ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(9)
(9)ケーススタディの検討(続き)
今回ご紹介した「ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論」にひとつ注文を付けるとすれば、それはファミリービジネスのリーダーに新たになりつつある人の視点です。
本書は、既にファミリービジネスのリーダーとなっている人が、ビジネスにおいてもファミリーにおいてもオーナーシップにおいても、リーダーとして経営にあたっていくのに学習し考慮すべきことをいくつかのフレームワークに基づいて説明していますが、新たにリーダーとなるべき人、またその候補者と自任している人についても、同様に学習し考慮すべきことがあるはずです。
ここで、新たにリーダーとなるべき人やその候補者を自任する人には、大きく分けて2種類あります。ひとつは、現リーダーの長男または第一子として生まれ、次のリーダーとなるべく育てられてきた、生まれながらのリーダーというタイプです。
もうひとつは、リーダーの後継者と目される人が急遽、不在となったり、現リーダーに子供がいないなどの事情で後継者が不明なまま、次のリーダーを選ばざるを得ない情況に置かれた場合に、自分は候補者になる資格があると思っている人たちです。この場合、仮に正当な手続きを経てリーダーとして選ばれたとしても、それだけでは次のリーダーとして認められるには不十分です。選ばれなかった人々やその利害関係者を事後的に納得させるだけの実績や能力などを見せて示すことが満たすべき必須の条件で、そうした実績や能力を明示できるかどうかが、リーダーシップにおける喫緊の課題となります。
前回・前々回とご紹介したケースで新たにジェンコ商会のCEOに指名された三男マイケルの立場は、正に後者の情況に該当します。
将来は公職を目指すつもりがあったとしても、ファミリーのビジネスにはほとんど経験がなかった三男マイケルは、長男ソニーの訃報を耳にした直後から、次期CEOの指名を受け入れる心の準備はするでしょう。なぜなら、創業オーナーの指示は絶対的なものであり、ここで受け入れないとすればマイケル個人のキャリアどころか、ジェンコ商会の倒産すらある程度は予想できるからです。そこまでいかなくても、せっかく築いてきた市場をライバルに食いあられたり、会社が分裂騒動に陥る危険性は、十分に予見されます。
マイケルにとって、これまでの従軍や留学などを通じて、それまで経験したことのない環境に一人で身を置いて、その環境に適応し、そこから学ぶということを経験してきたことがプラスに働く可能性はあります。彼にとって最も未知な環境が、父親が創業した会社であり、その責任者の地位であり、ファミリー全体を率いることでしょう。故に、既知の環境でくすぶっているよりも、CEO指名のほうが能力を発揮できる場になる可能性があります。
そして、次期CEOの指名を受け入れるのであれば、その決断は、すぐにしなければなりません。というのも、社内には長男亡きあとは次男と考える人もいるでしょうし、役員や幹部社員の中には「弱いCEO」のほうが仕事をやりやすいと思う人もいるでしょう。
しかし、こうした考え方は、ライバルに付け入る隙を与えることにもなりかねません。そもそも父親の考えでは、次男フレドをリーダーとしたのでは、現在の難局を乗り切れないであろうし、平時においても、フレドではリーダーは務まらないだろうと思っていたはずです。求められているのは、強い、しっかりとしたリーダーです。
こうした情況でリーダーシップを引き継いだ以上、CEOを引き受けると同時に、父親にはCEOから退いてもらいます。ファミリーのリーダーとしてはそのままいてもらうほうがよくても、ビジネスの場である会社ではマイケルが会社全体の最高責任者で、父親はその相談相手という立場を、法的にも確かなものにすることで、リーダーが複数存在しているように思われる情況をできるだけ早期に解消すべきでしょう。
時には、CEOの交代を役員や社員に示す「儀式」が必要となります。それは、新CEOの就任式かもしれませんし、新CEOであるマイケルが役員ひとりひとりと役員の委任契約書を改めて取り替わすといったことかもしれません。
特に創業リーダーから引き継ぐ場合、取締役会の運営(定期的な開催、議事録の作成など)や会社と役員との契約関係などが口約束のレベルで行われていることも珍しくありません。CEOの交代を機に、新CEOの最初の仕事として、取締役(会)の制度化・公式化を実現することは、G(ガバナー、統治者)やA(アーキテクト、設計者)としての役割にほかなりません。
こうした一連の行動を通して、マイケルの覚悟のほどや腹のくくり方といったものが示されます。ファミリーにも会社関係者にも、覚悟を見せつけることでリーダーシップの第一歩が始まるのです。
これまでほとんど会社の仕事にタッチしてこなかったマイケルは、まず、会社の現状をしっかりと把握する必要があります。父親であるCEOから、ビジネスについて一から学ぶ必要があります。即席でもいいから帝王学を学ぶのです。
顧問弁護士のトムからは、父親とは違った視点から会社の現状を聞きます。次男フレドからもビジネスを学んだり、ファミリーの状況(長兄ソニーを失った一家をどのように面倒見ていくのか)を理解して必要な手を打つ上でのアドバイスを求めるかもしれません。
古参の役員や幹部社員の話にも耳を貸す必要はありますが、意思決定をするのは新CEOであるマイケル自身であることを明示する必要があります。意見は聞いても、決めるのはマイケルです。その結論に納得しないのであれば、時には相談役に退いたとはいえ、役員や社員全体が服するあなたの父親に一言こういってもらいましょう。「CEOはマイケルだ。このことはマイケルと相談して決めたことだ。」
スリー・サークル・フレームワークを思い出してください。CEOを引き受けるということは、ファミリーのリーダーにもなるということであり、オーナーの代表ともなるということです。マイケルと相談して決める対象は、ファミリー・メンバーに関する私的なものも含まれます。そのなかには、当然、マイケルの結婚という問題も含まれます。
もし以前いた婚約者と既に結婚していたのであれば、その妻となった人にもリーダーのパートナーとして求めるものがあるはずです。最もセンシティブなのは、パートナーにどこまで仕事について関与させるかということです。まったく知らせず、専業主婦でいてもらうのを一方の極とし、CEOの右腕としていっしょにビジネスを盛り立てていくというのをもう一方の極として、その間のどこにマイケルの妻の役割を位置付けるのかが問われます。これは教科書的に決まるものではなく、妻である人の能力や資質、社会的な立場などによって異なります。もちろん、子供の有無、ある場合は、その子供の年齢や養育環境などにも左右されるでしょう。
一方、以前いた婚約者とは既に別れており、現在は独身というのであれば、新たにCEOとなったマイケルが今後どのような人と結婚するのかは、ファミリーにとってだけでなく、引き継いだ会社にとっても重要事項です。ライバル会社の趨勢や今後の事業展開において協力・提携関係をもちたい会社があれば、時には政略結婚のようなことも覚悟しておくことになります。特に、父親が形成してきた人脈に代わるものは、従軍や留学で海外にいた期間が長いマイケルは、自社の事業展開地域にこれといった人脈ももたないでしょう。それを形成するのに、自分の結婚を活用できれば、そうしない手はありません。
妻の役割でもうひとつ考えるべきは、ファミリー内部における位置づけです。他のファミリーメンバーとの関係にもよりますが、ファミリーカウンシルの事務局責任者などリーダーを補佐する役割を明示的にもつのか、あくまでも他のファミリー・メンバーと同じ位置づけなのか、いずれにしても、ファミリー・メンバーから、さまざまな頼み事や相談事を持ち込まれるはずで、それをうまく捌く能力が求められます。
そして、マイケルの兄弟たちの役割をどうすべきかも問われます。特に、次男フレドと義兄カルロの処遇は慎重に時間をかけて、最終的にはビジネスの能力・実績およびビジネスに対するインテグリティで判断すべきでしょう。
つまり、ファミリーのメンバー、特に年長のファミリーの一員だから重要なポストを任せて手厚く処遇するのではなく、非ファミリーの役員や幹部社員よりも厳しい程度に、ビジネスを実際に担当するなかで発揮される能力、本人の手柄または失態として認識すべき実績、CEO個人やファミリーのためではなくビジネスを発展させることに忠実であったかどうか、これらの点を重視して評価することになります。
当初は、いわば側近のように扱い、兄弟たちには非ファミリーのメンバーには任せられない困難な課題を担当させるほうがいいでしょう。実際は、実績を出せるかどうか、その力量を見るために難しい仕事を任せたり、ビジネスに対して忠実であるかどうかということをマイケルは見ることになります。こうして、少なくとも表面的には、実績や能力の面から処遇を納得させる必要があります。できれば父親が相談役として動けるうちに、こういったテストを投げかけて、期待どおりの結果を出せるかどうか、判断することになります。
このケースでは、フレドもカルロも合格点は得られないことが十分に予想されます。そうなると、次第に閑職に回されることが想定できます。最悪の場合、会社やファミリーを裏切って、ライバルと内通するといったことが起きるかもしれません。リーダーであるマイケルの立場では、最悪の事態を絶えず想定しておく必要があります。フレドもカルロも、程度の差はありますが、結局はライバルに内通しており、そのことを知ったマイケルは兄弟たちの措置に断を下すしかありません。
最悪の事態が起きてしまったら、即座に、ファミリー・メンバーであろうとなかろうと、切ります。役員であれば解任、幹部社員であれば懲戒解雇です。もちろん、そう処分するのに耐えられる証拠をおさえておくことも忘れてはなりません。下手な訴訟合戦になれば、自社のブランドに傷がつき、ライバルを資するだけです。そうした事態に至らないように、顧問弁護士のトムと協力して事に当たるのです。
CEOの承継直後における当面の課題に対処できたら、次はジェンコ商会を事業の面でも組織運営の面でも大きく作り直す作業がマイケルを待っています。これは、短期的な打ち手と中長期的な打ち手に分けて考える必要があります。
父親の死後、オーナー兼CEOの地位を引き継いだ三男マイケルは、いわば父親個人の能力や人脈に依拠していたビジネスを、現代のコーポレーションに作り変える作業に着手することになります。たとえば、これまで事業基盤としてきたニューヨーク周辺の地域に拘らず、西海岸やフロリダなど全米に事業地域を拡大すべきかもしれません。取り扱う商品も幅広くして、輸入対象国もヨーロッパだけでなく、中南米やアジアなどでも取引相手を求めるべきかもしれません。
こうしたビジネス上の再構築と成長戦略は、CEOに就任して数年の内に一通り完了といえるレベルにまで仕上げたいものです。そのためには、自社ですべてを行うことは容易でないので、M&Aやターンアラウンド型のファンドの活用など、社外のアセットを活用することもあるでしょう。
こうしたプロジェクトにフレドやカルロをリーダーとして任せて、その実力を測ったり、次世代の経営幹部候補の若手プロパー社員を発掘する機会として活用することも重要です。新CEOのマイケルとともに成長していく次世代の役員や経営幹部というのは、いわば子飼いの部下です。できれば、既に社内にいる人材のなかから子飼いの部下は発掘したいところですが、これはという人材がなかなか見つからないのであれば、社外から採用することも視野にいれるしかありません。実は、引き継いだ会社を作り変えるプロセスが、人材発掘の場でもあるように活用できれば理想的と言えます。
リーダーを引き継いだ当初は、マイケルのビジネスメンターは父親でした。ただ、健康状態が思わしくない以上、いつまでもメンターとして助言できるわけではありません。父親に同世代の経営者をメンターとして推薦してもらえればベストですが、これといって思い浮かばないのであれば、少なくともファミリービジネスのMBAコースくらいは受講すべきでしょう。
いずれにしても、学び続けること、そして自分自身が変わり続けることを、意識して行うことが必要です。できれば、学び変わることを楽しく感じるようになれれば、さらに良いでしょう。
こうして、中長期的に会社の何を変えて、何を変えないのか、それを自らの経験とすることができれば、新たなリーダーとなった人にとっても有意義ですし、子飼いの部下を核に、会社の変えてよいものと変えてはいけないものを語るストーリーが伝えられていくことにもつながります。
改めて述べるまでもありませんが、こうした第二の創業とも呼びうる事業承継プロセス全体で、ライバル会社に内通したり企業秘密を持ち出したりする役員や幹部社員が、ファミリーか否かを問わず、出てくる可能性があります。もしそうした人が出てきた場合、それが誰であっても、ファミリーの誰かであろうと子飼いの部下で側近中の側近というような幹部であろうと、ルール通り例外なくきちんと対処するのが、S(受託者、スチュワード)として受け継いだファミリーとファミリービジネスを守るのに不可避な行動です。
そして、気がつけば、10年程度の時間はすぐに経ってしまい、さらに次の世代に引き継ぐための準備に迫られます。事前の準備もなく急にリーダーとなったマイケルにとって、次の世代を計画的に育成するというのは、最も大きな挑戦です。
会社の代表者、特に創業者や創業者からその地位を受け継いだばかりの次世代のリーダーといった人は、次への継承ということを頭ではわかっていても、具体的に誰をどうするといったプランに落とし込めないまま、時間が過ぎていきがちです。
自分に長男がいたとしても、その子は経営に向いていないどころか、アーティストやスポーツ選手のキャリアを志すかもしれません。マイケルの子供たちもそうでした。そうなった時、ファミリーのメンバーを広く見渡し、甥や姪、従兄弟たちなどから候補者を選び出すとなれば、その発掘・育成には相当の時間と労力がかかります。マイケルにとってのそうした存在が、長男ソニーが残した庶子です。
ファミリーのメンバーのなかで誰をどのような役割で組み合わせていくのか、ビジネスという会社の面だけでなく、ファミリーという組織についても、それぞれの組み合わせを考えることになります。情況によっては、ファミリーカウンシルやファミリーオフィスといったファミリーを運営する組織体を設計し運営すべきかもしれません。
少なくとも、税金面だけでなく事業のコンティンジェンシープランニングとしても相続対策を考えて、財団・社団等の私企業以外のスキームを活用した方策なども、できるだけ早い時期から運営しておくに越したことはありません。そうした準備が、ファミリー全体にファミリービジネスを受け継ぐとはどうようことか、その覚悟のほどを各人に問う契機ともなり、次世代のファミリーメンバーに対する教育の機会ともなります。
文章作成:QMS代表 井田修(2019年11月12日更新)