「今すぐ採用」を活かすには(3)
ベンチャーでは「○○ができる人が欲しい、今すぐ」ということがよくありますが、その第三は会社の価値を体現しているような人材です。このような人材は、計画的に採用・育成するとかタイミングよく社外から調達するといった方法をとることが、原理的に不可能です。というのも、価値を体現する前提として、創業経営者からの全幅の信用を得ていなければならないからです。
信用というのは、たとえば、会社の金庫や創業経営者の実印を預けることができれば、信用度が高いといえます。金銭面に関わらせることができないとか、人事や契約に関する機密事項を扱わせるのはどうも不安だというのでは、信用はあまり高くないと言わざるを得ません。
原則的には採用した社員について特に問題がなければ信用するのが当然ですが、むやみに信用すればいいわけでありません。経営者同士で集まれば、なかには、そうした信用を裏切って現金を持ち逃げするケースを互いに見聞きしたことがあるのではないでしょうか。また、信用されているのを笠に着た社員と、他の一般の社員の間で軋轢が起こり、ある日突然、社員の大半が辞めてしまったなどという話もよくあります
経営者が誰を本当に信用しているのか、口には出さずとも社員はわかっているものです。ベンチャーや中小企業というのは少人数の組織ですし、経営者からアルバイト・パートタイマーや派遣社員に至るまで互いに社内の人間関係を日々感じ取っているはずです。
経営者が信用できる社員と同様に会社にとって代替不能な人材というのが、もうひとつあります。それは、その人が退職してしまうと、どのような影響が出るのか、わからない(読み切れない)人です。
こういう人材は、その人の言動が仕事中はもとより仕事を離れた場面においても、他の社員に「よい影響」を日常的に及ぼしています。ただ、そのことを本人も経営者も気がついていないということが往々にしてあります。それ故に、何らかの事情でその人が退職してしまうと、いつの間にか会社の雰囲気が悪くなり社員が辞めていったり、顧客や取引先などがいつの間にか何となく離れていったりします。その効果はすぐに出るわけでなく、中長期的なものなので、気づいた時には手遅れということが実に多く見られます。
手遅れにならないように、組織運営の仕組みでカバーすることもある程度はできます。バリューやクレドが注目されるのも、こうした事態に陥ることを防ぎ、事業を発展させるのに必要であるからです。また、多面評価やリーダーシップアセスメントなども、同様の効果が期待される手法ではあります。
急成長中か成長を目指している場合にこそ、それ以上に効果的なのは、ロールモデルとして機能する社員個人を繋ぎ止めておくことです。このロールモデルは創業経営者自身では機能しないものと考えてください。というのは、創業経営者は、そもそも物理的に社内にそうそういませんし、仕事をいっしょに直接する機会を社員全体がもつわけにもいきません。
特に創業期ではなく成長期以降に入社してきた社員からみれば、創業経営者は一種、別世界の人です。創業経営者の言動は影響をもつでしょうが限定的です。「よい影響」を及ぼす社員というのは、創業経営者や幹部社員の言動を表面的に理解するのではなく、誤解せずにその真意を把握して、周囲の社員にそれとなく知らせることができるのです。それは、一方的に自分の見解や解釈をもっともらしく語るのではなく、質問や異なる見解を投げかけることで、バリューやクレドに相当するものを個別具体的な状況において体得する機会を生み出します。
こうしたロールモデルの人材の言動は、周囲からは「あの人がそういうのだから……」といった評判を形成します。平常時においても「よい影響」を及ぼしますが、緊急時や危機的な状況においてこそ、会社を正しい方向に導く一言を発するものです。それは、創業経営者の頭を冷やし、危機を脱する方策を考え出すきっかけともなります。
ところで、創業経営者が信用を置く人材や「よい影響」を周囲に及ぼす人材というのは、必ずしも仕事がバリバリできる人材というものではありません。もちろん、仕事がまったくできないというのでは話になりませんが、個々の仕事の出来よりも、間違いを決して起こさないとか、経営者批判や他の社員の悪口を言っているところを見たことがないというようなことが重視されるのです。
こうした人材をゼロから探すとなれば、採用できるとしても年単位の時間がかかるという覚悟が必要です。仮に採用できたとしても、本当に信用に値するかどうか、「よい影響」を及ぼすかどうかは、採用後それなりの期間が過ぎないと判断できません。
実際には、起業するまでのキャリアのなかで出会った人の中から、これはという人を探し出すことが多いようです。直接の知り合いでなくても、人伝に見つけ出すことはよくあります。稀に、こうした人材を数カ月程度で採用できることもあるが、その多くは、もともと旧知の仲だったというケースがほとんどと思われます
特に信用のおける人材を見つけ出すことができたものについて言えば、親族、子供や学生の頃からの友人、以前勤務していた会社の上司や先輩といったケースが大半を占めるかもしれません。
「今すぐ欲しい」で採用した人材が、作業ベースのことを処理しながら、担当する仕事の仕組みを構築して、次に入社してきた人たちにその仕事を引き渡し、本人は別のテーマの仕事にチャレンジしていくのが理想でしょう。それを繰り返しながら、その人の言動が、経営者があってほしいとイメージするような会社の風土を作っていくことにつながっていき、それらが数年くらい継続して、その人への信用も確立していくとなれば、言うことなしです。
このように、採用すべき人材と採用・発掘に要する期間には、ある程度の相関関係があります。ベンチャーにとって「今すぐ欲しい」人材ばかりを採用するのは当然ですが、会社の価値を体現するような人材はそのなかから長期的に発掘していく覚悟が求められます。単に「仕事ができる」人材にしても、実際にやらせてみて、その結果を評価して次の仕事をやらせてみるといったサイクルを回していくことが、最短でも3か月から半年は要請されるでしょう。
作成・編集:人事戦略チーム(2016年9月2日)