組織 「組織という有機体」のデザイン 28のボキャブラリー(6)
(6)組織デザインに終わりはない
組織デザインを考え実践する上で最後に忘れてならないのは、組織デザインを表現することの難しさと一度表現したものの一人歩きです。著者は組織デザインを表現することの難しさを次のように言います。
ボキャブラリー26
組織図の箱、線、配置の意味するあいまい性を理解せよ。
一般に、組織図に表されている「箱」は組織のユニットを意味しています。事業部制であれば、個々の事業部、そして事業部の内部の部や課やチームなどの組織単位(ユニット)を表現しているはずです。
言い換えると、組織のユニットである以上、そこには個人名や役職の名称は記載されません。組織図を見ただけでは誰が事業部長であるかどうかわかりませんし、そもそも事業部の責任者を事業部長という役職名で呼ぶのかどうかも明記されていないほうが多いでしょう(注2)。
また、事業部のナンバー2を副事業部長と呼称したり、複数の箱に所属する人がいたりすると、とても組織を見ただけでは組織の実態は理解できません。こうしたことを明らかにするために、人員配置図や事業部ごとの名簿を用意する企業も多いでしょう。
欧米の企業では、一見「箱」が表示されている場合でも、そこには役職名と個人名がセットで表記されているのが標準的です。たとえば、箱の上段にExecutive Officer and Director, XXX Division、下段に個人名が記載されています。
組織図の線も日本と欧米では意味が異なると思った方がいいでしょう。欧米では、レポートラインといって上からの指揮命令とそれに対する下からの報告の関係性が表現されているのが一般的です。指揮命令系統が図示されているのです。
日本の組織図では、役職ごとの命令系統というよりも、予算や人員配置などに関する権限(枠)と捉えるほうが実態にふさわしいでしょう。事業部の枠の中で、〇〇営業部の予算や人員があり、〇〇営業部の予算や人員の範囲内に各営業課の予算や人員が収まっています。
組織図の配置という点では、一般に組織図はピラミッド型で上から下へと箱が増えるものが多いでしょう。なかには、顧客をいちばん上において最も下に社長(代表者)を置くことで、顧客第一主義を明示する組織図もあります。また、業務フローに沿って左から右へと価値創造の流れを示すように組織を図示するものもあります。いずれにしても、組織の枠組みを示していると解していいでしょう。
ただ、一度こうした箱を作り、線を引くと、それが当たり前になります。組織といえば、部があって課があって、それぞれの組織単位に責任者がいて、すべての社員は必ずいずれかの組織単位に所属して1人の上司が存在する、もし組織を変更することがあっても、それは箱の数や名称の変更に過ぎず、箱そのものがなくなったり、線が消えたりすることはあり得ないと思いがちです。そして、ある部署(箱)に属することで、その人の行動やものの考え方がその箱にふさわしいものとなります。営業は営業らしく、経理は経理らしく、話し方や身のこなしまである種の「らしさ」が出てきます。それは本人や周囲の人は気づきにくいものでしょう。こうなると、なかなか「らしさ」を打ち破って、新たな発想で仕事に取り組むことは容易ではありません。
組織をデザインするということは、組織図を書き換えることだけではなく、そこで働く人々の行動を変えていくことであるということは既に何度も述べてきました。組織図を書き換えただけで、こうした人々の考え方や動き方まで変えるというわけにはいかないことが理解できます。実際の仕事のやりかたやそこで働いている人々の日々の動き方にまで影響を及ぼさないと、行動変容は起こりません。
そのことを改めて確認した上で、組織デザインの考え方や捉え方を最後に紹介します。
ボキャブラリー28
組織デザインは4段階に発展する。
著者が論ずるところによれば、組織も都市デザインと同じように、実体論的・機能論的・構造論的という3段階を経て捉える必要があり、それに加えて組織や都市を動かす何らかのソフトウエアにも着目することで、単なる箱として組織を見るのではなく有機体として組織を理解する必要性があります。
長くなりますが、本書より組織デザインの4段階についての記述を以下に引用します。
第一段階では、組織に関して「見える」部分、すなわち組織図に着目する。したがって、個々の職位や部課が明確に定義され、上位下達による命令と統制、意思決定プロセスを保証するピラミッド型の組織であると考える。(中略)
第二段階は、形態ありきの実体論的デザインへの反省とも言えるが(中略)、形態をうんぬんするよりも、まず備えるべき機能や役割を重視すべきとするアプローチである。職務分掌や管理範囲などの定義、タスク分析による各部門の要員数の決定など、論理合理的ではあるが、暗黙に組織のヒエラルキーを前提にしている。しかも、機能はスタティックで「時間に伴う変化」という視点が抜け落ちている。(中略)
第三段階である構造論的段階では、第二段階の問題を克服する視点が加えられた。(中略)機能別組織なのか、事業・製品別組織、地域別組織、市場別組織なのか、あるいは、これらを一緒くたにしたマトリックス組織なのか等、どの組織構造が望ましいのかという問題である。(中略)
第一段階の実体論的段階から第三段階の構造論的段階まで、どれも組織を「ハードウエア」として語るものであり、一種の有機体である現実の一面しか捉えていない。(中略)実体論、機能論、構造論的アプローチではあまり考慮されない「組織内で人が動きまわる仕組み」を重んじる。(中略)人々は箱に与えられた役割に応じて行動するが、もっと多様な人間関係の中で判断しながら行動している。そのような行動に対し、あるときは刺激を与え、あるときは駆り立て、あるときは制御する仕組みがソフトウエアなのである。(中略)OSSまでつくり込むことで組織が期待どおりに動き、行動変容につながることが期待できる。そこで第四段階として「ソフトウエア論的段階」を提唱する。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」212~217ページより抜粋)
コロナ禍を契機として、従来の製品別の法人営業部を解体し、これからは顧客の規模別にリモート営業部として再編するとしましょう。
第一段階の実体論的アプローチでは、もともと製品別に3部門に分かれていた営業部(各部10名程度)を、名称はともかく顧客の規模別に大企業営業部・中堅企業営業部・小規模企業営業部・個人事務所営業部の4部門に変更し、それぞれに部長と営業担当7~8名を置くまでです。いわば、組織図を書き換えて、人員を配置することでもって、組織デザインとするのです。
第二段階の機能論的アプローチでは、新たに設置した営業部の果たすべき職責や役割を定義します。顧客を訪問する営業スタイルからリモートで営業活動を行うように変更するのであれば、プレゼン資料ひとつをとっても新たに制作しなければなりませんが、ではそうした資料作成は誰の仕事として定義すべきでしょうか。営業担当個々が作ればよいというのは簡単ですが、そのためのスキルがあるかどうかが問題です。各部に資料作成の専門家を配属することができればいいのですが、そういった専門家が社内で見当たらないかもしれません。同様の懸念は、リモート営業を支えるICTシステムなどの営業インフラの整備・サポートについても、人材の育成や社外専門家の活用などが図られることが必須でしょう。さらに部長などのマネジメントについても部の責任者としての職責を再定義します。
第三段階の構造論的アプローチでは、第二段階までの組織再編がどのように機能したのか・しなかったのかを検証して次の打ち手を考えることになります。仮に、営業部門を更に再編して部を廃止し、4営業部をひとつの営業本部とするとしましょう。その中は製品と顧客のマトリクスで若干名からなる営業チームを10程度置くようにするとします。そして、資料作成の専門家やリモート営業のシステムサポート専任者も置くといった形で、第一段階に戻って見直すようになるかもしれません。
いずれにしても、これらの第三段階までの諸課題が解決すれば、それでリモート営業がうまく行くとは思えません。
従来の営業の成功の鍵が、製品の技術力や品質、アフターフォローの体制などであれば、今後も同様の差別性が優位を維持・向上させるかもしれません。しかし、従来の成功が、顧客との人間関係や接待などであったとすると、リモート営業では自社の優位性が失われることを予測して動かなければなりません。もし、営業ノルマが厳しいが故に、ノルマをクリアできるだけの力量のある個人のスキルやノウハウに頼っていたのであれば、自社の優位性を発揮できない状況に陥ることも十分に予想されます。
従って、足で稼ぐからリモートでのアポ取りで稼ぐ、人間関係重視から提案内容重視へ、顧客の窓口となる個人を知ることから顧客の意思決定プロセスや組織的課題を知ることへといった変化に対応しうるように、営業担当に求めるスキルや適性、営業のスタイル、金銭的インセンティブの基準や支給額などを再設計しなければなりません。更に、営業担当やマネージャーを入れ替えたり、資料作成の専門家やリモート営業のシステムサポート専任者などがいなければ新たに雇用したり、フリーランサーを社内に取り込んだりといったことも、組織デザインの一環として取り組むべきでしょう。
こうした施策が功を奏したとしても、それで良しとするのではありません。新たに成果を挙げるスタイルや方法論が生み出されることが、いわば営業担当の行動変容といえます。リモート営業であれば在宅勤務も可能であり、これまでは営業担当やマネージャーとしては成果を挙げるのが難しかった人材であっても、活躍できることで、広く社員の行動が変わっていくでしょう。その結果、また新たな組織図の変更が求められるのです。
【注2】
事業部の責任者は、通常、事業部長と呼ばれるでしょう。しかし、そうでなければならないという法律もなければ、社会通念として確立しているとも言い切れません。実際、事業部のトップをディレクターやオフィサーといったカタカナで表示している会社もありますし、主管や統括といった言葉で事業部の責任者であることを表現している組織もあります。
文章作成:QMS代表 井田修(2020年10月19日更新)