ファクトフルネス (5)

 

ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣~(5

 

(5)本当に恐れるべきものは?

 

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のように、流行初期に著名人がなくなるなど、大きなニュースとして取り扱われる事象が発生すると、一種のパニックに陥り、慌ててマスクやトイレットペーパーを買いに走るのが人間です。そして、そのことすらすぐに忘れてしまうのも人間ですが。 

病気の正体が目に見えず、感染防止策がはっきりとせず、有効な治療法がないともなると、デマかなと心のどこかで気づいてはいても、万一であっても自分が感染して人工呼吸器につながれたり、最悪の場合、死ぬかもしれないという恐怖心に打ち勝つことは容易ではありません。 

これが、本書で第4の思い込み(本能)とされる恐怖本能です。

  

ファクトフルネスとは……「恐ろしいものには、自然と目がいってしまう」ことに気づくこと。恐怖と危険は違うことに気づくこと。人は誰しも「身体的な危害」「拘束」「毒」を恐れているが、それがリスクの過大評価につながっている。(中略) 

●リスクは、「危険度」と「頻度」、言い換えると「質」と「量」の掛け算で決まる。リスク=危険度×頻度だ。ということはつまり、「恐ろしさ」はリスクとは関係ない。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」159ページより)

  

たとえば、自然災害で亡くなる人の数は、この100年間にどのように推移してきたのでしょうか。 

時には大地震が起こり、火山噴火や竜巻の発生も珍しくはなくありません。近年は異常気象という表現を使うまでもなく、50年や100年に一度の大雨が降って、毎年必ずと言ってよいほど土砂崩れや急流に流されて亡くなる人がいます。さらに、熱中症で救急搬送される人の数は増加する一途を辿っています。 

日本のような先進国ですらこのありさまなのですから、世界全体ではどれほどの人が自然災害の犠牲になっているのか、と思わずにはいられません。  

 

正しい答え(引用者注、3つの選択肢のうち「半分以下になった」という選択肢)を選んだのは、たったの10%。正解率が最も高かったファンランドとノルウェーですら、正しい答えを選んだのは16%だった。(中略) 

自然災害による死亡者数は100年前に比べて半分どころか、25%になった。一方、人口は同じ期間に50憶人増えている。ひとりあたりに換算すると、災害による死亡率は激減し、100年前の6%になった。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」138ページより)

  

そうなのです。実際には、自然災害で犠牲となった人の絶対数が減少しているのです。まして、自然災害に巻き込まれて亡くなる確率となると、激減と言わざるを得ません。 

同様に、もしその事象が起って自分が巻き込まれたとすると、恐ろしい目に遭う(最悪の場合は死ぬことになる)例として本書で紹介されているのは、自然災害のほかに、航空機事故、戦争や紛争、核物質・核兵器・放射線被曝、危険な化学物質、テロといったものです。 

いずれも、もし起きれば、身体的な危害や多大な苦痛が生じることが十分に予想できます。いつ起こるかわからない、誰が巻き込まれるのかもわからない、目に見えないもの(放射能や有毒物質や細菌・ウイルスなど)では防ぎようがない、といった共通点があります。 

つまり、原因や手段が目に見えない、起きることの予測が困難、自分がターゲットであるかどうか不明といったところに恐怖が存在します。しかし、恐怖があるからといって、そのリスクを適切に評価し対応を取ることとは別次元の問題です。その点を冷静に落ち着いて判断することがファクトフルネスなのです。 

(3)でネガティブ本能について紹介しましたが、そこで具体例として引き合いに出した交通事故についても、恐怖本能が生じやすいでしょう。飲酒運転・高齢ドライバーによる逆走や運転操作ミス・轢き逃げなど、ひとたび事故が起きれば、死者が出ることも稀ではなく、加害者も被害者も悲惨な情況に陥ります。 

しかし、交通事故の件数も発生確率も低下しているのが事実です。本書の式に当てはめてみると、交通事故が起きた場合の危険度は今も昔も同程度でしょう。注目すべきは頻度です。これは、明らかに下がっています。道路1キロ1年あたりもしくは自動車11年あたりまたはドライバー11年あたりの事故率、すなわち事故が起きる頻度が低下しているのです。なにしろ、道路の総延長も、自動車の総台数も、運転免許保有者の人数も、長期的に見て増加こそしても減少はしていないでしょう。 

交通事故にせよ、自然災害やテロにせよ、それに巻き込まれれば、犠牲が出るのは事実です。しかし、そうしたことが起きる確率(頻度)を的確に理解しておかないと、もっと高い確率(頻度)で起きること、たとえば生活習慣病に罹患して亡くなること、そうしたリスクへの備えができていないが故に、本当に生活習慣病で亡くなってしまうかもしれません。 

真に恐れるべきは、日常化された悪習や悪癖であって、極めて稀に起こる事件や事故ではありません。

 

(6)に続く 

 

文章作成:QMS代表 井田修(2020622日更新)