ファクトフルネス (4)

 

ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣~(4 

 

(4)変化はどこまでも直線的=年功賃金は一生上がるもの? 

 

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の患者数にせよ、世界の人口にせよ、横軸に時間を採り、縦軸に数量を採って動向を見てみようとすると、傾きはいろいろあっても、多くのものは直線的に増える(または減る)ように思われます。これが、本書で第3の思い込み(本能)とされる直線本能です。 

 

ファクトフルネスとは……「グラフは、まっすぐになるだろう」という思い込みに気づくこと。実際には、直線のグラフのほうがめずらしいことを覚えておくこと。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」127ページより)

  

もちろん、直線的に増える傾向にあるものもあります。所得階層との関係でいえば、平均寿命、学校教育の平均年数、女性の平均初婚年齢、所得に占める趣味への支出の割合といったものが、その代表例として本書でも紹介されています。 

しかし、グラフはいつも直線を描くとは限りません。S字カーブを描くものもあれば、滑り台のように上下に平らなところがあって途中が低下(上昇)する形状のものもあります。なかには、コブのようにある一部分だけが目立って突出した(増大してから減少する)形を示すものもあれば、倍増(指数関数的に上昇)していくものもあります。ときには、直線・倍増・直線と変化して、全体はS字カーブになるものもあります。 

 

数字がまっすぐ上昇しているように見えても、そのグラフは直線なのか、S字カーブなのか、コブの形をしているのか、倍増のグラフなのかわからない。(中略)2つの点を線で結ぼうとすると、必ず直線になる。しかし、点が3つ以上あれば、「123」と増える直線なのか、「124」と増える倍増なのかを知ることができる。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」126ページより)

 

  本書で紹介されている事例としては、所得階層との関係でS字カーブを描くものとして、識字率・予防接種の普及率・冷蔵庫の普及率が挙げられています。滑り台のような形状のものでは、女性1人あたりの子供の数(出生率)があります。コブのようにある一部分だけが目立って突出した形を示すものとしては、子供の虫歯率・子供の溺死率(死因に占める溺死の割合)・交通事故による死亡率(すべての死因に占める交通事故死者の占める割合)があります。 

倍増(指数関数的に上昇)していくものには、旅行距離・交通費への支出割合・CO2排出量が代表的なものです。これらは、言い換えれば、所得に対して直線的に増加するというよりも、所得が2倍・4倍・16倍・32倍と増えるにしたがって階段を上がるように生活水準が上がることを意味します。 

ちなみに、世界の人口動態(2100年までの予測を含む)については、滑り台のような形状で、一定のところ(百億人程度)で人口の増加がストップすると見込まれており、直線的にどこまでも人口が増大する心配はありません。 

また、ウイルスや細菌も指数関数的に倍々で増えていきますが、あくまでも研究室での実験や培養か、人体における感染初期の増殖モデルであって、環境条件の変動および抗原抗体反応や適切な薬剤の使用などにより、いずれかのタイミングで減少していくものです。 

 

この直線本能の一例として年齢別の賃金額のグラフを考えてみましょう。 

年功的な賃金というと、多くの人は年齢の上昇とともに賃金が一定のペースで上がり続けるグラフを頭に思い浮かべるのではないでしょうか。年功的な賃金=年齢に比例して一次関数で賃金が上がっていくものだけではありません。そうした実例もないわけではありませんが、実際にはさまざまなものがあります。 

たとえば、年齢に関係なく毎年の昇給率だけも決めて賃金管理を行っている会社では、賃金カーブは直線ではなく、倍増(指数関数的に上昇)していくカーブに近いものになります。数%とはいえ、毎年、前年の賃金に掛け算をして新しい賃金額を決めるので、必然的に一定額が昇給するのではなく、年齢が高くもともとの賃金額が高い人ほど昇給額が高くなる傾向をもちます。故に、この場合の賃金カーブは直線にはなりえず、わずかとはいえ指数関数的な傾向をもちます。 

一方、年齢ごとの昇給額を決めて賃金管理を行っている会社では、賃金カーブは直線に限りなく近くなります。直線の傾きが年齢ごとの昇給額(の平均値)なので、年齢ごとの昇給額に極端な格差がない限り、たとえば、ある年齢では昇給ゼロとかマイナス昇給を行うとか、いきなり2倍や3倍に昇給する年齢があるとかいう場合でなければ、賃金カーブは直線的といえます。 

30歳で主任、40歳で課長、50歳で部長といういうに、全員一律に昇進させ、昇進に伴って極めて大きな昇給がある(役職手当が多額に付与されるなど)のであれば、年功的な賃金といっても階段状のグラフとなります。本書の表現では滑り台のようなグラフです。 

高年齢の社員について再雇用制度をもっているような場合、一度、定年退職として扱い、再度、雇用契約を結ぶことがあります。こうした際には、毎月の賃金額は再雇用前よりも下がることがあります。この場合、全体の賃金カーブは一度落ちるところが出てくるため、グラフではコブ(崖状のもの)が表現されます。 

現実には、同じ年齢であっても、職責や権限も違えば、そもそも雇用契約の種類が違う(いわゆる正社員もいれば非正規社員もいるし、派遣社員や業務委託者などもいる)ので、支払われる賃金や報酬の額も大きく異なります。 

以上述べたように、賃金カーブひとつをとっても、年功的な処遇を行っている会社だからといって年齢に応じて直線的に賃金が上昇するわけではありません。労働生産性や業務スキルの向上などを考慮すれば、せいぜい40歳程度までしか年功的な賃金体系を維持できないでしょう。それ以降は若い時以上に、能力においてもモチベーションにおいてもキャリアへの考え方においても、個人による違いが大きいので賃金カーブを一律に設定することは不可能です。 

つまり、年功的な賃金だからといっても必ずしも直線的に年齢とともに賃金が上がるグラフが想定できるわけではありません。個々の会社の人事・処遇方針や社員個々の事情などに応じて、賃金カーブも多種多様に展開していることを認識しておきたいものです。

 

(5)に続く 

 

文章作成:QMS代表 井田修(202068日更新)