起業する場所を選ぶには(3)
起業する場所を選ぶ第三の視点は、「調達すべき経営資源へのアクセス」です。特に資金と人材へのアクセスは、起業する場所をどこにすべきか考える上で重要なポイントです。
起業する際に資金が重要というのは、いまさら述べるまでもありません。起業する前から、資金調達をいかに計画的に考えているとしても、いざ資金調達をしようとすれば、その実現は容易ではありません。
資金が必要というのであれば、借入による調達も可能ですから、特に場所にこだわる必要はないかもしれません。クラウドファンディングなどITを活用した資金調達となれば、さらに場所の制約は少なくなりそうです。金融機関からの資金調達にしても、少なくとも都市部での起業であれば、地理的条件を重視してオフィスを考える必要はあまりないでしょう。
その一方、資本が必要というのであれば、やはり投資家がいるところ、一般には都市部で起業することが望ましいでしょう。実際には、東京都内でもVCのオフィスはある程度、決まった範囲にありますから、VCから資本を調達することを前提として起業をするのであれば、場所も絞られてくるでしょう。
もちろん、近年では、クラウドファンディング同様の方法で投資家を募る手法(注1)も注目を集めるようになってきていますから、資本調達という点における地理的な制約は、次第に薄れていくかもしれません。
次に、人材へのアクセスについて考えてみます。人材を調達する上で場所は大きな要因ですが、これにはふたつの場合があります。
ひとつは、ビジネスを成功させる鍵になる特定の人材をいかに確保するか、そういう人材がいる(であろう)場所にいかにアクセスするかが、起業の成否を握っている場合です。
ビジネスを成功させる鍵になる特定の人材を確保するには、その人材の要望をすべて聞き入れてオフィスを構える必要があるでしょう。IT系のエンジニアやコンテンツ制作に関わる職種の方々などは、自らのワークスタイルやライフスタイルにあった場所を選好することも多く、人によっては特定の地方や海外などで居住し働くことを求めることもあるでしょう。
そこで、顧客との関係などから都市部に事業拠点を置くとしても、地方や海外にも仕事の拠点を置き、テレワークを可能とするITなどのシステムを整えるなど、フレキシブルなワークスタイルを実現できるようにマネジメントの仕組みやルールを整備することになります。
起業したばかりの組織にとって、こうした労働環境の整備は手間もコストもかかり大変と思われるかもしれません。しかし、いち早くできれば、実はビジネスを成功させるのに、確実に一歩、近づくことができます。
ビジネスを成功させる鍵になる特定の人材を確保するのは、起業したばかりの組織もそうですが、一般の企業にとっても容易なことではありません。むしろ、大手の企業ほど、社員個々の要望にフレキシブルに応えることは難しいので、希望するように労働環境を整備できれば、それだけで人材を引き抜く武器を手にしたものと考えることもできます。
人材を調達する上で場所が大きな要因となるもうひとつの場合は、一定の人数の人材が必要となるビジネスを起業しようとするケースです。人材の数を確保するには、事業拠点を人材にアクセスできる地域に設けるだけでなく、求める人材が自社を選ぶように条件を満たす工夫が不可欠です。
たとえば、特定の年齢や生活条件を満たす女性を多く採用してビジネスを立ち上げようとするならば、子育てや介護などの施策が充実しているといった定評のある自治体や、実際に子育てや介護を支援する施設が存在する地域にオフィスを置けば、人材を調達するのに資するでしょう。
ただ、それだけでは不十分で、さらに子育てや介護などをしながらでも柔軟に仕事をすることができるような就業管理上の工夫も不可欠でしょう。公的な施設がある上に、労働時間管理の柔軟性やワークシェリングを可能とする仕事のマネジメントなどが求められます。特にシングルマザーやシングルファーザーを戦略的に雇用しようとするのであれば、企業独自の施設やサービスを提供することも必須です。ときには、採用センターのような拠点を設立することも検討すべきかもしれません。
ちなみに、起業当初から一定数の学生を事業戦略上の理由で採用したいのであれば、大学等の施設が集まっているところが望ましいでしょう。学生や大学等の研究機関との連携がビジネス上、重要であれば、当然、こうした地域に拠点を置くことが求められます。
他の企業、特に大手の企業から人材を採ってくる必要があるのであれば、ターゲットとなる企業に近いところかその通勤におけるポイントとなる地点がいいでしょう。勤務する地域や通勤経路が大きく変わらないのは、実は転職する人にとってありがたい要素のひとつです。
また、特定の職種や業界の経験者や出身者を採用したのであれば、その職種や業界が集まっている地域で起業するということも有力な方法です。人材だけでなく、想定している顧客も集まっている可能性もあります。
このほかにも、事業によっては調達すべき経営資源が場所による制約を大きく受けるものもあります。鉱山や石油採掘などはもとより、太陽光発電や風力発電など日照や風といった自然現象を利用するもの、温泉(源泉)・地下水・河川・海水などの水資源を使うもの、森林や木材などの植物資源を活用するものなど、事業の基盤となる経営資源を調達する上で、その経営資源が物理的な立地に制約されるものほど、起業する場所も制約を受けることは間違いありません。
【注1】
エクイティ版のクラウドファンディングの例としては、BrewDog社があります。詳しくは以下の記事を参照してください。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/book/16/092100001/092100002/
作成・編集:経営支援チーム(2016年10月12日更新)