将棋の木村一基九段、最年長で初タイトル獲得
先週、木村一基9段が将棋の王位戦で4勝目(3敗)を挙げて豊島将之王位を破り、46歳3か月で自身初のタイトルを獲得しました(注1)。これは、これまでの記録(注2)を37年ぶりに9歳近く引きあげて更新するものです。
プロ棋士である以上、誰もが一度はタイトルを獲得したいと思うのは当然でしょう。しかし、現実には一度でもタイトルを取ることができるほうが圧倒的に少なく、何歳であろうともタイトルを取ること自体が特筆すべき成果です。
そもそも、タイトル戦に挑戦者として登場すること自体が大きな成果です。木村王位は、7回目の挑戦で初めてタイトルを獲得しましたが、一度でもタイトル戦に登場すれば、それだけでも相当の実力者と評価されるのが将棋の世界のようです。
このところの将棋界では、藤井聡太7段に代表されるように、若手の活躍が目覚ましい状況です。なかでも、今回、対局相手となった豊島王位は、実績十分でいまが盛りの名人位保持者でもあります。
その相手に対して、王位戦と竜王戦挑戦者決定戦で3カ月間に10局も対局し、まったくの互角(5勝5敗、王位戦は木村王位が奪取、竜王戦は豊島名人が勝ち挑戦者に)という結果にも驚かされます。相当に深い事前の研究や体調・メンタルの管理などを行いながら、互いにベストを尽くした3カ月であったのでしょう。
木村新王位の人となり、タイトル獲得までの苦労などは、すでに数多くの記事などで紹介されています(注3)が、そのなかでライバルでもあり親しい友人でもある三浦弘行9段が、あるインタビュー(注4)で次のように語っています。
昔は早指しだと若手のほうが強いというのが常識だったんです。反射神経が良いですからね。でもそんな中で羽生(善治九段)さんは昨年、NHK杯で優勝しましたから。あの方は特別なんでしょうけど…(笑)。昨年のNHK杯ベスト4は全員羽生世代でしたから。そういう常識が通用しない世代なんでしょうけど、そういった方の活躍を見ていると、自分も甘えていられないなと思いますよね。
同期の木村(一基九段)さんもいまが本当に充実されている時期だと思いますし。王位戦だけではなく、竜王戦も良いところまでいきましたから。前から年齢に関しては言い訳にはできないなと思っていましたけど、そういった方の活躍を見ていると改めて思いますよね。
どの世界でも同様かもしれませんが、年齢を言い訳にして勝てなくなることを正当化するのでは、プロとして失格でしょう。誰でもいつかは自らの力の限界を思い知って引退を決断する時が来る、それは確実なことです。とはいえ、プロでやるからには、いつでも勝つ意志をもち、そのために事前の準備や研究にも必要な時間とエネルギーを割いてベストを尽くすのが、最低限の条件でしょう。
将棋やプロスポーツの世界では勝ち負けの結果が誰の目にも明らかになってしまいますから、若手であろうとベテランであろうと、同じ土俵の上で勝負をし、勝てば称賛を浴びて尊敬を得ますが、負ければ一からやり直すことになります。
そこまで結果がはっきりしない世界(現実のビジネスの世界はそのひとつかもしれませんが)では、ベテランだから称賛され、若手だから評価が低いということも間々あります。そのせいか、若手から見れば、何もできない、何も業績に貢献しないのに、偉そうなオジサン・オバサンというものが、たいがいの組織に存在するでしょう。筆者も若い頃は、そうした存在の役員や管理職を数多く見てきました。
こういう存在になってはいけないと自覚せざるを得ない年齢に自分がなってみると、ひとつ実感することがあります。それは、学び続けることの大切さです。特に長い目で見れば、学び続けることができる人にだけ、結果がついてくるのです。
ここで「学ぶ」ということは、少なくとも次のような三つの要件も満たす行為です。
第一に、自分の成功や失敗から次につながるヒントや教訓を得ることです。将棋でいえ、勝った対局も負けた対局も自ら振り返り、特に敗着を明らかにすることで、同様の状況で同じ間違いはしないように何かヒントを得るはずです。ビジネスでいえば、失敗した事業から次のビジネスのヒントを見出すとか、マネジメント上のミスを分析して、ミスを防ぐ方策を実践するということです。
次に、自分なりのルーティーンをしっかりと確立し実行することです。将棋でいえば、対局前の数日間の過ごし方を決めておき、研究面だけでなく体調やメンタルなども怠りなく準備することです。前日に詰め将棋を一定数解くといった習慣はよく耳にしますが、そうした行為もルーティーンといえます。ビジネスなど組織で動く場合は、事前準備の標準的なスケジュールやプログラムを決めておいて、漏れや無駄をなくしてしっかりと準備を行うことです。毎朝決まった新聞や雑誌、ニュースサイトなどに目を通して、その情報を共有するというのもルーティーンのひとつです。また、ルーティーンの見直しや修正もわずかでもいいから随時行うことで、絶えずブラッシュアップして鮮度を保つことも必要です。
第三に、先進事例や新しい理論などの情報を収集して使いこなせるようにしておくことです。将棋でいえば最新の棋譜を研究し、最先端の戦法・戦術や研究手法などを活用していることが求められます。医師でいえば最新の症例や治療方法などを活かした治療ができることが必須でしょうし、ビジネスでいえば社会全体・業界・技術などのトレンドを踏まえて自社の課題に取り組むことにほかなりません。
こうした要件を満たすように学び続けるということ、それも二十年、三十年と継続することは、容易ではありません。一度、学ぶペースを緩めると、なかなか元のペースに戻ることはできませんし、元いたポジションに追いつくことはなかなかできません。追いつくには、他の人が学ぶペースを上回って学ぶ必要があります。まるで、無限のマラソンを走り続けるようなものです。
きっと、木村王位は、そうした学びを続けることができた人なのでしょう。そして、そのことを将棋界の人々、対局相手の豊島名人や若手の棋士たちなども十分に知っていたことでしょう。
さて、木村王位は王位奪取の余韻に浸る間もなく中1日で次に対局した順位戦A級では、関西を代表する若手のひとりである糸谷8段に勝って、リーグ戦の成績を1勝2敗としました。こちらも、王位戦同様に黒星先行の展開から反攻に移りそうです。
今日は、若手のタイトルホルダー同士のタイトル戦(斎藤慎太郎王座と永瀬拓矢叡王の王座戦第3局)が行われています。豊島名人のライバルたちも鎬を削っています。来年の王位戦の挑戦を決める予選もすでに始まっており、先週は斎藤王座がひとつ勝ち進みました。
こうした実戦こそが、学ぶことを怠らないように刺激する最も効果的な機会ではないかと思います。ビジネスも、実践の場で成功したり失敗したり繰り返すことで、学ぶことへの刺激を受け続けることができるでしょう。学ぶことがなくなりこれといった成果をあげることもないように見えるオジサン・オバサンに必要なのは、実は刺激を受ける実践の経験なのかもしれません。
【注1】
日本将棋連盟のHP内の将棋ニュースに記事があります。
https://www.shogi.or.jp/column/2019/09/vs_201814.html
https://www.shogi.or.jp/news/2019/09/post_1830.html
本稿の将棋に関する記録は、特に記載がない限り、日本将棋連盟HPの情報によります。
【注2】
1972年に有吉道夫9段(当時8段)が初めて棋聖位を獲得したのが37歳6か月でした。ちなみに、そのつぎに年長で初タイトルを獲得した記録は、豊島王位の師匠である桐山清澄9段の37歳5か月です。
【注3】
たとえば、次のような記事があります。
https://bunshun.jp/articles/-/14348
https://news.yahoo.co.jp/byline/tooyamayusuke/20190927-00144388/
【注4】
今期の王将戦挑戦者決定リーグ入りが決まった7人に対して、才能型と努力型に分けて代表的な棋士を挙げるインタビュー特集「王将リーグ『才能と努力』」において三浦9段に行われたインタビューによります。
https://news.livedoor.com/article/detail/17128715/
作成・編集:QMS代表 井田修(2019年10月1日)