「働き方改革」の実際(1)
今年の4月より「働き方改革」(注1)が正式に法律として運用されるようになりました。実質的に令和が「働き方改革」を実現する時代となります。
公的な支援策としては、既にさまざまな補助金・助成金のプログラムがあります。たとえば、長時間労働を削減して残業時間を減らすとか、有給休暇の取得率を上げるといったもの、テレワークや女性活用を進めるといったもの、障害者や高齢者の雇用を促進するものなどがあるようです。
ちなみに、「働き方改革」をテーマとしてセミナーを見てみると、組織や人事のコンサルティングの宣伝が目的であったり、オフィスのハードウエア・ソフトウエア両面におけるプレゼンテーションであったり、ITのプロダクトの紹介に過ぎなかったり、人事労務業務のクラウドサービスのセールスプロモーションであったりします。
いずれも「働き方改革」には違いはありませんが、それだけで「働き方改革」が実現できて、社員も企業も、そして顧客も社会全体も、その改革からメリットを享受できるのか、と問われれば、大いに疑問視せざるを得ません。
そこで、このコラムでは「働き方改革」をより広く捉え、何らかの経営課題を解決する上で、その企業における個々の社員の働き方を大きく変更(改革)する必要があるプロジェクトやプログラムおよびその成果を活用する一連の企業活動と考えたいと思います。
さて、一般に、経営上何らかの問題が生じ、それを解決するプロセスは次のような6段階に定式化されます。「働き方改革」も経営課題を解決するものである以上、その例外ではありえません。
1.問題となる事実を認識する(問題認識)
2.事実から解決すべき課題を抽出する(課題抽出)
3.課題を解決する代替案を考え出す(解決案立案)
4.課題解決案を実行する(解決案実施)
5.結果を測定し必要な措置をとる(結果測定)
6.課題解決案を体系化しさらに活用する(経営ノウハウ化)
これらのステップについて、詳細は次回以降に述べるとして、ここでは要点のみを説明します。
1.問題となる事実を認識する(問題認識)
働き方改革にせよ、別のテーマにせよ、現状を変えて何かに取り組もうとするには、まず、今何か目に付く問題があるはずです。その問題が今ここにある事実として認識されなければ、問題も課題もありません。
たとえば、現に残業時間がひどく長くて多くの社員が疲弊しているとしても、テレワークだから会社としては時間管理をしていないとか、オフィス内では終業時刻が機械的に定められているので、自宅やネットカフェで深夜まで仕事をするといった事例などは、よく見聞するものです。
また、問題を主張する社員がいても、客観的なデータの不備とか内部通報制度への信頼性の低さなどから、問題が事実として経営陣には意識されず、そのまま放置されるといったことも、往々にしてよく見られます。
このように、働き方改革の場合、そもそも問題が問題として目に見えていない(あえて見ようとしない)組織が実によくあります。こうした組織では、不祥事や極端な業績不振などといった形で、一気に問題が噴き出すケースもままあります。
2.事実から解決すべき課題を抽出する(課題抽出)
問題と呼ぶべき事象がさまざまにあったとして、それらをモグラ叩きの要領で発生するたびに個別に対処していたのでは、何も解決には至りません。
残業が多いからといって、残業時間の上限を下げて厳しく規制すれば、仕事の持ち帰りが増えるか、単純に未処理の仕事が山積みになるかでしょう。同様に、セクハラやパワハラがあったから、セクハラやパワハラを防止する研修をやればいい、というほど、どんな問題も単純に解決できるものではありません。
問題から解決するためのツールに一足飛びに進めてはダメです。〇〇という問題がある、××という問題もある、△△という問題もある、という状況の中で、問題相互の関係、問題を生じさせている原因、問題の背景にある要因などを構造的に把握したうえで、解決すべき課題を抽出することが必要となります。
3.課題を解決する代替案を考え出す(解決案立案)
課題が明確になれば、それを解決するプログラムやシステム(ルールや手順)などを立案することになります。ここで初めて、具体的なツールを検討します。
注意したいのは、どのようなツールにせよ、そのツールが効果的に活用できるための前提条件があるということです。課題解決に何かツールを導入するとして、自社がその前提条件を満たしているのか、満たしていないとすればどこから環境整備を進めればよいのか、順番に検討していくことになります。検討に当たっては、予算や人員などの制約条件も忘れてはなりません。
職場内コミュニケーションを活性化させるツール(ITやオフィスレイアウトなど)を導入して、効率よく仕事をして定時退社の実現(残業時間の削減)を目指すとしても、ツール以前の問題(人材の入れ替わりが激しいとか、職場内で社員相互に信頼関係が希薄であるとか)が未解決であれば、問題は解決しないでしょう。それどころか、「また会社はよけいな仕事を増やした」と毒づく社員も出てくるでしょう。
ツールを選ぶにしても、それが受け入れられて活用されるかどうか、絶えず複数の候補(代替案)を用意しておきたいものです。
4.課題解決案を実行する(解決案実施)
課題解決に向けていくつかの代替案を検討するとなれば、具体的なツールを導入して試験的に運用してみることになります。そこから、実際に運用する上で解消すべき事項を洗い出し、導入のリーダーやサポーターとなる人々の関与を強めたりしていきます。この段階は理想的には、より多くの社員を巻き込みながら課題解決へのコミットメントを実感してもらいたいものです。
そして、全社または対象部門に解決策を全面的に実施してもらうことになります。その際に、働き方改革ならではのポイントとして、経営者から第一線の社員まで、ときには外部の協力業者や顧客などまで、新しい働き方を習慣化していくことが望まれます。
5.結果を測定し必要な措置をとる(結果測定)
新しい働き方につながるツールなどを導入して一定期間が過ぎたら、その結果を測定し、想定した効果が実際に出ているのかを確認します。もちろん、結果が出ていなければ、その原因を特定して改善策をとるか、導入したツールを一度廃止して、別のツールを導入するか、まったく別のアプローチで新たな解決策を導入するということになります。
働き方改革で結果が出るということは、一般的には労働生産性が向上したことになります。労働生産性の向上は、通常は業績の向上につながるものですから、業績向上への寄与分の一定割合は、結果を出した人が報奨されるべきものです。
つまり、賞与・昇給・昇進などの処遇上の褒賞が何らかの形で行われるはずです。残業時間が削減されて、残業代が削減できたのなら、その分、経費が削減されて業績は向上したはずですし、業績向上が果たせなかったのならば、経営者の能力こそが問題視されるべきでしょう。
働き方改革の実際では、結果を測定しその結果に応じて適切に処遇するという、このポイントが実行されないことがしばしば見られます。
6.課題解決案を体系化しさらに活用する(経営ノウハウ化)
働き方改革が当初想定した結果を生み出すことができれば、セミナーなどを通じて働き方改革の経験を他社とも共有できたり、具体的なツールを開発したり、働き方改革の方法論を体系化したりするなどして、自社の経営ノウハウの一部として活用します。
特に、働き方改革に関する課題解決をビジネスとしている企業や業種、たとえば、コンサルティングファーム、ヘルスマネジメントサービス、IT関連サービス、オフィス(ファシリティ)マネジメントサービス、人材サービスなどは、自社を働き方改革の先進事例として紹介できないはずがありません。また、従来のマネジメント慣行がないベンチャービジネスほど、より柔軟で労働生産性向上を重視したマネジメントをすぐに実施に移せるはずです。
次回より、個々の企業における「働き方改革」をめぐるプロジェクトの実態を通じて「働き方改革」の実際をご紹介していきます。
【注1】
厚生労働省の「働き方改革」に関するパンフレットは以下のサイトにあります。
https://www.mhlw.go.jp/content/000474499.pdf
作成・編集:経営支援チーム(2019年5月23日)