組織 「組織という有機体」のデザイン 28のボキャブラリー(4)
(4)組織デザインに使えるツールは?
組織デザインに取り組む際に次に検討しなければならないのは、組織の問題点を整理し、具体的な解決策を考えていくことです。そこで、何らかのフレームワークとかツールセットのようなものを用いて検討を進めていきたいと誰しもが思うはずです。そのフレームワークとして著者はマッキンゼーの7Sを推奨しています。
マッキンゼーの7Sについては、紹介されるようになってからの時間も長く経過しており、ご存じの方も多いでしょう。ここでは、本書に従って簡略に紹介しておきます。この7Sというのは、組織を7つの構成要素に分解し、それぞれを分析・評価するものです。これらの要素は単独で検討するだけでなく、それぞれの関連性や適合性を見て、7つの構成要素全体がうまく機能するように調整していく必要があります。
実際、組織行動は「ストラクチャー」以外の要素の影響が大きい。「組織」の持っている多面性を要素分解して整理し、過不足なく捉えるのが、この組織の7Sという枠組みの役割である。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」136ページ)
マッキンゼーの7Sとは、Strategy(戦略)、Structure(組織構造)、System(業務システム)、Style(行動様式)、Skill(技能)、Staff(人材)、Shared Value(共有されている価値観)のことです。このうち、最初の3つのS、すなわち、Strategy(戦略)、Structure(組織構造)、System(業務システム)はハードSと呼ばれます。
“組織は戦略に従う”というアルフレッド・チャンドラーの考え方からいえば、戦略を策定し、その実行に最も適した組織構造を構築し、業務システムを整備するという順序でハードSは検討すべきものとなります。ここから、市場における自社のポジショニングを重視し、どのような競争戦略を採るべきか、そして採った競争戦略を実行するのに最適な組織はどうあるべきか、という競争戦略論に基づいて、組織構造や業務システムを構築するという組織デザインのアプローチが出現します。外部から既存の市場に新たなサービスやプロダクトを導入しようとする場合など(外資系企業が自国で成功したサービスやプロダクトでもって新たに日本市場に参入するケースなど)は、このアプローチが有効です。
一方、“戦略は組織に従う”というイゴール・アンゾフの見方では、現にある組織にフィットしない戦略は絵に画いた餅に過ぎず、実行できないので意味がないということになります。さらに言えば、ハードS以外の要素(4つのソフトS)が組織のありようを規定しているので、そもそも戦略を立案する組織に一種の限界があります。ここから、コア・コンピタンスとかリソース・ベイスト・ビューといった現にある組織や人材に焦点を当てて組織デザインを検討するアプローチが生み出されます。このアプローチから見れば、企業文化や経営資源から戦略は醸成されるものとも言えるでしょう。
マッキンゼーの7Sでは、こうした戦略と組織の関係を3つのハードSと4つのソフトSの相互関係の中に落とし込んで分析・評価します。そこで明らかになってきた課題を組織デザインというプロセスを通じて解決するのに、今でも活用できるフレームワークとして著者は7Sを評価しています。
ただし、フレームワークは優れているとしても、実際に組織デザインを進めていくには、分析から明らかになったすべての課題に対して一気に解決を迫るといった手法は、推奨されていません。すべてを否定し、ゼロから100まで全てを細部まで設計してから実行に移すというのは、非現実的なやりかたです。組織デザインとは、最終的には、社員一人ひとりに人事異動を発令したり、営業日報の入力ファームが変わるなどして今日から仕事のやり方が変わったりすることでもあります。そして、日々の仕事が明日、明後日と継続して変化していくことなのです。
「変わるぞ」というインパクトのあるメッセージを社内外に公表することは広報戦略としては必要ではあります。とはいえ、組織デザインというものが、組織を変革しそこで働く人々の行動を変えていくものであるならば、一気に全てを変えるのではなく、できるところや効果が見えやすいところ、変化を実感しやすいところや変化を積極的に受け入れやすいところなど、部分的ではあっても、組織デザインの趣旨や狙いに沿って着実な進展が見込めるところから着手することが求められます。
ボキャブラリー21
都市デザイン同様、組織においても「ミニ・プラン」アプローチが有効である。
もともと都市デザインからキャリアをスタートしたことも影響するのかもしれませんが、著者は第二次大戦後の都市デザインで普及していった「ミニ・プラン」アプローチを推奨します。
同じような考え方が「組織」というシステムにも適用できる。すなわち、「ミニ・プラン」アプローチを組織デザインに活用するのである。都市の場合と同じように、まったく新規の組織でなく、既存組織を改編するのが大半であるからだ。ほとんどの組織は長い歴史の中で、自己調整機能をつくり上げているのである。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」102ページ)
組織デザインの対象となる組織は、ゼロからデザインする場合よりも、現にある組織を改革する方が多いでしょう。そこでは、試行錯誤と実験のプロセスと認識して試行を続ける必要がある以上、だめならすぐに止めるとか、ひとつの試行が次の試行につながっていくというプロセスが望まれます。時には、一方向に振れすぎた組織体が自ら調整して落ち着くべきところに落ち着くことも見越してデザインするように要請されることもあります。
著者によれば、都市と同様に組織にも数十年に及ぶ歴史が求められるようで、歴史が短い組織では自己調節機能が未発達であるために、新たにデザインされた組織に過剰に適応しようとしすぎることもあるため、よりきめ細かいデザインが要求されるのです。
スタートアップや創業メンバーが中心となって動いているベンチャーなど長い歴史がない組織は、ハードSが未整備であることもよく見受けられます。Strategy(戦略)は創業時のビジネスプランと金融機関向けにでっち上げた経営計画だけ、Structure(組織構造)は創業者のCEOとその他の人々の(よく言えば)フラットな2層構造でCEOに権限を集中、System(業務システム)といっても処理できるまで個々人が頑張るだけ、こうした組織ではすべてを一気にデザインしたくても難しいでしょう。
同時に、ソフトSの問題にも手のつけようがないケースが大半と思われます。Style(行動様式)はバラバラで、トップダウンで意思決定をしているかと思えば現場で勝手に発注をかけている、やるべき仕事が自覚されておらずSkill(技能)が欠けていることにすら気づいていない、Staff(人材)は質的にも量的にも足りていない、Shared Value(共有されている価値観)として会社のコアバリューやミッションステートメントは自社HPに立派に表示されていても、CEOですら日常の仕事ではまったく顧みることなく実行していない、程度の違いはあっても、そうした歴史の短い企業はざらにあります。
実際、混乱の歴史がそのままその企業の歴史となって、混乱を生き抜くことこそがその組織で真に生きているShared Valueと思われる企業に出会うことは間々あります。仮にそうした企業であっても、ここでいう「ミニ・プラン」アプローチは有効です。むしろ、混乱と不足と未整備が続いている中小企業やベンチャー企業こそ「ミニ・プラン」アプローチで物事を進めていくべきです。
つまり、企業規模が小さいからこそ、1ヶ所を変えるだけで全体が一変することも珍しくはありません。極端な例を言えば、社員一人を入れ替えるだけで、新たな社員がもちこんだスキルや価値観が他の人々に影響を及ぼしたり、その人の仕事のやりかたが標準となってスタイルやシステムが整備されたりすることもあります。これはCEOや創業者といったいわゆるリーダーを代えることに限りません。むしろ、アルバイトやパートタイマーの1人とか派遣社員や常駐の外注業者の1人が入れ替わっただけで、会社全体の組織運営のシステムやスタイルが大きく変わるケースを見聞きすることが往々にしてあります。
また、社外の関係者のうち、自社以外の6C(Customer, Client, Competitor, Cooperator, Community, Control)との折衝を通じて、自社のなかに取り組んだり新たに生み出されたりする7Sもあります。特に社外協力者や業務委託先(Cooperator)については、いっしょに仕事をすることを通じて、自社へのスキル・トランスファーが起こったり、業務システムを同じプラットフォームで一本化することを通じて業務効率が飛躍的に向上し仕事の質もよくなったり、新たなものの見方や考え方が浸透していったりするでしょう。最終的にはスタッフを移籍(ヘッドハンティング)したり会社同士の合併・統合に至ったりすることもあるでしょう。こうした動きも、組織デザインの方法のひとつとして検討に値します。
ただし、いずれの方法についても、全社で一気に導入するといった類のものではなく、ある部署や仕事の一部から少しずつ影響が広がっていくものです。業務提携や共同開発プロジェクトの立ち上げなど、対外的には大きく発表するにしても、現実には漸進的に進めるほうが好ましいようです。歴史が浅いということは、自己調節機能が未熟であり、全社で一気に何かを導入すれば、その反動も大きく副作用も避けられないということを、組織デザインを行う責任者はしっかりと認識すべきでしょう。
このように、組織の歴史や既にもっている自己調整機能などを読み込んだうえで、組織デザインをマッキンゼーの7Sなど、組織を分析・評価するフレームワークを活用してハードSとともにソフトSも検討していくことが肝要です。
文章作成:QMS代表 井田修(2020年10月6日更新)