ブラックベンチャー、ホワイトベンチャー(5)

ホワイトベンチャー、ブラックベンチャー(5

 

4)より続く

 

 ある程度以上の規模を有する企業であれば、人事や組織運営の制度的な面だけでなく、現実の運用や職場の実情をきめ細かくリアルタイムで把握する方法もあります。

 たとえば、日常的にアンケート調査やオピニオンサーベイなどを実施して、組織風土を含めた職場の実情を定点観測するといった方法(注3)もあれば、IoTのツールを社員ひとりひとりに実装して、今どういう状態にあるのかICTシステムを通じて把握するという方法(注4)もあります。

 さすがに、ベンチャーや中小企業ではこうしたシステムを実装するのは、コスト上も技術上も難しいでしょう。そこで、実務経験上得てきたブラックベンチャーがもつ次のような特徴をご紹介することで、自社の状況を確認する参考にしていただければと思います。

 

第一は、事業そのものがちゃんと成長しているのか、少なくとも、成長していく目途がついているのかという点です。

ベンチャーといっても、創業から3年程度経って、これといったビジネスが確立できていないようでは、ただの中小企業にもなっていません。こういうケースの大半は、個人事務所と何ら違いがありません。

ホワイトベンチャーはビジネスモデルを見直すことはあっても、事業の軸(顧客、強みとなるはずのコアスキル、などなど)はぶれないので、成長のスピードやタイミングには速い遅いはあっても、しっかりと成長する目途は見えています。

一方、ブラックベンチャーは事業の軸がぶれてしまうことが、実によくあります。いくらリーンスタートアップやピボットがベンチャー経営に有効とはいえ、事業をたびたび根本から見直さなければならないのでは、社員も顧客も堪りません。事業を見直す際に、経営者が交代すればいいのかもしれませんが、交代するよりもそのまま居座って、事業の変更を妙に正当化しようとするケースを目にすることが少なくありません。

また、事業運営を迅速に行うことは大事でしょうが、ただ迅速に(「慌てて」というほうが適切なことが実に多いのが実態ですが)動けばよいと誤解しているのか、事業の見直しが経営者の仕事と勘違いしているのか不明ですが、創業者がただただ何か動いているだけというも困りものです。

結局、事業の成長が見込めず、経営者の言うこともコロコロと変わる状況では、社員は仕事を自分でコントロールできる要素がありません。どこに向かっているのか、いま何をしているのか、分からない状況で命令や指示だけが飛んでくるのでは、正にブラック企業のひとつの典型的なパターンに陥っていると言わざるを得ません。

 

 第二は、職場の健全性についてです。健全性というのは、おかしいことはおかしいと正面からはっきり言えることに他なりません。これが失われていると、たとえば、職場の中で笑いに変質が生じます。

 もしかすると笑いが全くない職場が最もブラック度が高いと思われるかもしれませんが、笑いがないのは機械的に仕事をするだけの職場ですから、ホワイトとは言えないにしても、ブラックというほどではないでしょう。少なくとも、労働条件が妥当なものであれば、ちゃんと仕事をしてその対価が正当に支払われるのは、真っ当な会社です。

 ところが、笑いと言っても冷笑や嘲笑しか見られない職場になると、もう手の施しようがありません。

 こういう職場は、いわば、人の下に人を作ったり、敵・味方を峻別したりすることで職場内の秩序を作り上げていることが実に多いのです。それも、直接、不平不満やクレームをぶつけ合うのではなく、裏で足を引っ張り合ったり、陰で悪口を言い合ったりして、社員のもつエネルギーがマイナスの方向にばかり費消されるのです。

 こうした職場には、新たに採用された人が何か失敗をしたり分からないことがあったりしても、それを微笑ましいこととして経営者が受け止めることはありません。笑って許すにしても、その笑いが引き攣ったものばかり、というのがこうした職場の特徴でしょう。

また、真剣な議論が一転して爆笑になるといったこともみられません。仮に、職場にいる犬や猫などを連れてくることが奨励されて、和みのある職場を目指したとしても、動物への対応を通じて却って陰口がひどくなるでしょう。

 職場において、自然に感情を表現することができるかどうかは、ブラックかどうかを見極める上で重要なポイントと言えます。

 

 第三は、一般によく言われる表現をすれば、ダイバーシティ&インクルージョンが実現されているか、少なくとも実現しようとする方向で事業を運営しようとしているか、という点です。

要は、ものの考え方、物事に対する感じ方、価値判断の基準といったものが、どの程度、多様になっているのか、そして、自分とは違う考え方・感じ方・判断基準をもつ人々とどの程度、共存できるのかが問われます。実際には、共存どころか、現実にいっしょに仕事をして結果を出すことができているのかが問われることになります。

性別や人種などの面ではダイバーシティの程度が低いとしても、敢えて多種多様な人材を取り込む意図があるかどうかだけも、ブラック化を防止する可能性は高まります。

同じように採用をしようとするにしても、さまざまな人を中途で採用しようとしたり、バックグラウンドの違う人々を意識的に採ろうとしたりして、そのほうが面白いという感覚を経営者がもてるようになれば、既にホワイトベンチャーと言えるかもしれません。

ダイバーシティとは、自動的に「悪魔の代弁者」や「レッドチーム」をもつことに他なりません。言い換えれば、多様な価値観をもつ人々で組織が構成させると、半ば自動的にチェック機構が備わってくるのではないでしょうか。

もちろん、さまざまな人々を採用しようとするだけでなく、その人材が社員として定着し活躍すること、すなわちインクルージョンも実現しなければ多様な人々を採用した意味がありません。

とはいえ、採用した人々が全員、長期にわたり定着し続けるというのも、特にベンチャーでは考えづらいものでしょう。事業運営上の都合もあれば、社員となった人たちの個人的な都合もあります。

そこで、ベンチャーは比較的短期間に人材が入れ替わることを前提とせざるを得ないため、仕事をする仕組みを意識的に作っていかないと事業がうまく成長しません。いやでも仕組み化に取り組まざるを得ないのです。

このように、組織的に仕事をする仕組みを作っていくことになります。そして、仕事を一定のルールや手順に則って進める組織を体系的に作っていくことになります。

もし、それができなければ、ある程度までは個人の頑張りや能力に依存して、その場しのぎで対応していくことができたとしても、そうそう続きませんから、いずれかのタイミングでその会社は淘汰されるでしょう。

結論として、ダイバーシティ&インクルージョンは、放っておけば、単一のカルチャーに走りがちなベンチャーにとって、ブラック化しないための仕掛けとしても必要です。そして、仕事の仕組み作りとともにブラック化を阻止するのに不可欠な仕掛けともなるでしょう。

 

 以上、ブラックベンチャーに陥らず、できるならホワイトベンチャーとなる上での基本的なポイントを3項目、挙げました。ただ、そもそもということで、ベンチャーの悩みは人材を確保できないことという声もあるかもしれません。

 こうした声は、いっしょに事業を立ち上げていこうとする人材を求めているのであれば、必要な資金の手当てを事前にしておくとか、起業の準備段階から欲しい人材に幅広く声をかけておくなど、取るべき措置を取っていれば、出てこないものです。もしかすると、真っ当な人材マネジメント(その最初の一歩がともに事業を立ち上げる人材を探し求めて採用することでしょう)について、あまり念頭にないまま、事業を立ち上げてしまったことが、人材を確保できない原因かもしれません。

 そこで、当面の人手ほしさに採用すると、まともな人が採用できないでしょう。無理を承知で採用しても、すぐに辞めてしまうか、辞めさせるほうがいいような状況になってしまうか、するのがオチです。これでは、いつになってもまともな人材を確保できない状況が続きます。

 こうしたイタチゴッコから脱却できないと、ブラックベンチャーとなる日は間近と思われます。

ここは一度立ち止まって、事業や資金、人材について、ゼロから考え直すことが、人材を調達したりブラックベンチャーに陥らないようにしたりするためには不可欠です。

 

【注3

サーバーエージェントが社内で実施・蓄積してきた社員のコンディション(心理的な面も含めて)について調査・分析・課題特定などを行うシステムを、リクルートとの合弁会社を通じて一般企業用に開発し事業化するそうです。

https://www.cyberagent.co.jp/newsinfo/press/detail/id=13775

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170605-00000042-zdn_n-sci

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170605-00000058-zdn_mkt-bus_all

 

【注4

日立製作所はウェアラブルセンサーとAIを活用して、社員のハピネス度を測定し、職場の幸福度を向上させることで組織の生産性を向上させるそうです。詳しくは、同社のHPある当該サイトおよび関連記事等を参照してください。

http://www.hitachi.co.jp/rd/portal/contents/research16/ifsc01/

 

作成・編集:経営支援チーム(2017620日更新)