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「働き方改革」の実際(3)

「働き方改革」の実際(3)

 

 ある程度、問題となる事実が認識できたとして、次に取り組まなければならないのは、さまざまな問題を整理して解決すべき課題を抽出・特定することです。これは「働き方改革」をめぐるプロジェクトでも同様です。

 

1.問題となる事実を認識する(問題認識)

2.    事実から解決すべき課題を抽出する(課題抽出)

3.課題を解決する代替案を考え出す(解決案立案)

4.課題解決案を実行する(解決案実施)

5.結果を測定し必要な措置をとる(結果測定)

6.課題解決案を体系化しさらに活用する(経営ノウハウ化)

 

 たとえば、「残業時間が長い」という問題事象ひとつをとってみても、それが何に起因して生じている問題なのか、容易に明らかになっているわけではありません。

「残業時間が長い」から「残業を禁止する」とか「1日3時間の上限時間までしか認めない」といった反射的な対応ばかりをしていると、闇残業が増えて社員が疲弊するとか、残業代をまともに支払おうとしないブラック企業として法的にも社会的にも制裁を受けるとかいうことになりがちです。そうならないためにも、「残業時間が長い」という問題事象を整理することが必要となります。

まずは、「残業時間が長い」という定性的な問題把握から、誰が(どの部署が、どの職種や階層の社員が)、いつ(曜日や季節などの変動要因はあるか)、どのような仕事で(どのような職務内容か、事務作業なのか、打ち合わせや会議なのか)、何時間残業しているのか(形式的に把握できる時間数とともに、実際にかかっている時間数は)、定量的に把握します。

 こうした分析を進めた結果、ある会社では、残業が多いのは企画部門で特に金曜日の残業と土日の休日出勤(一部は闇残業でした)が突出していたことがわかりました。その理由を聞くと、月曜日の午前中に行われる定例役員会用の資料を作成する企画部門の管理職が金曜の夕方に担当役員に説明にあがり、そこで質問や手直しの指示が出て、日曜日中に修正や追加作成を行うことが常態化していたことが判明しました。

 担当役員は自分のちょっとした疑問を尋ねたり、グラフの形式にちょっとした注文を出す程度だったのですが、管理職のところですべて受けて役員の意向通りに資料を変更していたことから、異常な時間数に及ぶ残業実態が出現していました。

こうした場合、課題は役員と管理職のコミュニケーションと言いたいところですが、その背景にあるものを解消していかないと、なかなかコミュニケーションは改善しません。

それは、下が上を黙って立てる企業文化そのものです。このケースでも、役員や管理職は新卒採用されて長期勤続の結果として、上位者の意向に黙って従う人が昇進してきたのでした。

このように、表面的なコミュニケーション研修や残業規制では問題は解決せず、こうした人事の価値基準やそれに支配されている企業文化を変えていくことが肝要と課題認識できるかどうかが問われます。伝統的な大企業はもとより、ベンチャーといわれる組織でも、同様のカルチャーがいつの間にか醸成され、創業者や創業メンバーを立てる意識構造が組織全体に蔓延していることがよく見受けられます。

問題を洗い出すうえで、個々の人事施策について、ベンチマーキングをしている企業も多いと思いますが、ベンチマーキングの結果から単に数字が業界平均や人材市場における競合先に劣っている点を指摘すればいいというものではありません。

たとえば、賃金水準・労働時間(制度上および実績)・休日日数・有給休暇の取得率・育児や介護の支援プログラム・教育研修プログラム・従業員満足度・労働生産性などを個別に比較して、クリアすべき水準に達していない項目が明らかになったとしましょう。

それでは、なぜ、そうした項目が出現するに至ったのか、できれば、いつごろから達していない状況に陥っていたのか、こうした質問に即答できるケースは、まず見掛けません。問題点はあっても、課題として構造化されていないからです。残業ひとつとっても、その原因や背景は多様ですし、時には会社の歴史や構造に関わる課題とも強く関連付けられていることもあります。

今回も『1.問題となる事実を認識する(問題認識)』でご紹介した4ケースを通じて、目に見える問題点から解決すべき課題を明らかにする際のポイントを見てみましょう。

 

ケースA:問題は個人

 

この事例では、確かに、ある特定の1管理職が大きな問題ではありますが、その背景には、この会社の管理職全体のマネジメントに問題がありそうです。そして、この会社と親会社及び親会社とグループ会社との人事交流のありかたにも問題がありそうです。

実は、この会社の管理職は、社長以下の役員も含めて、すべて親会社からの出向者および転籍者でした。つまり、親会社から移籍したり出向したりしている管理職のレベルに問題があることが予測できます。

一方、この会社が独自に採用した社員は、中途でも新卒でも10名単位で存在したのですが、この会社独自の管理職登用基準とか昇進のルールや方針といったものは特にありません。

そこで、親会社の人事部門やグループ会社管理部門にヒアリングを行ったところ、親会社の人事基準で管理職だからといって、出向先や転籍先でも管理職や役員でなければならないといった取り決めやルールは一切、存在しないことが確認できました。これは、この会社の人事規則や親会社との出向契約を確認したときから、はっきりしていたことでした。

親会社の人事部門やグループ会社管理部門の話では、出向者の人件費は親会社が負担し支給するものなので、それ以外の処遇や組織上の位置づけは子会社で勝手に決めて構わない、というものでした。

ところが、この会社の人事担当役員や人事部門の管理職は、親会社で管理職だったものはこの会社で出向を受け入れる際に管理職として処遇しなければならないと、思い込んでいたのです。

確かに、役員については、親会社の役員を転籍させる際には役員として受け入れることが慣例化していましたし、現に役員の移籍に関する取り決めには、親会社と同等の処遇をする旨のルールもありました。しかし、管理職については、特段のルールがないことは先述の通りです。

結局、問題の核心は、この会社独自の人事政策の欠如です。そしてそれ故に、親会社と人事政策について具体的な協議を行うことがなく、コミュニケーション不全となっていたことです。

つまり、解決すべき課題は、この会社としての人事政策を確立することです。それは子会社とはいえ、独自に事業を進めていく覚悟を人材マネジメントの面でも表現することにほかなりません。

 

ケースB:「働き方改革」よりも人材不足が問題

 

中小企業やベンチャーに多く見られるのが、人材不足が喫緊の課題であって、採用こそが最大の経営課題という場合です。大企業のなかにも、新卒採用や中途での経営幹部採用などが問題で、働き方改革は二の次というところもあります。

実は、人材不足と一口に言っても、その原因は多種多様ですが、まずは人材と業務のバランスを見てみましょう。以下、典型的なものを3種類、説明します。

第一は、人材と業務量のバランスがとれていない場合です。業務量が人員数に比して多すぎる(稀に業務量が少なすぎて、あまりに暇な職場という話も聞きますが)ということは、最終的には販売・生産の量が人員数に対して多すぎるということです、

ではなぜ、無理に販売・生産するのでしょうか。

よくあるのは、たくさん受注しないと、売上高が目標に達せず、黒字にならない(利益が出ない)から、というものです。

こうしたケースでは、実は受注単価(販売単価)が低いので、無理に量をさばかないと利益が出ないとか、安値受注はわかっていても、無理に仕事を取らないと資金が回らないといったことが大半です。なかには、受注単価が長い間低いままで、発注者からみればこの会社は安くやってくれる便利なところくらいの認識に過ぎないこともあります。実際、単価の高いものはより技術レベルが高いところや短納期に対応してくれるところに依頼するので、高いものは発注しないのです。

つまり、人材不足が人材と業務量のバランスに起因するのであれば、解決すべき課題にマーケティング政策、特に価格政策を含む受注(販売)政策の抜本的な見直しが必要となるケースもあります。

 第二は、人材と業務の質的なバランスがとれていないケースです。人事に限らず、会社の制度やビジネスモデルに問題が生じている可能性が高いと思われます。

たとえば、営業にできる人材が集中してしまい、営業と生産や開発との人材バランスがとれていないため、営業ばかりが突っ走ってしまい、生産や開発が追い付かずに、顧客からはクレームの嵐となり、結局、営業はその後始末をするのが仕事となってしまうと、せっかく人材がそろっていたはずの営業部門も退職者が続出して人材不足に陥るケースがあります。

また、営業のインセンティブが受注に偏っているため、営業は受注にばかりエネルギーを傾けて、そのあとは生産や開発に丸投げ状態というケースでは、生産や開発の人材はなかなか定着せず、一方で営業もインセンティブを貰ったらすぐに辞めるといったタイプの人材が次第に多数となり、受注の能力はなんとか維持してはいるものの、それ以外の営業の能力(顧客をつなぎとめるとか受注単価を引き上げるといった能力)はむしろ低下していきます。

これらは、一見、人材不足という問題事象でひとくくりにされがちですが、会社として解決に向けて取り組まなければならないのは、営業の仕組みや体制の改革であったり、生産や開発の体制の強化であったりします。

第三に、これはどのような組織においても共通の課題ではないと考えられますが、業務の棚卸・整理・統廃合を定期的に行っていないが故に、無駄な仕事が一向に減らないという場合です。

どの部門がとかどの職種が、といったピンポイントで問題が発生しているわけではなく、全体的に仕事が多いとか、残業時間がなかなか削減できないといった場合、問題は一定期間で見て労働生産性がはっきりと向上していないことです。特に年単位で見て、会社全体や部門全体で労働生産性がはっきりと上昇していないのであれば、それだけで看過できない問題状況があると認識すべきでしょう。

仕事は、意識的かつ定期的に見直さなければ、必ず増えていきます。したがって、一定期間ごとに業務の棚卸を実施して、特に重要な仕事(=利益を生み出す仕事)と法令上やらなければならい仕事とそれ以外のものに分類・整理し、特に重要な仕事は間違いが生じないようにやりかたを見直し、法令上やらなければならない仕事はできる限り効率化を図り、それ以外のものは原則として止めてしまう、こうした仕訳が必要になります。

こうした業務の棚卸・整理・統廃合を定期的に行うと、より重要な仕事を社員に任せるようになりますから、無駄な仕事やつまらない仕事に人材を無理やり張り付けることが避けられます。その結果、人材不足の原因ともなる「やいがいのない仕事」を押し付けられる人を減らすことにもつながります。

 

ケースC:すでに「働き方改革」は完了

 

ときどき遭遇するケースに、有給休暇の消化率も高く、テレワークやフレキシブルな勤務体制も柔軟に運用していて、残業の上限規制どころか定時退社が当たり前となっており、オフィス環境やIT環境も申し分なく整備されているのに、企業業績が向上しないとか、なかには業績不振に陥ったまま事業が低迷しているというものがあります。

このように「働き方改革」に取り組んできたことと会社全体の業績向上がリンクしていないのであれば、その現象こそが問題と認識されなければなりません。解決すべき課題は、人事政策と業績向上をいかにリンクさせるか、ということでしょう。

これは、単に業績目標の設定が適切なKPIとなっていない、というレベルの問題ではありません。仮に、業績目標の設定が適切なKPIとなっていないとしても、ではなぜそうした目標設定をしてきたのでしょうか。誰もおかしいとは気がつかなかったのでしょうか。気がついてはいたけれど、誰もおかしいと声を挙げなかったのでしょうか。おかしいことをおかしいと言えない、目に見えない制度や暗黙のルールでもあるのでしょうか。

こうした点を明らかにすることが、解決すべき課題を絞り込む際に避けては通れないポイントです。もしかすると、課題が未整理なまま、さまざまなプログラムを整備・推進してきたところに課題を設定すべきかもしれません。

たとえば、女性活用を進めようとして、育児休業や介護休職、またテレワークなどの制度整備を進めてきたが、一向に女性管理職の比率が向上しないといったケースです。

また、残業削減や有給休暇の取得率を上げるために、ワーケーション(注3)を推進したが、かえって休暇中でも仕事に追われてしまうという話も耳にします。

健康経営推進のために、オフィス環境整備やストレスチェックなどを進めてはみたが、メンタルヘルスの面で目立った改善が見られないケースもよくあります。

セクハラやパワハラへの対策として、管理職を中心とした研修の実施や第三者機関への通報・相談制度などを整備したものの、若手や女性の社員の定着率は低いままなど、問題が解消しない場合も少なくありません。

もちろん、各々の施策は必要でしょうし、それなりの効果をあげるはすですが、いかにも対症療法といいますか、会社の人事施策としては時代に先行しているつもりかもしれませんが、経営陣や人事部門の自己満足に終始していないか、改めて問題点の洗い出しと再整理が求められます。

なまじ、やるべきことをやっていると自負がある分、解決すべき課題が見えなくなっている恐れもあります。こうした場合、従業員満足度調査などもさほど問題がある結果でないとしても、諸施策を実施しているほどには高くもないでしょう。また、人材採用においても、それなりに採用はできるのですが、内定者が実際に入社してくる比率が低いとか、入社直後に退職する新規採用者がよく出現するなど、どこかに問題状況が見られることが多いように思われます。

もしそうであれば、その理由や原因を一度、徹底的に洗い出してみる必要があります。案外、ケースABと同様の課題が浮かびあがるかもしれません。ときには、次に述べるケースDの手法をとることが有効かもしれません。

 

ケースD:「働き方改革」?

 

人事企画担当の管理職の今期の目標が「同業他社に先駆けて働き方改革を推進してその実績をいち早く挙げる」というケースでは、人事部門が果たすべき役割や機能そのものを見直すことが第一の課題となるかもしれません。

なにしろ、このケースでは、現に人事部門を担当している者(特に人事担当役員や上級管理職)が本来果たすべき機能を果たしていないおそれが大きいのです。実感としては、人事のスペシャリストといった人材が「働き方改革」を担当しているほうが、問題が見えなくなっていることが多いと感じられます。

解決すべき課題を特定するには、人事部門の責任者を替えてみるのが、最も効果的かもしれません。特に、管理職の中で、人事や組織運営に何らかの不平不満をもっている者がいれば、その人にゼロベースで問題を把握してもらうのが望まれます。

人事業務の経験の有無は問いません。ただし、課題を抽出する際に、視点をどこに置くのかは意識しておきたいポイントです。すなわち、一人ひとりの社員の視点に立つのか、企業経営全体の視点に立つのか、という点です。

これら両方の視点に立って初めて問題の見え方が構造化されます。「残業時間が長い」といっても、社員一人ひとりの労働時間の長さや健康への悪影響を問題視するのか、過大な人件費(残業代)をいかに削減すべきかという経費コントロールの問題と捉えるのか、まずは両方の視点に立って問題を洗い出します。

そのつぎに、なぜそれだけの残業が発生しているのか、業務体制やマネジメントのありかた、担当する社員のスキルやモチベーションおよび周囲(上司、部下、同僚、他部門、顧客や納入業者など社外関係者など)との関係などを分析します。

そして、把握できた問題点の相互の関係を整理し、発生している問題の直接の原因を明らかにします。さらに、その原因の元となっている事象は何か、遡っていくことになります。

こうした作業を愚直に進めるには、問題が分かっているかのように振る舞う人事経験者よりも、わからないと自覚している未経験者のほうが適していることが多いのもまた、事実と言わざるを得ません。

 

以上述べてきたように、一見、「働き方改革」がテーマであるように見える問題であっても、本当に解決すべき課題は、受注すべきものをいかに絞り込むかとか、営業へのインセンティブの基準を見直すべきかいった営業政策に関わるものもありますし、親会社やグループ会社との経営方針のすり合わせこそが課題という場合もあります。ときには、会社の歴史やカルチャーを全面的に否定しなければならない場会もあります。

つまり、解決すべき課題を抽出するという作業は、「働き方改革」の肝であり、ここでどこまで本質的なポイントに迫れるかで、プロジェクトの成否が決定されるのです。

 

(4)に続く

 

【注3

ワーケーションについての実証実験は、たとえば以下のサイト(記事)で紹介されています。

https://travel.watch.impress.co.jp/docs/news/1167936.html

当コラムでも一度、取り上げて言及したことがあります。

https://www.qms-imo.com/2015/07/31/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E4%BC%91%E3%81%BF%E3%81%8C%E5%B0%91%E3%81%AA%E3%81%84-%EF%BC%94/

 

 

作成・編集:経営支援チーム(2019610日)