ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(10)
(10)まとめにかえて
今月3日にアウトドアブランド「コロンビア」を展開するコロンビア・スポーツウエア・カンパニーの会長ガート(ガートルード)・ボイル氏が95歳で亡くなりました。コロンビアの創業者の娘に生まれ、2代目社長となった夫の急逝後、主婦だったガート・ボイル氏は大学生だった息子のティム・ボイルとともに会社を立て直し、更に大きく発展させました。 そのプロセスは、正にファミリービジネスの承継と革新のストーリーであったことを想像させます(注7)。
事業承継という点では、創業者の娘とはいえ、専業主婦だったガート氏は、心の面では十分な準備があったとは到底、思えません。また、経営者(事業執行者)としてのスキルや株主としての企業統治の経験や能力も皆無だったことでしょう。
父や夫が事業を拡大していく際に負った多額の借金と大学生以下3人の子供が残されている状況の下、当初、ガート氏はコロンビア社を売却しようとしますが、企業の評価額が低く、借金返済には至らないため、売却は断念しました。
そこで、自ら経営に乗り出すわけですが、マルチポケットフィッシングベストなどの初期の代表的な製品をもともと手作りしていたこともあった彼女にとって、製品開発を通じて起業家として能力を発揮するのは、当然のことであったのかもしれません。また、中高年の女性がアウトドア用品のモデルとなる例がなかったであろう1980年代に、広告のモデルに自らが扮するというのも実に革新的でした。
「何か壁にぶつかったり、苦境に立たされた時こそ、人間はいろいろなことをより早く、より深く学べると思うんです。私の場合がまさにそうでした。そうした苦境の中でビジネスに関することを身に付け、実践してきたのです。」(株式会社コロンビアスポーツウエアジャパンの公式HP「コロンビアの歴史」より)
このように彼女は語っていますが、実際に事業運営の渦中にいきなり放り込まれた情況では、このように学ぶ姿勢を意識的に持つというよりも、そうせざるを得なかったのだろうと思われます。後々改めて振り返ってみると、苦境から逃げずに、その最中に学ぶことで諦めずにアウトドア用品のビジネスを続けてきたわけです。
もしかすると、ファミリーでやっているビジネスであるからこそ、事業が困難な状況にあっても、ファミリーのメンバーで事業を承継した者は、情況から逃げずに対処するのが当然と自然に覚悟ができているのかもしれません。それは、創業者の娘に生まれ、2代目社長の妻となって、もの作りも関わっていたガート氏にとって、事業売却がうまくいかなかったという外形的な事実とともに、既に無意識下でビジネスを引き継ぐマインドができていたかもしれないことも、事業を承継し大きく発展させていった要因ではなかったでしょうか。
今回ご紹介してきた「ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論」は、ファミリービジネスを引き継ぐであろう立場にいる人が事前に学ぶ上でガイドブックとして活用できるのはもちろんのこと、何らかの事情により突然、ファミリービジネスに関わらなければならなくなった人にとってもまた、ビジネスにおける案内図のようなものとして活用できるものでしょう。
ガート・ボイル氏が事業承継に直面した50年ほど前とは異なり、いまはファミリービジネスを経営する上での教科書もあります。危機的な状況のなかでしか、真に身になるスキルや知識は学びようもないかもしれません。とはいえ、事業を承継する前にも、また承継した後にも、ファミリーのリーダーが考慮し検討すべき課題を整理するのに、本書は最適と思われます。
【注7】
たとえば以下のような記事があります。
https://forbesjapan.com/articles/detail/30601
https://www.fashionsnap.com/article/2019-11-06/columbia-gertboyle-pass-away/
また、コロンビアというブランドの歴史およびガート・ボイル氏については、公式HP(日本語版)に次のように紹介されています。
https://www.columbiasports.co.jp/about/company/
https://www.columbiasports.co.jp/history/
文章作成:QMS代表 井田修(2019年11月18日更新)