(2)自主経営(セルフ・マネジメント)
自主経営(セルフ・マネジメント)・全体性(ホールネス)・存在目的(エボルーショナリー・パーポス)という3種類の突破口(ブレイクスルー)から進化(ティール)型組織を描いている本書のなかで、まずは自主経営(セルフ・マネジメント)について紹介してみます。
組織といえば、それが営利企業であっても非営利団体であっても、何らかの形で組織図を描くことができるでしょう。通常、組織といえば、いわゆるピラミッド型で上下に指揮命令系統があります。
基本的には、その指揮命令系統にしたがって情報が上下に流れます。組織図や職務権限規程やジョブディスクリプション(職務記述書)などで事前に定められた固定的な仕事(果たすべき役割・職務内容)を割り当てられた個々の従業員が、事前に定められたルールや手順にしたがって仕事としてこなしていくイメージが一般的でしょう。
進化(ティール)型組織では、多くの場合、フラットで柔軟な組織形態をとります。固定的な役割や上長による指揮命令ではなく、助言や調整のプロセスに従って、それぞれの社員が自ら意思決定をしながら仕事をしていきます。その前提として、徹底した情報共有が行われることになります。フラットといっても、単に権限を委譲する(注2)というのではなく、現実に中間の組織階層をなくし、スタッフ部門を極小化すことで、権限は自動的に第一線の社員がもつ形態となります。
自主経営(セルフ・マネジメント)というのは、一言でいえば、上司なし、部下なし、スタッフ部門なし、ということです。言い換えれば、現場の社員が自らリーダーシップをもって経費や投資を決めて実行することに、ほかなりません。
こうしたことが可能となる前提として、指示命令やルールなどによる強制に基づく仕事の進め方が不要であると全員が納得するだけの相互の信頼感が必要となります。また、当事者同士の話し合いで問題を解決する仕組み(モーニング・スターの例など)など、相互の信頼感を損なわないオープンなコミュニケーションの慣習も見逃せません。
これは、組織といっても伝統的な企業組織というよりも、コミュニティと思えば理解しやすいかもしれません。
数十年前であれば、日本企業の多くはその組織の実態が共同体(コミュニティ)としての要素を強くもったまま運営されていたようです。いわゆる日本的経営の3要素である終身雇用・年功賃金・企業内組合というのも、企業が単なるビジネス・マシンではなく、人間が存在するコミュニティとして機能していることを前提としているはずでした。いまでは喪失されたアフター5での飲み会を通じてのインフォーマル・コミュニケーションも、情報流通という点ではコミュニティを維持するのに不可欠な慣習だったのでしょう。
ここで、本書以外の2社の実例を比較しながら紹介します。
ひとつは、情報サービス・コンサルティング・教育研修などのビジネスを行っているA社です。この会社では、CEO自身も含めて、プロジェクトごとに果たすべき役割が変わり、ある時はプロジェクトリーダーとして顧客マネジメント・メンバーのマネジメント・成果物の品質管理・プロジェクトの収益管理などを行うこともあれば、1メンバーとして担当する仕事を処理するだけということもあります。個人個人の目標はありますが、能力開発や研究開発などの目標が中心で、収益目標は会社全体およびサービスライン(事業部に相当します)についてだけでした。
もうひとつはA社の同業他社のB社です。こちらは、ひとりひとりのスタッフが営業(顧客開拓)から回収までプロジェクトの全てを担当する体制でした。収益目標を一人ひとりがもち、その達成に責任を負うわけですから、当然、報酬も個人別の収益目標達成度に応じて決まります。その結果、より大きな目標をより高く達成した人が昇進・昇給も早く大きくなります。
ただ、これでは、組織としての知見やノウハウの共有(注3)、同一顧客へのクロスセリング(異なるサービスラインを売り込むこと)やアカウントマネジメントの強化、新たなサービスラインの開発などは難しいでしょう。しかし、収益へのこだわりとか短期的な業績向上などは確実に実現していましたし、サービスを開発したり新たな知見を導入したりするのは、他社からヘッドハンティングを行えば十分可能です。B社はそのように運営されていたわけです。
この2社の違いがもっとも大きく出たのは、危機対応であったかもしれません。
A社では、ある時、さる顧客企業の資金繰りが悪化したとの第一報が担当者から入りました。CEOはその場にいたスタッフ全員を集めて状況を具体的に説明したうえで、経営危機ということを社外には決して漏らさないように指示する前に、一般の社員から社外秘扱いという声が上がりました。このように、単に指示命令するのではなく、いま何が起こっており、次に何が起きると予想されるのかといった背景情報までも全体で共有しているからこそ、経営トップが指示する前に正しい方針が決まる例が多くありました。
B社では、ある時、さる顧客企業から重大なクレームが入りました。この顧客はグローバルに大きなプロジェクトを展開している先だったため、日本法人だけの問題ではなく、欧米やアジアでもクレームとなりました。結局、担当者が退職し、この一件の責任はすべてその人の個人的な問題として処理されたため、経営陣は事情を知っていても、多くの社員は何が起こっているのかわからないままでした。後に聞いたところでは、個人の問題どころか、各国のオフィスが連動して取り組むべきプロジェクトについてアジア地域では事前に知らされていなかったため、プロジェクトのスタートが遅れ、納期に間に合わなくなったそうです。そして、数年後に同様のケースが再度、発生してしまい、また別の担当者が退職していったそうです。
このように、進化(ティール)型組織の特徴である自主経営(セルフ・マネジメント)の要素をもっているA社と、形の上では地域とサービスラインのマトリクス組織となっているB社(達成型(オレンジ)組織と思われます)では、同じ業界業種とはいえ、組織運営も人事処遇も大きく異なっています。
会社の業績や従業員の報酬水準については、概ねB社のほうが高くて処遇は良かったかもしれません。一定期間は、確かにそうでした。にもかかわらず、A社からB社へと転職する人はあまりいませんでした。反対に、B社からA社へと転職する人は相応にいました。
こうした転職の動機が進化(ティール)型組織や自主経営(セルフ・マネジメント)にあると主張する気はまったくありません。むしろ、そこにいる社員個々のキャラクターや人脈といった要素が強く影響していたように思います。
もちろん、個人の能力や実績をアピールして、より高く評価して欲しい人や昇進することによって新たな肩書が欲しい人にとっては、B社は魅力的な職場と言えるでしょう。何しろ、A社には果たすべき役割はあっても、名刺上の肩書きは代表者や取締役くらいしかありません。
重要なことは、全員を平等にすることではない。従業員それぞれが自分の領域の中で最も力強く、最も健康になることを認めることだ。支配者の君臨する階層的組織はもはや存在しない。だからこそ、人々の間に自発的にできあがり、進化し、互いに重なり合う(たとえば、成長、スキル、才能、専門知識、認知度などの)階層が多数できても不思議ではない。(本書「ティール組織~マネジメントの常識を覆す次世代型組織」229ページより)
中期的に見れば、進化(ティール)型組織の要素をもっていたA社から、さまざまな人材が出現し、自社だけでなく他社でも活躍するようになっていった事実とも、こうした表現は符号するように思われます。
【注2】
権限を委譲する組織は、本書によれば多元型(グリーン)組織になります。委譲ということは、本来の権限は上位者(究極にはトップマネジメント)にあることになり、進化(ティール)型組織のように権限がそれぞれの社員にあるというものとは異なります。
【注3】
自分の成功パターンや新たに獲得した知見やノウハウを、わざわざ他人に教えて社内ライバルを自ら作る人はいないでしょう。
文章作成:QMS代表 井田修(2018年5月30日更新)