新卒一括採用を再考する(2)誰にとってメリットがあったのか?
先週行われた会長・副会長会議において、経団連は正式に2021年度以降に入社する新規学卒者を対象とする「採用選考に関する指針」を廃止することを決定しました(注3)。
この決定を受けて、企業も学生(大学当局)も政府なども新たな対応が求められます。すでに経団連に加盟している企業のなかからも、新卒一括採用そのものを廃止する動きも明らかになっています(注4)。
こうした状況の中、就職活動が早期化することや過激化することを危惧したり、学生が学業に充てる時間やエネルギーが減少してしまうのではないかと懸念したりする声が多く見られるように感じられます。ただ、こうした危惧や懸念は、新卒一括採用を就職の一点だけの問題と狭く捉えすぎているように思われます。
とはいえ、新規学卒者の就職活動という点に絞ってみても、新卒一括採用という慣行を大きく見直すべき時期に来ていたのでしょう。
そもそも、企業にとってメリットがなければ新卒一括採用をいう雇用慣行は続いてこなかったはずです。特に経団連に加盟するような大手企業にとっては相当なメリットがあったはずです。そして、いまはそうしたメリットが失われつつあるから、今回のように廃止するという話が出てくるわけです。
では、そのメリットとは何でしょうか。
それは、新規学卒者の就職マーケットにおいて採用側がカルテルに近似したもの(昔でいえば「就職協定」、近年は「採用選考に関する指針」)を設けることで、過度な人材獲得競争を防止することに他なりません。
そして、過度な競争を防止することは、人材を獲得するのに要するコストが(企業にとって)適正な水準に落ち着き、安定して企業が成長していき基盤を確保することを意味します。
言い換えれば、大手企業同士の間では、就職マーケットにおいてカルテル的なものが機能している限り、抜け駆けで優秀な人材を獲得することはできなくても、一定水準以上の人材を採用することは可能でした。その結果、大手企業は大手企業であり続ける可能性も高まります。少なくとも、中小企業には、優秀な人材と一般的に思われる学生が就職を希望してくる可能性は、なかなか高まることがありません。
就職を希望する学生にとっても、ゼロから圧倒的に数多くの中小企業のなかから就職したいと思える企業を見つけ出そうとするよりも、少数の大手企業のなかかから就職先を探し出す方が効率的でありますし、大手企業と中小企業の処遇水準の歴然たる格差が存在してきた以上、大手企業に就職したいと思うのが当然かもしれません。
大学当局にとっては、学生の就職先が大学の評価基準のひとつどころか、入試偏差値と並ぶ最大の基準ともなっています。実際、自分の子供をどの大学に進学させるのがよいかとなると、両親などのスポンサーが納得するのは入試偏差値と先輩の就職先リストに載った企業名というが現実です。大学当局にとっても、カルテル的なものが機能しているほうが学生の就職先をある程度までは読めるので、就職指導を行いやすいというメリットもあります。
このように、企業にとっても学生・大学にとっても新卒一括採用のもつメリットが享受できる情況が続いていたからこそ、紆余曲折はあっても、今日まで「一種のカルテルがついた形での新卒一括採用」が継続してきたのです。
もっとも、入試における予備校や家庭教師などの学習支援サービスと同様に、就職においても、新たな情報サービスを提供したり就職活動を支援したりするサービスが産業として確立してきたことも事実です。こうした企業こそが、最も多くメリットを享受してきたと言えるのかもしれません。
【注3】
経団連の中西会長の発言要旨のなかで公表されています。
http://www.keidanren.or.jp/speech/kaiken/2018/1009.html
【注4】
一例として、株式会社ユーグレナがあります。今月11日付の同社のプレスリリースにて、新卒一括採用の廃止と新卒および第二新卒の通年採用の実施が表明されています。
https://www.euglena.jp/news/20181011-2/
作成・編集:人事戦略チーム(2018年10月15日)