いつ入社するかが問題?

 いつ入社するかが問題?

  

 先日、ある経営者から連絡があり、都内のとある繁華街の一角にある、カラオケボックスに行きました。

 

「ここのランチ、けっこうおいしいんだ、ボリュームもあるし。ハンバーグとカレーのセットにするけど、どうする?」

「それじゃあ、同じので。」

 

 この社長がランチのオーダーをしている間に周囲を確認すると、ボックスには他に誰もいませんでした。

 

「社長が、ここを選ばれたということは、社内では話せないこと、多分、個別の人事についてでしょう?」

「わかった? まあ今日、来てもらったのは、給料のことなんだ。」

「給料? 昇給ですか?」

「ちょっと、これを見て。」

 

 そう言って、この経営者が見せてくれたタブレットの画面には、社員の月例給与が個人別に一覧表になったものがありました。

 

「どう思う?」

「ええっと、あれ? けっこう、違いますね。」

 

 この会社は、4月で設立3周年となります。1年目、2年目は事業を軌道に乗せるのに、かなり苦労していましたが、2年目の後半からは順調に成長してきています。

  当初は社長の個人的な関係で入った社員が数名いただけでしたが、3年目には採用を積極的に行い、今は10名以上の社員がいます。

 

「タイトルは同じマネージャーですが、この人たち、基本給からして大きく違いますね。」

30万と35万じゃ、やっぱり、まずいかな」

「一概にまずいとは言い切れませんが、何か理由がありますよね……あれ? 30万円の人のほうが、先に入社していたんですか?」

「そうなんだ。一緒に立ち上げてくれたメンバーだけど、その頃は資金も厳しかったから、給料もそこそこで来てもらったんだよ。それから、一度も昇給していないんだ。事業のほうが、それどころではなかったからね。本人たちも、そのことは納得しているはずだよ。」

「そうですか。こちらの高い方は、去年、採用した人たちですか?」

「そう。これでも、前の会社を辞める時の給料よりも低かったはずなんだけど、うちとしては、出せるだけ出したつもりだよ。」

「仕事ができる・できない、という点では、いかがですか?」

「マネージャークラスは、個人差はあるにはあるが、だいたい合格点かな。」

「やるべき仕事の内容はいかがですか? この人はできるから、より難しいテーマを与えて、そうでもない人にはそれなりの仕事をさせている、なんてことはないですか?」

「そりゃあ、できる人間には高い目標をもって、仕事をしてもらっている。当然でしょう。」

「できる順といいますか、仕事が量的にも質的にもたいへんな順と、給料の高い順を並べてみると、社長の頭の中では、同じ順番に個人名が並びますか?」

「ううん、だいたいは一致するけど……」

「順番が違う人もいる?」

「一番上と下は一致するけど、あとは何とも言えないかな。そうそう、4月にも3人、入ってくるんだ。新卒だよ。」

「ようやく新卒が採用できたんですね、良かったですね。」

「そのうちの1人が、院卒でね、初任給が25万円ほどなんだ。」

「あれ、このエンジニアの人とあまり変わりませんね。

「そうなんだ。そこも悩ましいところで、当然、仕事は先輩のエンジニアのほうができるし、年齢もちょっと上だったかな。」

 

 この社長の頭の中には、社員の顔とこれから入社予定の人の顔が並んでいるはずです。一方、スプーンを持つ手は、ハンバーグを食べ終えて、今はカレーに取り掛かっています。

 

「社長、お金ありますか? IPO目指していらっしゃるとなると、事業計画と実績、特に利益がいかないのはまずいですよね。」

「予算には多少の余裕はあるけど、給料が低いほうだけを昇給させるわけにはいかないだろう。といって、全員、10%昇給というわけにもいかないし(注1)。」

「たとえば、思い切って、全社員の給料をオープンに話し合って決めるという方法もありますよ。」

「オープンに話し合う?」

「そうです。社員が皆、落ちついて話し合うことができるだけ、しっかりと自信を持っていればできますが、割としっかりした方々が多いのでは?」

「いやあ、無理だろうなあ。その場は冷静を装うかもしれないけれど、後でブーブー文句を言ってきそうだなあ。」

「よくあるのは、会社の方針とか創業期の良さが失われることへの失望とか、いろいろな理由はありますが、会社がそれなりの規模になってくると、創業メンバーが会社を去るケースがあります。ご存知ですよね。」

「ああ、先輩が立ち上げた会社でも5年目に、ごっそり人が抜けたのを、この目で見たよ。うちも、今いなくなられては、ビジネスが成り立たなくなる!」

「そういうときに、実は給料の問題も大きい場合があります。」

「やっぱり、そう。」

「ええ。そうならないように、賃金管理のテクニックとしては、給料金額の上下関係と業績評価の結果から昇給幅を決めて、いまのうちから、問題となりそうな給料格差をなくしていくことは可能です(注2)。」

「それ、教えてよ。テンプレートがあったら、後で送ってくれない?」

「ああ、いいですよ。でも、ちょっと説明しないと、考え方くらいは知っておいてください。」

「大丈夫、マニュアルあるでしょう。」

 

 この人はいつも自分の言いたいことだけ言って、すぐにいなくなってしまうなあ、と思ってハンバーグを食べようとしていると、

「あれ、まだ食べてるの? 悪いけど時間がないから、先に出るけど、今日は助かったよ。」

そう言って、経営者はすぐ近くにあるオフィスに帰って行きました。

 

その後、業績評価や組織運営など、人事と連繋した仕組みを忘れずに整備して欲しいことなどをメールでご連絡したのですが、どこまで読んでいただいたか、わかりません。

  給料の話は、単にお金が多い、少ない、といったレベルのことに留まりません。その背景には、人事や組織運営、さらには事業そのものや会社のありかたなど、幅広く奥深い問題がありえます。

  株式市場にける株価が、その会社を投資家がどのように評価しているのか、最もわかりやすい指標で示したものであるとすれば、給料は、会社という社内労働市場において、何に価値を置いて、何を重視して、一人ひとりの社員を評価しているのか、その結論をひとつの指標で表したものといえるでしょう(注3)。

  その給料について、無視できない不満や問題意識があるとすれば、それはとりもなおさず、経営課題です。財務的な事情や労働法制上の限界などから、一気に解決するわけにはいかないかもしれませんが、課題解決に向けて着実に取り組むという姿勢をみせることは、最低限、必要です。

 

【注1

http://www.qms-imo.com/2015/03/03/賃上げをすると格差が広がる/

 

【注2

http://www.qms-imo.com/2015/03/29/レンジマトリクス方式による賃金管理とは-/

 

【注3

http://www.qms-imo.com/2015/02/27/ieとec-賃金を考える観点/

  

作成・編集:人事戦略チーム(20163月8日更新)