしには何事も動かない組織運営のモデルです。部門内で完結する仕事は、それなりにうまくいきますが、部門をまたいで対応する仕事には不向きでしょう。

つまるところ、部門相互に他部門が何をしているのかわからないため、他部門に対する疎外感と疑惑が存在してしまいます。いわゆる蛸壺型の組織です。

この場合、事業部門が相互に何の関連性もないほうが経営はうまくいくでしょう。GEの航空機エンジン部門とミキサー部門の関係が例示されていますが、技術も顧客(市場)も製品特性(PLCなど)も担当者のスキルも、すべてにおいて共通点が少ないほうが、それぞれの部門経営も会社全体の経営もうまくいくでしょう。

もちろん、下手にシナジーを高めるとか、クロスセリングを図るとか、ナレッジの共有化を推進する、などと間違っても言ってはいけない組織とも言えます。

このモデルにおいて全社の戦略といえば、どの部門に投資するか、を決定することに絞られます。つまり、どの部門を切り離すか、どの部門(子会社)を買収・合併するか、といった事項を検討して、投資の収益性を高めることに尽きるでしょう。

 

3の「ネットフリックスモデル」は個人や部門の高度な連携と緩やかな結合を同時に実現することで、スピードやイノベーションを実現する組織を編成するものです。

その前提条件として、そもそも、変化の激しい業界・市場・技術などで成長を企図する会社であり、それを担う経営者や社員もまた、高い業績を挙げることを追求していることがあります。そこで、単純なトップダウンでは環境変化について行けませんし、スピードはあっても現場でバラバラに意思決定を行うのでは、高い業績を実現することができません。

 

そこで、高度な連携をもって仕事を進めていくには、次のようなことが求められます。

まず、戦略と目標が誰の目にも明確であり、社員に広く理解されていることが必要です。トップダウンではなく、第一線の社員に戦略と目標をもとにスピードをもって動いてもらうことが重要です。

次に、戦術ではなく戦略にフォーカスすることでチームの相互作用が働くことが大事です。戦術レベルのことにフォーカスしてしまうと、経営トップがマイクロマネジメントに走らざるを得なくなります。

第三に、経営陣の時間の大半は、戦術的な事項の承認や事後チェックではなく、透明性がありクリアで見通しの良いコンテキストを的確に伝えるために使われるように要請されます。

 

(3)で述べたことを組織編成原理で言い換えたのが「高度な連携、緩やかな結合」という、ネットフリックスモデルともいうべき組織のありかたなのです。

がちがちに固めた組織ではなく、緩やかな結合をもった組織を編成するには、戦略と目標とは関係のない事項については部門横断的なミーティングをもたないことで、相互の承認や事後チェックをしなくて済みます。同時に、コンテキストが適切に形成され、全社的に共有されるように、リーダーは必要な時はいつでも積極的に出ていって、部門間の調整や見通しの修正を行ったり、戦術面では時には反省会を行って連携を高めたりすることで、部門間・部門内での信頼感を醸成していくことが、不可欠な役割といえるでしょう。

 

文章作成:QMS代表 井田修(2015123日更新)


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