ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(1)
(1)本書の概要
今回、ご紹介するのは、体系だって学ぶことがむずかしかったファミリービジネス(注1)について、アメリカやオーストラリアでMBAのコースで教えている著者たちが、ケーススタディやCEOのストーリーを通じて理解することを意図して書かれた本です。
ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論
(ジャスティン・B・クレイグ、ケン・ムーア著、東方雅美訳、星野佳路解説、
株式会社プレジデント社より2019年6月発行)
原著のタイトル(“Leading Family Business ~ Best Practices for Long-term Stewardship”)にあるとおり、この本はファミリービジネスの最大の特徴をスチュワードシップにあると述べています。これは、受託者責任と訳される言葉ですが、日本語で簡潔に理解してもらうには難しい用語です。
この点を、株式会社星野リゾート代表取締役社長で、105年の歴史を持つファミリービジネスの4代目としてコーネル大学でホテル経営学を学び、受け継いだ旅館業を新しい宿泊サービス業として革新してきた本書解説者の星野氏は、次のように例えています。まず、この感覚を理解しておきましょう。
わたしなりの言葉で表現すると、スチュワードシップとは「自らを駅伝の選手のような者として捉える感覚」にあたります。
ふつうの会社の場合、株主はリターンを最重視するので、役員に対して利益を高めることを求め、(中略)ファミリービジネスの場合は短期的な利益の上昇よりも長期的なサステナビリティが重視されます。駅伝において「区間賞をとること」よりも「たすきをつなぐこと」のほうが高次の目標であることと同じです。(中略)スチュワードシップのある人は、「たすきをつなぐ」というファミリー企業としての目的が自身の目的と一体化しているために、自分の区間でどういう役割を果たせばよいのかをはっきりと自覚しています。(中略)区間賞をとるほど調子がいいからといって次の区間も走ることは許されない。だからこそ「つなぐ」ことに集中できるのです。(「ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論」6~7ページより)
さて、本書は主に2部から構成されています。
「第Ⅰ部 組織としてのファミリービジネス」では、組織の面から見たファミリービジネスの特徴を、スリー・サークル・フレームワークやAGESフレームワークを使いながら説明しています。
「第Ⅱ部 ファミリービジネスを率いるためのリーダーシップ」では、ファミリービジネスを受け継ぎ、発展させて、次の世代に引き継いでいくリーダーのあり方をSAGEフレームワークに基づいて説明しています。
フレームワークや概念を説明するのに、多くのケーススタディを活用しているのも、本書の特徴のひとつです。実際、本書は理論の解説ではなく、ストーリーを通じてファミリービジネスのリーダーとしてどう成長していくのか、という成長の物語という面もあります。
そして、「最後のケーススタディ」という補遺があります。このケーススタディに最初に読んで、自分がこのファミリーにアドバイスを行う立場であったら、何を誰にどのように語るのか、最初に考えてその結果をメモしてから、本書全体を読み進めると、内容の理解がさらに進むのではないかと思われます。
今回のご紹介では、本書の概要を説明するとともに、筆者自身がこれまでに経験してきたいくつものファミリービジネスの問題状況とも照らし合わせて、スチュワードシップを軸としたファミリービジネスの経営とリーダーシップを考えてみたいと思います。
【注1】
日本語で家族経営というと、個人とその家族(配偶者や親子など)で運営されている小規模事業体をイメージしがちです。一方、株式所有などを通じてある個人やその一族がオーナーとして振る舞う組織として、オーナー会社といった言葉もあります。こちらは東証一部上場会社から中小企業まで、さまざまな企業について幅広く呼称されるものです。
本書でいうファミリービジネスは、明確に定義されているわけではありませんが、家族経営からいわゆるオーナー会社まで広く含まれていると考えて差し支えありません。
文章作成:QMS代表 井田修(2019年9月11日更新)