1兆ドルコーチ(4)
(4)コーチとしての仕事
ビジネス・コーチに転身したビル・キャンベルは、依頼があれば誰に対してもコーチとしてサービスを提供したわけではありません。相手がどのような企業の経営者や上級幹部であろうとも、自分がコーチをすることで相手が成長し、経営する企業も大きく発展する可能性が大きいものだけをコーチしました。
その彼がコーチを受ける人に求めたのは、次の4種類の資質です。
ビルが求めたコーチャブルな資質とは、「正直さ」と「謙虚さ」、「あきらめずに努力を厭わぬ姿勢」、「つねに学ぼうとする意欲」である。(「10兆ドルコーチ」137ページより)
コーチと相手との関係を成立させる上で、通常求められると予想されるよりも遥かに赤裸々に自分の弱さや問題をさらけ出してもらわないと、結局、コーチングもうまくいかなしし、ビジネスも成長・発展しない、そうビル・キャンベルは確信していたようです。
そもそも自己認識がいい加減では、コーチをしようにもやりようがありません。これは、スポーツでもビジネスでも同じことです。フォームに問題があるのか、基礎的な筋力が不足しているのか、肉体的技術的なことには問題がなくて精神的な面で脆さがあるのか、しっかりと自分の課題と正面から向き合っていないと、コーチもサポートの方法がありません。
ビジネスでも同様です。故に、自分の課題が何か表現できる「正直さ」と、自分に弱点や短所があることを認める「謙虚さ」が必要なのです。コーチは、本人が気づいていないところも含めて、強みと弱み、長所と短所を自己認識できるように、ミーティングなどを通じてコミュニケーションを深めていくのです。
そして、問題やトラブル、弱点や短所を認めるだけでなく、それを乗り越えるために「あきらめずに努力を厭わぬ姿勢」が求められます。もちろん、具体的にどうしたらよいのかは、コーチが助言することもあるでしょう。同時にコーチや同僚など周囲の人々の意見に耳を貸して、自分の課題を常に見つけて解決していくことも不可欠です。これが「つねに学ぼうとする意欲」となって現れるものです。
ビル・キャンベルが最も嫌ったのが「学ぼうとする姿勢や意欲のない人」、すなわち、「質問よりも答えが多い人」というのも、コーチや同僚などチームのメンバーが相互に学び合うことがチームの成長を促進することを、アメリカンフットボールやビジネスを通じて誰よりも身に染みて知っていたからでしょう。
コーチャブルな人とは、自分よりも大きなものの一部になれる人だ。巨大なエゴの持ち主であっても、重要な大義のために貢献することはできる。これこそ、ビルがグーグルでコーチングに打ち込んだ理由の一つだ。(「10兆ドルコーチ」138ページより)
誰にでもエゴはあります。CEOや起業家、上級幹部やビジネスエリートといった人たちは、エゴの塊というタイプの人ばかりでしょう。優秀であり実績がある人ほど、エゴの虜になりがちです。その人たちが、自分の打ち込むべき大義(ミッションと呼んでもいいでしょう)に気づき、エゴを克服して大義の実現に取り組むことを手助けすること、それがコーチの仕事、とビル・キャンベルは信じていたのです。そのひとつの実例が、本書の執筆者たちが経営に携わっていたグーグルです。
ビル・キャンベルはチームのコーチだった。チームを築き、育て、メンバーの適材適所を図り(不適材を不適所から外し)、励まし、望ましい成果が上がらないときは全員の尻を叩いた。彼はつねに言っていたように、「チームがなければ何も成し遂げられない」ことを知っていた。これはスポーツ界の常識だが、ビジネスの世界では十分には理解されえていないことが多い。(「10兆ドルコーチ」168ページより)
コーチングというと、個人を対象に提供されるサービスというイメージをもたれる方が少なくないと思われます。
ビル・キャンベルはチームを対象にコーチングを行います。ときには、取締役会に出席して経営者が取締役会をどのように仕切るのか観察したり、MBWA(マネジメント・バイ・ウォーキング・アラウンド、または、マネジメント・バイ・ワンダリング・アラウンド)よろしく社内を歩き回ってビジネスの現状や問題状況を把握したり、自ら現場を知って必要な助言を与えました。「小さな声かけ」によって、チーム内のすきまを埋めることまでしていました。いわば、チーム運営に関するマイクロマネジメントをそこかしこでやって見せるのが、ビル・キャンベル流のコーチングです。
それでは、こうしたチームにはどのようなメンバーが求められるのでしょうか。
ビルは4つの資質を人に求めた。まずは「知性」。これは勉強ができるということではない。さまざまな分野の話をすばやく取り入れ、それらをつなげる能力を持っていることだ。ビルはこれを「遠い類推」と呼んだ。そして、「勤勉」であること。「誠実」であること。そして最後に、あの定義のむずかしい資質、「グリット」を持っていること。打ちのめされても立ち上がり、再びトライする情熱と根気強さだ。(「10兆ドルコーチ」177~178ページより)
ここで明示されている4種類の資質、すなわち、「知性」(または「遠い類推」)・「勤勉」・「誠実」・「グリット」については、引用で説明されている通りです。敢えて補足すれば、「グリット」はコーチングを受ける人に求めた資質のひとつである「あきらめずに努力を厭わぬ姿勢」と言い換えることもできそうです。
こうした資質を求めて、採用面接での質問事項までも具体的にアドバイスするなど、チーム・ファーストをきめ細かく徹底するのが、彼のやりかたなのです。
文章作成:QMS代表 井田修(2019年12月20日更新)