「イノベーションと企業家精神」(3)

(3)起業家にとってのマネジメントの意味

 

機会を捉えてイノベーションを実現するには、企業家によるマネジメントが必要であるとドラッカーは言います。

それは、大企業や既存の中小企業においても、ベンチャー企業においても、公的機関においても共通するものです。ただ、具体的な内容は、それぞれの組織の特性によって異なるところもあります。たとえば、大企業では、既存の事業や組織と新規事業開発部門は分けてマネジメントをするなど、当然といえば当然の指摘もあります。

 

ここでは、起業におけるマネジメントのポイントについて詳しく見ておきたいと思います。

 

ベンチャーが成功するには四つの原則がある。第一に市場に焦点を合わせること、第二に財務上の見通し、特にキャッシュフローと資金について計画をもつこと、第三にトップマネジメントのチームをそれが実際に必要となるずっと前から用意しておくこと、第四に創業者たる企業家自身が自らの役割、責任、位置づけについて決断することである。(「第15章・ベンチャーのマネジメント」222ページ)

 

これだけ簡潔かつ明瞭にポイントをまとめられてしまうと、付け足すものが見つかりません。

ただし、実践となると話は別です。頭ではわかっていても、この4つの原則をすべて実行できているベンチャーに遭遇したことは、個人的にはありません。

 

 まず、市場に焦点を合わせてベンチャーをマネジメントする点ですが、テクノロジー主導のベンチャーではなかなか実践できていないように思われます。それ以外のベンチャーについても、市場や顧客にフォーカスしている企業は、さほど多くないのではないでしょうか。自社の製品やサービスについては、ブラッシュアップに余念がなくても、それが市場のニーズとどのような関係にあるのか、わからない(分析しない)ままというケースは、まだまだ枚挙に暇がありません。

次に、財務上の見通しですが、これは圧倒的に多くのベンチャーで軽視されているのではないでしょうか。月次ベースでキャッシュフローと資金を見て、実績と今後の見通しを1年先まで、数字で把握しているベンチャーにお目にかかることは、なかなか難しいというのが実感です。一見、数字は見ているようでも、事業計画とは遊離していて、事業を回していく上で本来とるべき財務上のプランを検討すらしていないケースも実に多いと言わざるを得ません。極端な場合、見通すべきキャッシュと現実に必要と認識して調達しているキャッシュが、一桁も二桁も違うようなものもあります。

 

トップマネジメントのチームを早期に準備しておくというのは、財務上の見通しをもつこと以上に、実践されている例は少ないでしょう。まして、創業者である企業家自身が、自らの役割や位置づけを前もって見直しておくというのは、近年は実例を見ることもありますが、まだまだ稀少なものと言わざるを得ません。

 

ベンチャーのマネジメントに関して重要なことを一つ挙げるとするならば、それはトップマネジメントをチームとして構築することである。しかし、創業者自身にとってそれは事の始まりにすぎない。ベンチャーが発展し成長するに伴い、創業者たる企業家の役割は変わらざるをえない。(中略)

問うべき正しい問いは、「客観的に見て、今後事業にとって重要なことは何か」である。創業者たる企業家は、この問いを事業が大きく伸びたとき、さらには製品、サービス、市場、あるいは必要とする人材が大きく変わったとき、必ず自問しなければならない。

次に問うべき問いが、「自らの強みは何か」、「事業にとって必要なことのうち、自らが貢献できるもの、他に抜きんでて貢献できるものは何か」である。(「第15章・ベンチャーのマネジメント」238239ページ)

自分は何が得意で何が不得意かとの問いこそ、ベンチャーに成功の兆しが見えたところで、創業者たる企業家が向き合い考えなければならない問題である。しかし、本来はそのはるか前に考えておくべきことである。あるいはベンチャーを始める前に考えておくべきことかもしれない。(「第15章・ベンチャーのマネジメント」243ページ)

 

トップマネジメントをチームとして編成して大きく成長した企業の例としては、グーグルが最も有名かもしれません。ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンという二人の創業者に加えて、CEOとしてエリック・シュミットを迎え入れたのは、ご存知の方も多いでしょう。シリコンバレーの経営者として成功してきたE.シュミットとはいえ、独特なカルチャーで急成長中だったグーグルの経営は容易ではなかったようで、実際には著名なメンターであったビル・キャンベル(注3)がエグゼクティブ・コーチとしてシュミットを支えることもあったようです(注4)。

その後、ラリー・ペイジがCEOに復帰し、E.シュミットは会長となりましたが、グーグル/アルファベットの組織再編を経て、現グーグルはサンダー・ピチャイがCEOとして活躍しています。このように、トップマネジメントがチームとして編成されていると、後継者計画までもがうまく統合されていく可能性が出てきます。

もちろん、トップマネジメントがチームとして編成されているように見えても、現実のマネジメントはうまく機能していないことは、実によく見受けられます。基本的なところで大きな誤解があり、トップマネジメントの間で埋め難い溝が生じていることも珍しくありません。

トップマネジメントがチームとして機能するには、ドラッカーのいう「創業者たる企業家自身が自らの役割、責任、位置づけについて決断すること」が不可避なのでしょう。この振り返りと果たすべき役割の見直しがタイムリーに行われていれば、創業者がCEOのまま居座り続けてしまい、事業が発展しなくなったり、ベンチャーの存在が創業者や投資家の経済的な利益を生み出すだけのハコになってしまったりすることはないでしょう。

多分、起業におけるマネジメントとしてドラッカーの挙げる4つの原則のうち、最も実行が困難なものが「創業者たる企業家自身が自らの役割、責任、位置づけについて決断すること」ではないでしょうか。誰しも、得意・不得意はありますし、自分よりもうまくできると見込んだ人だからこそ、役員や幹部社員として雇うはずです。それだからこそ、起業家自身が絶えず自戒すべきこととして、第4の原則を肝に銘じておくべきでしょう。

 

日本のベンチャーを見ても、実は、急速かつ着実な成長を実現している企業は、ドラッカーの4つのポイントを、すべてとは言わないまでも、概ね実践しているケースが多いように思われます。

起業する前から、想定される顧客のところに出向いて話を聞いたり、起業時にすでに3年程度の財務計画をもって資本政策を進めていたり、起業当初からCEOCOOCFOを別人格としてトップマネジメントを機能別役割別のチームとして編成していたり、上場前後で創業者の役割がCEOから大きく変化して、投資家に変貌したりするケースは、それなりに見聞きするようになっています。

ここで注意したいのは、ベンチャーに限りませんが、トップマネジメントをチームとして運営するというのは、形式的に役割や担当分野を分けるのではなく、トップマネジメントに当たる人たちが相互補完的に動いているかどうか、この点が重要ということです。つまり、全社戦略と製品開発はCEO、営業はCOO、財務・人事・法務・総務などはCFOと分けることが重要なのではなく、これまでの各人の経歴や性格なども踏まえて、それぞれの得意分野や苦手な分野をうまくカバーしながらチームとして運営されていることが重要なのです。

したがって、チェックリストのようなものを作って形式的に評価するだけでは把握しきれません。ベンチャーこそ、しっかりとしたカルチャーが求められるのは、それがないとトップマネジメントがチームとして機能しないからです。公式の仕組みでチームをマネジメントする時間や労力はありません。相互に共有している価値観やビジョンに基づいて、日々判断してビジネスを大きく急速に立ち上げていくことが、ベンチャーに必要なマネジメントではないでしょうか。

 

【注3

ビル・キャンベルは今年、ガンで亡くなりました。紹介記事は、例えば以下のものがあります。

http://jp.techcrunch.com/2016/04/19/20160418bill-campbell-go-to-advisor-for-silicon-valleys-brightest-receives-loving-tributes-after-his-passing/

http://www.lifehacker.jp/2016/05/160510Bill_Campbell.html

 

【注4

How Google Works 私たちの働き方とマネジメント」(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ +アラン・イーグル著、ラリー・ペイジ序文、土方奈美訳、日本経済新聞出版社より201410月発行)234235ページを参照してください。なお、同書については、以前ご紹介したことがあります。

 

 

文章作成:QMS代表 井田修(2016924日更新)