新春CFO座談会(5)~ベンチャーの経営課題~
この座談会では、一部、守秘義務を要する事項に言及しているものもあるため、個人名などを特定されないよう、お話しいただいた方はすべて匿名とさせていただきます。それぞれの方々が所属される企業について語っていらっしゃる内容も、企業名を特定されないように、一部、変更して掲載しています。
ご参加いただいた方々のプロフィールは以下の通りです。
Aさん(男性30歳代):金融関係の会社勤務からベンチャーへ転職。その後、あるスタートアップに創業メンバーとして参画したのち、現在の金融系ベンチャーにCFOとしてヘッドハントされる。
Bさん(女性30歳代):シンクタンク勤務ののち、ITサービスのベンチャーに転身。いくつかのスタートアップを経て、最初に転職したITベンチャーにCFOとして戻る。
Cさん(男性30歳代):友人たちと学生時代にIT関連のベンチャーを立ち上げ。管理や営業など、技術系が多い友人たちをカバーするうちに自らCFOに。
Dさん(男性40歳代):税理士法人を経て、経理事務担当として中小企業で働くうちに、管理部門全般の実務を経験。現在、成長著しい飲食サービス会社で管理部門の責任者に。
Eさん(男性50歳代):商社出身。関連会社や合弁会社の経営に携わった経験をもつベテランのCFO。子会社のITサービス会社のIPOに際して財務経理の責任者として陣頭指揮を執る。その後、別のベンチャーにCFOとして転じ、現在、上場を目指している。
― さて、最後にお話しいただきたいテーマですが、CFOとして、またはファイナンスの視点から見て、ベンチャーの経営課題というと何でしょうか。
Bさん 経営課題というか、日頃感じているのは、起業家がお金のことを相談するうえで適当な人があまりいないのではないか、ということです。
Aさん 確かに、創業当初からCFOがしっかりついていて、お金のことはCFOとしっかり話し合って決めている、そういうケースはそうそう見られないですね。VCを回って資本調達をするといった段階になって、ようやくCFOに相当する人を探したり、創業メンバーの誰かがCFOに転じたり、といったケースが多いでしょう。
Bさん 起業する人にとって、また中小企業のオーナー経営者にとって、金融機関とかVCとかは、必ずしも本当のことを相談できる相手ではないと思うんです。
CFOなら相談できるかといえば、これも実は微妙ですよね。オーナーとCFOとの個人的な関係とか、出資しているかどうかとか、それぞれの事情によって、何をどこまで相談できるか違いますよね。
私のように、創業者のCEOと、もともと個人的な知り合いでもあり、実際に創業期を過ごしたこともあるといったことでもあれば、互いに相談しやすいところもありますが。
Eさん CFOといっても上場会社であれば、それなりに果たすべき責任とかやるべき仕事に一定の枠もありますが、中小企業やベンチャーではそうはいきません。特にオーナー経営者に仕えるとなれば、何でも屋といいますか、CEOがやれといったことは何でも対応しないと話になりません。
そうすると、人によっては、CEOに毎日振り回されるばかりと感じることもあるでしょう。それも、朝令暮改どころか、今言ったことと明らかに矛盾することを、次の瞬間に指示することも日常的でしょう。
Aさん ちなみに、私の前にCFOだった方は過労から心身ともに体調を崩してしまい、退職したそうです。それでCFO探しを急いでいたところ、私のほうに話が来たみたいです。
CFOに限るわけではないと思いますが、ベンチャーでは方針がコロコロ変わるので、それを真に受けるのか、ある程度は受け流すのか、確かに難しいですね。ただ、すべてを真っ正直に受け止めて処理することは不可能です。無理にそうしようとすると、身体や心が壊れてしまいます。
Dさん CFOが体調を崩す話はよく聞きますね。就任して1年くらいが分岐点でしょうか。もともと人がいないベンチャー企業で、CFOが働けなくなってしまうと、本当に戦力ダウンですから。リスクマネジメントにあたるべきCFOが最大のダウンサイドリスクを生み出しては、さすがにマズイです。
― 外部との関係ではいかがですか。
Cさん VCには資金を出資するタイミングとか規模とかが、それぞれのVCの果たすべき役割に応じて決まっていますが、一般の金融機関が融資という形にこだわらずに、ベンチャーや中小企業に資金を投じるスキームがあってもいいとは思います。ただ、それは、VCの種類や数を増やすことが先決のような気がしますし、そもそもVCを運営する人材をそうそう急に増やすことができるとも思えません。
― 皆さんのような方々の中からVCに転じる方はいらっしゃらないのでしょうか。
Bさん そういえば、…、案外、聞かないですねえ。
Aさん VCは、やはり金融機関出身とか、コンサルティング会社や監査法人などから転じる方が多いように思います。事業会社出身ではあっても、金融関係など他の業界を経験してからVCに入ってくる人が大半でしょう。
Cさん 中には官僚出身とか、本当に事業の目利きなんてできるのかと疑問をもたざるを得ない人すら、VCのなかにも確かにいます。
Aさん 一口にVCといってもいろいろです。役所以上に官僚的なVCもあれば、ここはシリコンバレーかと思うほどダイナミックに動いているVCもあります。そういうもののなかから、成功例・失敗例が出てくるにしても、まだまだ絶対数が足りないのではないですか。
Cさん ちなみに、最近の起業家の人たちはかなり計画的というか、私たちの頃のように起業してからファイナンスのことを改めて考えるほうが例外的かもしれません。
事業計画を立てる際にも、資金繰りとかファイナンスのことを最初から具体的に組み込んでいたり、起業前からVCを回っていたりする人もいます。
Bさん いまはシ―ドマネーすら、公庫なども含めれば、けっこう集めることができますからねえ。起業当初はCFOがいなくても、CEOひとりで資金を集めることも難しくはないでしょう。
ただ、スタートアップから一般のVCが出資する段階までのところが、相変わらず、資金調達の面でも事業立ち上げの面でも難しいですね。ファイナンスでいえば、出資するほうも手間はかかりながら結果が出にくいので、なかなか積極的に動きづらいですし、融資といっても金融機関からみればこれといって実績があるわけでもありません。まとまった金額を貸し付けるわけにもいかないですね。
― 昨年、金融庁が「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」を発表しました。ベンチャーの現場で変化はありましたか。
Aさん いきなり変化があったら、それはそれで驚きです。
Cさん 銀行が企業の成長可能性に融資しろというのは、流石に本末転倒といいますか、金融における業態の違いを無視しているようにすら感じられます。成長可能性に資金を供給するのは、正にリスクマネーを供給することに他なりません。
Aさん 金融庁も一般の銀行がVCになることを求めているとは思いません。これまでの融資のありかたが、あまりに安全志向に偏っていたから、少しは成長性も考えて融資するような商品も評価するという姿勢なのではないでしょうか。
Eさん われわれだって、成長可能性を第三者が的確に評価できるのであれば、もう少し楽に資金調達できるかもしれません。「言うは易し、行うは難し」です。
Dさん ここ10年くらいの実感としては、地銀とか信金信組とか、地域に根を下ろした金融機関もベンチャーへのサービスに前向きになってきましたよね。メガバンクだけでなく、金融機関が幅広くベンチャーとの関係を強化していくことには賛成です。
― VCについてはいかがでしょうか。
Aさん VCの活用ということも、相応にこなれてきた感じがします。単に資金を出してもらう存在から、VCのもっているネットワークとか、起業の技術とか、資金以外のものを活用することに意味があると気がついている起業家も多いですね。
なかには、資金は十分に調達しているのに、敢えてVCを回って、そのVCの得意な業界のキープレーヤーを紹介してもらう起業家もいます。
Eさん VCにせよ金融機関にせよ、資金が不足するから調達する、という発想ではなく、「事業を○○までにこの段階まで成長させる」というところから逆算して資金を調達するのが、ベンチャーの世界では普通になりました。
その一方、資金調達ばかりが先行して、肝心の事業のほうがついてこないケースも、けっこうな確率で発生しているように思われます。資金の出し手もその辺の問題を気にし始めているかもしれません。
Cさん 資金に余裕といえば、数年前のことですが、知り合いのベンチャー、といってもその頃は規模的には中堅企業程度になっていましたが、その会社でCFOが持ち逃げ事件を起こしたことがありました。
Dさん ああ、その話、聞いたことがあります。確か、技術系のスタートアップを買収しようとして、現金を用意しておいたところ、それをCFOが持ち逃げしたとか。Cさんのお知り合いでしたか。
Cさん もともと、あの会社のなかで、役員の間でも会社の方針を巡って足並みが乱れていたのは、外部からでもわかりました。資金調達は順調にいっていたらしいのですが、資金の活用が必ずしも効果的ではなかったのかもしれません。そこで、技術を買うのか、自社で開発するのか、当面様子を見るのか、方針が定まらなかったらしい。
まあ、買収といっても金額はたいしたことはなかったようです。だから、現金で処理しようとしていたわけですし。ただ、その現金の存在が悪い方向に働いたんでしょうね、本人は退職金代わりに貰っていいはずと主張していたそうですが。
Bさん CFO個人の問題というよりも、やはりその会社の問題ですか。
Cさん ベンチャーの経営者の中には、テクニックに走るというか経営のノウハウ的なことにばかり目が行って、そもそも事業をどうするのか、その課題から逃げてしまう人がけっこういますよ。さきほどご紹介した持ち逃げの話も、元はといえば、事業運営の方針がはっきりしていなかったことが原因ですから。
― 起業家や経営者が自社のビジネスが直面する課題から目を逸らすなんてことがありますか。
Cさん けっこう、よくありますね。たとえば、資金の問題にしても、事業を立ち上げる際に1年程度さきまでの資金繰り計画くらいは必要ですが、それをあまり考えずに始めてしまうとか、資金不足が発生すれば、借入申込書や事業計画書の書き方ひとつで何とか凌ごうとするとか、資金についての軸がないまま、事業を進める経営者もまだまだ少なくないでしょう。
Eさん 経営者の中には、経営者であることに満足してしまい、そこそこの事業規模になったところで成長が止まってしまう人もいます。いろいろと事業のアイデアは語るのですが、それだけで実行が伴わないとか、今取り組んでいるビジネスを軌道に乗せる努力は避けて、別の新しい製品・サービスに着手したがるとか。
Bさん そういえば、ピッチイベントとか経営者同士のフォーラムとか、そういうところにばかり注力して、肝心の事業についての取り組みが?という人も時々見受けられます。
多くのCFOが思うのは、プレゼンをするなら金融機関やVCを相手にやってほしいし、それも尤もらしい上手なプレゼンではなく、技術的なこと、市場や顧客のこと、本当にビジョンといえるもの、そういうものを語るのがCEOであるはずです。
Aさん そうですね。CFOなら事業をお金の形で語ることはできますが、起業家でない分、技術・市場・顧客といったことは語り切れませんからねえ。
Bさん もちろん、起業家のなかには、手慣れた感じで起業していく人も増えてきました。シリアル・アントレプレナーが増えてきていることもその一因かと思います。一度でも起業経験があれば、起業の手順とかステップみたいなことはわかりますし、どのタイミングでどういうことに手を打っていかなければならないか、身体で覚えている人もいますね。
CFOも同様で、シリアルCFOといいますか、複数のベンチャーでCFOを経験する人も増えてきて、CFOの人材プールも形成されてきています。
Eさん ベンチャーとVCのマッチングはさまざまな仕組みもありますが、今後はCEOとCFOのマッチングの仕組みみたいなものがますます必要になってきている気がします。
― 本日は長い時間にわたり、興味深いお話をいただき、ありがとうございました。ご参加いただいた皆様が、ますますご活躍されますようにお祈り申し上げます。
文章作成・編集:QMS+行政書士井田道子事務所(2017年1月24日更新)