ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(2)
(2)スリー・サークル・フレームワーク
本書の最初に紹介されるのは、ファミリービジネスを組織面から見た場合、最大の特徴となるスリー・サークル・フレームワークというものです。家族という組織(ファミリー)、役員や管理職として実際の事業運営にあたるオフィサーやマネージャーとしての機能(経営執行者)、株主として株主総会や取締役会を通じて経営を監督する役割(オーナー)、これら3種類の組織が相互に重なり合って活動していくところに、ファミリービジネスの組織上の基盤があります。
「スリー・サークル・フレームワーク」は、ファミリー企業と非ファミリー企業との違いを表す方法として、世界的に受け入れられています。簡単に言うと、ファミリー企業は、ファミリー、経営執行者、オーナー(所有者・株主)という三つのサブシステム(下部構造)が、重なり合い、作用し合い、依存し合っているシステムと考えられます。
(中略)たとえば、わたしは現在三つの円すべてで役割を担っています。一方で、わたしの叔母はオーナーであり、 ファミリーでもありますが、この会社で働いたことがないので、わたしとは異なる見方を持っています。いとこたちのうち何人かは、この会社で働いたことがなく、オーナーでもなく、ファミリーの円だけに属しています。会社で働いていてもオーナーでないいとこもいます。(本書24~26ページより)
一般に、企業は経営執行者とオーナーが必ず存在します。
それが完全に一体化した形態が、単独株主のワンマン社長がすべてを決める、完全なワンマン会社です。経営執行者とオーナーが完全に分離すると、サラリーマン(雇われ)社長を中心とする役員や上級管理職からなる経営執行者(グループ)と、株式市場で自由にオーナーシップ(株式)を売買する一般の投資家(個人投資家、機関投資家、ファンドなど)という組織構造になります。こうしたモデルには、ファミリーが関与するところはありません。
ちなみに、経営執行者とオーナーが重なることは往々にしてある(というよりも、そのほうが多いかもしれませんが)のですが、だからといって、経営執行者やオーナーの家族(配偶者、血縁関係にある者、姻族の関係者など)が直接、その企業の経営に関わるものではありません。もし直接関わると、業績不振や倒産といった状況を招けば、すぐに公私混同といった批判に晒されるかもしれません。
つまり、一般の企業にはないファミリーという存在が企業経営に直接的に関わっているという特性こそが、ファミリービジネスの独自性です。そして、それがビジネスにおける強みとならなければ、関わる意味が失われてしまいます。
オーナーとしての話であれば株主総会、経営執行者としての話であれば取締役会や経営委員会などがあります。しかし、意外に少ないのが、ファミリーの課題にきちんと向き合い、必要な意思決定を行い、議事録を残す正式な組織体です。本書では、ファミリーカウンシル(一族諮問会議とか家族評議員会というべき会議体)とファミリーガバナー(ファミリーカウンシルを主宰してファミリーの意思決定を行うリーダー)がモデルとして提示されていますが、日本ではほとんど見られない組織です。
あるファミリー企業の経営者(2代目)は、社長に就任してからは一度も、本社兼工場と同じ敷地内にある自宅で同居している父親(創業者で取締役相談役)とは、本社の社長室でしか仕事上のコミュニケーションはとらないようにしたそうです。意識的にそうしないと、仕事の話も親子間の問題もごちゃごちゃになってしまい、結局、ビジネスがうまくいかない恐れが大きかったそうです。その代わりに、一歩、自宅に入ると、親子旅行の予定や孫の教育方針などについては、できるだけ意見を聞き入れるようにしたそうです。
さて、ビジネスの具体的な組織構造は、機能別組織にせよ、事業部制にせよ、マトリクス組織にせよ、持株会社制にせよ、その会社の事業の成長度合いや地域的な広がりや種類の多さ・少なさなどに応じて基本的には決まるでしょう。
それではファミリービジネスならではの組織上の特性は、ファミリー・経営執行者・オーナーという三つのサークルが重なり合って存在し活動するだけでしょうか。
ファミリー企業のさまざまな事業活動をサポートする組織構造が、非ファミリー企業と異なっており、また、認められる権限と自律性も異なっているならば、経営管理の体系も大きく異なっていると考えるのが合理的でしょう。非ファミリー企業では、高度に洗練された経営管理体系を取り入れています。一方でわたしが見てきたようなファミリー企業のリーダーは、「クラン・コントロール」を重視しています。(同書38ページより)
ここでクラン(一族とか一家という意味)・コントロールというのは、“共通の価値観や信念、文化などを用いて従業員を動かし、目標の達成を図ること”と定義されています。
一般の企業であっても、組織の構造や運営システムだけでなく、その企業のもつ文化やビジョンが組織や事業に与える影響が着目されるようになってから、相当な時が経っていますが、ファミリービジネスにおいては、まさに価値観や文化を体現するファミリー(の代表者)が存在するところに、その特徴があり優位性があります。
その典型的な例として、日本旅館における“女将”という役割を指摘することができます。女将といえば、通常は旅館の当主である主人の妻ですが、旅館業においては、仲居などのサービススタッフを統括する責任者でもあります。つまり、ファミリーの一員であり、経営執行者のひとり(サービス部門の経営執行者といえる存在)でもあります。ときには、先代の保有していた株式を一部相続するなどして、オーナーとしても振る舞うケースもあるでしょう。
女将は単なる経営執行者ではありません。その旅館のサービスとは何かを体現する存在です。いかにサービスをシステム化しマニュアルやトレーニングで徹底できたとしても、なぜこうするのか?という価値基準をその場で動いて示すのが、女将でしょう。
こうした事例は、創業者の世代でも見られる場合もあります。特に夫妻で創業したようなケースでは、夫のほうがビジネス面をみて、妻のほうがサービスやブランドを確立するのに多大な寄与をしていることが、実によく見受けられます。
ファミリーという存在がクラン・コントロールを可能にするのであれば、その優位性を活用してビジネスを伸ばして収益を上げていくのが、ファミリービジネスの組織に求められる機能といえるでしょう。
文章作成:QMS代表 井田修(2019年9月26日更新)