同一労働同一賃金を巡って(4)
次に、同一労働同一賃金がもつ、もうひとつの面である賃金の面から、この課題を検討してみましょう。
賃金に関する課題で最初に想定されるのは、賃金の金額差よりも賃率の問題です。賃金の金額差は、労働時間の違いがあれば異なるのが当然です。同じ人であっても、残業時間が違えば、毎月支給される給与の金額が変動します。
賃率というのは、労働時間1時間当たりに支払われる標準的な賃金単価のことをいいます。同一労働同一賃金であれば、同じ仕事をしている人の賃率は同じであるはずです。
しかし現実には、同じ仕事をして同じ評価が得られたとしても、雇用区分や労働時間管理の違いによって、賃率に合理的とはいえないような違いがある可能性があります。これは、賃金における組織的衡平性の問題として捉えることができます。
時給制の非正規社員であれば、基本的には賃率は時給そのものです。もちろん、残業などがあって割増賃金が支払われるような場合には、基準となる時給に割増賃金を加算した額を、残業時間を含めた実労働時間で除した額が賃率となりますから、基準となる時給よりも若干、高くなることもあるでしょう。
一方、いわゆる正社員は基本給を労働時間で除した額がそのまま賃率となるケースは、あまりありません。というのも、いわゆる正社員の場合、毎月支給されることが確定的な基本給のほかに、固定的に支給される諸手当があったり、残業代のように毎月変動する手当もあったりするため、基本給以外の要素を加算する必要があります。
こうした賃金体系の違いから、いわゆる正社員と非正規社員の賃率を比較するには、ちょっとした計算(注4)を行う必要があります。その結果の一例を以下に示します。
表3 |
|
項目 |
数値 |
基本給(月額・円) |
168,000 |
賃率1(円) |
1,000 |
指数1 |
1.00 |
諸手当(月額・円) |
26,444 |
所定内賃金(月額・円) |
194,444 |
賃率2(円) |
1,157 |
指数2 |
1.16 |
時間外勤務手当(月額・円) |
30,382 |
時間外勤務手当込みの賃金(月額・円) |
224,826 |
賃率3(円) |
1,338 |
指数3 |
1.34 |
賞与等(年額・円) |
735,375 |
現金給与総額(年収・円) |
3,433,292 |
賃率4(円) |
1,703 |
指数4 |
1.70 |
福利厚生費(年額・円) |
512,514 |
福利厚生費と現金給与総額の合算額(年額・円) |
3,945,806 |
賃率5(円) |
1,957 |
指数5 |
1.96 |
この表から明らかなように、いわゆる正社員の賃率をどの段階で非正規社員とのそれと比較するのかによって、結果は大きく異なります。
基本給(168,000円という水準が妥当かどうかといった賃金水準の議論は、外部労働市場との競争条件の問題であるため、ここでは取り扱いません)は非正規社員の時給と同じ水準にセットしたので差はありません。
しかし、一般的平均的な水準で諸手当や時間外勤務手当が支給されているとすると、賃率は明らかに高くなります。さらに賞与などまで賃率に反映させるとなると、70%も高くなります。
直接社員本人に支払われるわけではありませんが、福利厚生費(法定福利費とそのほかの厚生費の合計額)まで賃率に反映させてみると、いわゆる正社員の賃率は非正規社員のそれの2倍に近いもの(指数5は1.96)となります。
言い換えれば、これまで多くの企業で慣行として行われてきたように、非正規社員には基本給(時給)だけを支払って、あとは一切、支給しないというのは、人件費のコントロールの面からは極めて正しいやり方と言えるでしょう。数字でしっかり把握していなくても、経営者の多くが人件費についてもっているであろう感覚とかセンスというものは、まさにこの賃率の違いに根差しているものです。
さらに言えば、住宅に関するプログラム(社宅の貸与や住宅ローンの利子補給など)、財産形成を促進するプログラム、介護や育児などをサポートするプログラム、教育研修や自己啓発に関する支援制度など、さまざまな制度やプログラムがいわゆる正社員には適用されるのに、非正規の社員には適用されないというものが多いでしょう。これらも広い意味では人件費ですから、本来は賃率に反映すべきものですが、そうすると、2倍を超える差があることが推測できます。
表3に示した計算例では、基本給の賃率は正社員も非正社員も同じ(1時間当たり1000円)としました。
現実には、同じ仕事をしていても、基本給の賃率のところから正社員のほうが高いケースもよくあります。生産や営業などの現場の仕事でもそうですし、事務系の仕事や研究開発系の仕事であっても、基本給ベースで賃率を比較してみると、非正規社員のほうが低いのは一般的でしょう。
とすれば、指数4や5の段階では、2を大きく超える指数が現れることになります。2倍を超える差というのは、同じ仕事をしているとすれば、そうそう正当化できる差ではありません。なぜならば、賃率が低いほうの社員2名分の仕事を、同じ労働時間内に賃率が高いほうの社員ができるのか、ということを問われるからです。10%とか20%の違いであれば、できると言えるかもしれませんが、2名分の仕事となると量的に容易ではないでしょう。
また、仮に、違う仕事をしているから賃率が2倍を超えて違うのはかまわない、という場合もあるかもしれません。ただし、違う仕事とはいっても、部下の管理監督といったように、誰の目にも担当している仕事が質的に違うというのであれば、賃率の大きな違いも正当化できそうです。反対に、目立って大きな違いがなく、担当する職務が多少違う程度で、いつでも互いに入れ替わって担当することができる程度であれば、賃率の差が2倍以上というのは正当化できないでしょう。
こうした試算は、それぞれの企業によって人事制度が異なりますから、もっと大きな賃率格差が存在する会社もあれば、ほとんどない企業もあるでしょう。同一労働同一賃金を賃金の面から考えるには、まず、自社の賃率格差がどの程度であるか、こうした試算をしてみて、現状がどうなっているのか、数値で見てみることから始めることをお勧めします。
【注4】
表3は、時給1000円を標準的な賃率として、同じ賃率となる基本給を支給される、いわゆる正社員について試算してみたものです。
基本給は、1000円に、1日の所定労働時間(ここでは仮に8時間とします)と1ヶ月の所定労働日数(ここでは仮に21日とします)を乗じて得られた金額としています。したがって、賃率1(基本給における賃率)は1000円となり、指数(非正規社員の賃率を1として正社員の賃率を比で表わしたもの)1は1.00となります。
諸手当については、厚生労働省「就業条件総合調査」の平成27年版の第17表により、所定内賃金に占める固定的な手当の占める割合の平均と基本給の占める割合の平均から、168,000円の基本給月額に対する諸手当額を算出しています。
時間外勤務手当については、月に21時間(1日平均1時間)の残業があるものとし、割増率は25%として算出しました。
賞与については、厚生労働省「毎月勤労統計調査」の「平成28年9月分結果速報等」における平成28年夏季賞与、および「平成28年2月分結果速報等」における平成27年冬季賞与を、それぞれ全産業規模計の平均値をとり、その合算額を年間賞与としました。基本給に対しての支給月数としてみると約4.38ヶ月分に相当します。
福利厚生費は、財務省「法人企業統計年報(平成26年度版)」の「付加価値の配分の状況」中の人件費の内訳より、従業員給与と従業員賞与の合計額と福利厚生費の比率に基づいて算出しています。
作成・編集:人事戦略チーム(2017年2月20日)