ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(6)
(6)学び続けること
これまで述べてきたマインドセットやスキルセットをすべて身につけるなどということは、本当に可能なのでしょうか。本書で述べられていることは、ほんの一握りのファミリービジネスの天才にしかできないのではないでしょうか。たぶん、このように感じられた方も少なくないと思われます。
筆者自身は、公務員だった父親と専業主婦だった母親から引き継ぐべきファミリービジネスはありませんでした。そのためか、本書で指摘されているようなマインドセットやスキルセットをもつことを要請される情況に陥ったこともなく、ほっとするのが本音でもあります。
ファミリービジネスに携わっている人々の圧倒的に多くが、最初から本書で求められるようなマインドセットやスキルセットを身につけているわけではないでしょう。そもそも身につけなければならないと思ってもいないほうが、多いかもしれません。
身につける必要性は理解できるとしても、それらは時間をかけて身につけていくものであって、元からそうである天才を求めているわけではありません。だからこそ、平凡な能力の人であっても、「学び続ける」ことでファミリービジネスのリーダーとして役割を果たすことができるようになっていく、少なくともそうなるように、ビジネススクール及びメンタリングやコーチングそして自らの経験や関係者との対話を通じて学び続けることが望まれます。
ただし、学び続けるということも、もしかすると、ひとつの才能と呼ぶべきものかもしれません。スポーツや芸術の世界でよく言われるように、天才は最初から天才であったわけではなくて、人一倍、努力し続けることが長年に亘ってできた人が天才になるのだとすると、ファミリービジネスのリーダーは学び続ける天才なのかもしれません。
そういった意味でのリーダーについて、本書では「知的」な人と表現していますが、その条件として次の7点を挙げています。
・自信を誇張しすぎない
・自分の知識のなかで欠けている部分は何かをよく認識し、その部分を補おうと努力する
・できる限り多くの視点から問題を見る
・自分の考えが正しくないという証拠が示されたら進んで考えを変える
・人間は誤解しやすいということを理解する
・誤解しないよう対策を立てる
・尊敬する人に「誤解しているのではないか」と指摘されたら立ち止まって考え直す
(本書262ページより)
ファミリービジネスのリーダーに限りませんが、こうした条件を満たすであろう人というのは、世の中全体を見渡しても、そうそう存在するものではないでしょう。
多分、ファミリービジネスのリーダーシップで最も核となるスチュワードシップを発揮するには、このような意味で「知的」な人であることが必須なのです。そして、学び続けるということは、「自分の知識のなかで欠けている部分は何かをよく認識し、その部分を補おうと努力」し、「できる限り多くの視点から問題を見る」ことを厭わず、「自分の考えが正しくないという証拠が示されたら進んで考えを変える」柔軟性をもつことにほかなりません。
こうしたリーダー像は、ファミリービジネスに限らず、広くビジネス全体のリーダーに求められます。年齢が高くなり、経験や実績が学びの邪魔をするようになるにつれて、「知的」であることの困難さがより強固になりがちです。改めて心に留めておきたいものです。
さて、本書の最後には、もう一度、スリー・サークル・フレームワークが登場します。ファミリービジネスを経営するということは、ファミリー・経営執行者・オーナー(所有者・株主)という3種類の役割をバランスよく果たしていくことであって、いずれか一つの役割でも十分に果たすことができなかったり、疎かに扱うことがあったりすると、マネジメントがうまく機能しなくなります。
たとえば、ファミリーばかりを重視しすぎて、経営執行者やオーナーとしての役割が不十分で、ファミリーメンバーだけを要職につけて同時に役員報酬や配当を手厚く配分するのであれば、中長期的に人材確保や事業への投資などの面でビジネスが立ちいかなくなる虞があります。といって、経営執行者やオーナーとしての役割にばかり力点を置いて活動し、ファミリーのことは放りだすようであれば、ファミリーメンバー(特にオーナーとして有力な人々)からクーデターを起こされる危険性があります。いわゆるお家騒動です。
いずれにしても、スリー・サークルの間のバランスが一度大きく崩れてしまうと、ビジネスを受け継ぎ、次の世代に引き渡すことは困難になります。筆者もそうした情況に社外専門家の一人として巻き込まれたことが、たびたびありました。
「人間は誤解しやすいということを理解」していないがために、ファミリーメンバー相互のもめごとが実によく起こります。そうなることが分かっていながら、ファミリー(実の子供とか兄弟といった関係)だから何もしなくてもわかっているのが当然と思い込んで、「誤解しないよう対策を立てる」ことは、まずありません。
まして、「尊敬する人に『誤解しているのではないか』と指摘されたら立ち止まって考え直す」というような人は関係者の中にいないどころか、本当に尊敬している人など誰もいないような人にファミリービジネスを引き継ぐ(引き継がせた)ことが、そもそもの問題の始まりというケースが少なくないというのが実感です。はっきり言って、何でこんな人物を後継者にしたのか、長男(または一番かわいがっていた子供または甥や孫)だからという以外に理由が見当たらない場合が多いのです。
少なくとも、いまあるファミリービジネスを親族の誰かに継がせたいのであれば、今日から学ぶことを実践するするガイドブックとして本書を活用されるべきでしょう。
文章作成:QMS代表 井田修(2019年10月28日更新)