アーサー・ヒラ―の逝去
映画監督のアーサー・ヒラ―氏が老衰のため、92歳で逝去されました(注1)。
アーサー・ヒラ―監督の代表作というと、「ある愛の詩」(注2)でしょうか。映画は観たことがなくても、フランシス・レイ作曲のテーマ曲は聞いたことがあるという方は多いと思います。
「ある愛の詩」がヒットしたせいでしょうか、その後、何らかの過去を背負った主人公(男性)が白血病の女性と知り合い、恋におちるというストーリーの作品が作られた時期がありました。筆者が観たものでいえば「ラスト・コンサート」があります。また、白血病になるのが主人公の男性というもの(ジョン・トラボルタ主演の「プラスティックの中の青春」)もありました。
ひとつのヒットが次から次へと新たな作品を派生していくなかで、本家?の「ある愛の詩」も続編を製作・公開します。それが「続・ある愛の詩」(注2)です。
筆者自身は、「ある愛の詩」をロードショー公開時に観たわけではなく、その続編「続・ある愛の詩」が公開された後に、ふたつをセットにして名画座のようなところで2本まとめて観た記憶があります。
この2作品は“Love Story”と“Oliver’s Story”という原題が示すように、物語の軸が違います。ふたりの人間が織り成す愛の物語から、主人公Oliverの生き方についての物語に変わっていきます。
これらの作品を見た当初(40年近く前)は、社会階層の違い(名門出身でハーバード大学に通う男性と労働者階級出身の女性)という設定と、白血病という不可抗力が愛し合う二人に一種のタイムリミットを迫るプロットが、どうしても腑に落ちない感じが強く、どうしてこれが注目される作品なのか、ピンとこなかった記憶があります。
ただ、こうして言葉だけを抜き出してみると、どこの国でもありうる普遍的なモティーフであることがわかります。そこに有名なテーマ曲もあって、アメリカでも日本でもヒットしたことは理解できます。もちろん、いわゆるラブストーリー(悲恋もの)として、ちゃんとできている作品であることは間違いないのですが、それ以上でも以下でもないように感じていました。
続編になると、社会階層の違いも愛し合う二人にタイムリミットを迫る不可抗力も出てきません。過去にある種の経験をした男がその後、どのように生きていくのかを描く、現実的な続編ではあっても、物語としては拍子抜けしてしまう印象が強く残ったことは否めません。
さて、改めていま、「ある愛の詩」を考えてみます。
社会階層の違いは、日本でもアメリカでも1970年代よりも大きくなっているかもしれません。中流階級の崩壊です。アメリカの大統領選挙をめぐる報道などを見ていても、民主党ではバーニー・サンダースが最後まで残っていたり、共和党ではドナルド・トランプが正式に候補者になっていたり、移民問題なども含めて社会階層の違いが大きく注目されているというのが実感かもしれません。今後、AIやロボットなどがさらには発展していくと、こうした社会階層の違いがより大きくなるかもしれません。
一方、不可抗力としての病気というのは、次々に克服されつつあるのではないでしょうか。不可抗力という点では、テロのほうが現実的かもしれません。特に、何らかの形でテロを実行する状況に追い込まれた立場に置かれた人々は、タイムリミット(実行すべき日時)が設定されているという点では、不治の病と同じような状況に置かれていると言えなくもありません。
こうした違いを反映した現代の「ある愛の詩」を撮るとしたら、アーサー・ヒラ―はどのような作品を生み出したのでしょうか。ストレートなラブストーリーだったのか、それとも、けっこう得意としていたコメディ(社会階層の違いとかタイムリミットというのはスラップスティック・コメディの定番の設定ではありますが)になったのか、想像は尽きません。
【注1】
たとえば、以下のように報じられています。
http://jp.reuters.com/article/arthur-hiller-director-idJPKCN10T06K
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160818-00000025-reut-ent
また、アーサー・ヒラ―氏の略歴や作品紹介の一例として以下のサイトをご覧ください。http://www.imdb.com/name/nm0002137/
【注2】
作品については、たとえば、以下のサイトを参照してください。
「ある愛の詩」http://www.allmovie.com/movie/v30317
「続・ある愛の詩」http://www.allmovie.com/movie/olivers-story-v36176
ちなみに、「続・ある愛の詩」の監督は、アーサー・ヒラ―ではなく、ジョン・コーティです。
作成・編集:QMS代表井田修(2016年8月18日)