ホワイトベンチャー、ブラックベンチャー(1)
昨日、厚生労働省労働基準監督局が「労働関係法令違反に係る公表事案」という資料を発表しました(注1)。これは、過去1年間に各都道府県の労働局が公表した労働関係法令(労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法など)に違反して送検された企業等の事案について、とりまとめて公表したものです。
多くの企業にとって本来、関係のない資料のはずですが、なかには上場会社や地場の有力企業、企業以外の法人なども資料中に社名があります。改めてこのリストを見てみると、意外に身近なところでこうした違反が起きていることに気づかされるかもしれません。
この資料が公表されたことで気になったのは、実は最近もあるベンチャー企業の経営者や起業志望の方々が集まる会合のなかで、次のような話を聞くことがあったからです。
「X社の社長からきいたんだけど、あそこは昼休みが2時間もあるそうだよ。」
「昼休みが2時間ですか?なんのためですか?もしかすると1時間ずつ交替で昼休みをとるんですか。」
「いやいや。どうも、形だけ2時間の休憩ということにして、その間、実際は昼飯を食べながら、ほとんど働いているみたいだよ。」
「それって、本当はダメですよねえ。」
「そう? うまいやりかた、するもんだよねえ。表向きは7時間が所定労働時間らしいけど、残業代なしで毎日、2時間余計に働いてくれるんだから。」
そこに別の経営者が会話に加わりました。
「そういえば、Y社は固定残業代として毎日2時間相当を支給するっていう条件で人材募集してますけど、同じようなやりかたでしょうか?」
「いや、あそこは固定残業代込みで求人募集をしているんだけど、あの社長は話がうまいから、基本給とは別に手当として支払われると思って入社する人が多いみたいだ。実際は、基本給に固定残業代が含まれているんだけどね。だまされたって言って、うちに転職してきた人がそう言ってたよ。」
「だまされたって、人聞きの悪いことをよく言いますね。ちゃんと確認しないで雇用契約書に判を押すほうが悪いじゃないのかなあ。」
そこに起業を予定している人が入ってきました。
「Z社は住宅関連の福利厚生が手厚いって聞いたんですけど、スタートアップには無理ですよねえ。」
「普通に福利厚生っていっても、そうそう対応できないけどねえ。下手すれば、社会保険料だって会社負担はしたくないのが本音だからね。」
「そういえば、確か、Z社はオフィスと社宅を同じビル内にしたそうですよ。」
「同じビル?」
「あのビルは住居用では借りることができないはずでは?」
「形の上では、すべて事務所扱いですけど、4階は本当に事務所、5階は社員に使わせているみたいですね。」
「ええ。そうすれば、通勤手当も出さなくて済むし、採用の時には『社宅制度あり』って堂々と言えますし、考えようによっては、究極の職住接近ですからね。」
「Z社の社長、はっきり言ってましたよ。うちは在宅勤務もありだって。」
「在宅って、ひとつ上の階ですし、何かあれば社長や他の社員が押し掛けて来ちゃいますからね。仕事に集中というか、ビルから出られませんよ。」
「在宅どころか、会社に住んでいるようなものですよねえ。仕事とプライベートの区分なんてないも同然でしょう。」
「うちは、現代の蟹工船だって、Z社の社長が自慢してましたよ。」
このように、経営者同士が「うちはこうやっている」「これが成功の鍵」みたいな話をして、労働関連の法令などを遵守しないのが当然という空気に経験の浅い経営者や起業志望の方々が支配されると、労働法令を知らないことも問題ではありますが、それ以上にハイリスクな経営スタイルをいつの間にか身につけてしまうことが十分に起こりえます。
まして、ベンチャー関連の狭い世界の中だけで物事を判断してしまうと、社会全体からは摘発の対象となったり、存在価値のないものという烙印を押されてしまったりすることもあります。
もちろん、一口にベンチャーと言っても、すべての企業がこうしたことを行っているわけではありません。それに、ベンチャーだけがこうしたことを行っているわけでもないことは、多くの方々が体験談や報道などで耳にされていることでしょう。
今回は、こうしたブラックなベンチャー企業のエピソードを紹介しながら、そうした企業が出てくる理由や背景を考えていきたいと思います。また、真っ当なベンチャー企業(これをホワイトベンチャーと呼びましょう)はそうでないものとどう違うのか、その辺りも探っていきたいと思います。
【注1】
詳しくは、以下のサイトを参照してください。
http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/dl/170510-01.pdf
作成・編集:経営支援チーム(2017年5月11日更新)