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マネジメント課題としての事業承継(2)

マネジメント課題としての事業承継(2)

 

事業承継を考えていくうえで、最初に検討すべきテーマとして、現に行っている事業にはどのような見通しがありうるのか、そして承継すべき事業にどのような価値があるかといった、ビジネスの基本に関する問いがあります。

コロナ禍の収束に目途が立たない現状では、事業の見通しを過度に悲観的に見てしまう危険性もあれば、事業承継を断念して事業を畳もうとしても事後処理に要する資金がないという事態に直面する可能性もあります。特に固定資産については、あればあったでその活用に困ることが多いのは、自治体が対策を講じなければならないほど空き家が多い現状を指摘すれば十分ですし、なければないで借りている物件の契約期間や原状回復費用などが事業を止めるコストを高くしてしまう一因となっています。

 

さて、現状の事業の動向というと、今期の決算見通しを思い浮かべる人が多いでしょう。もちろん、それも重要ですが、事業承継を考える際には中長期的な収益の見通しこそが重要です。

今すぐ倒産やリストラに直面する恐れは小さいとしても、いわゆるジリ貧の状態で、中長期的には成長・発展・進化といった事業の革新は望めないと心の底で思っているのであれば、親族であろうと従業員や第三者であろうと、事業を承継させるべきではないでしょう。幕引き役を自ら進んで喜んで引き受ける人がいるとは思えません。ときには、承継してもらうほうは廃業を考えていながら、引き継ぐ人が事業の革新を進めていったため、事業承継が実現することもあります。

たとえば、前社長として松井証券の経営を担った松井道夫氏が、娘婿として中小の証券会社のひとつであった松井証券をネット証券に作り変えたエピソード(注3)は、外部の事業環境がまだ良かった時期に、承継した会社をビジネスモデルごと作り変えることに成功した実例のひとつと言えます。

次に、承継すべきものにどのような価値があるかが問われます。承継すべきものは「事業」といえばそうなのですが、その本質はさまざまです。

承継するのが法人という器であることもあれば、事業の実質を意味することもあります。松井証券の例で言えば、承継したのは証券会社の器でした。ビジネスモデルはごく一部を承継しただけで、その承継した一部(新たに始めた通信販売による証券販売)を発展させて、後にネット証券として生まれ変わることになりました。

同様の例は、ユニクロを展開するファーストリテイリングもそうです。もともと衣服の小売業だった会社(小郡商事)を継いだ柳井正氏が社名を変えSPAという業態に転換させたのが、株式会社ファーストリテイリングです(注4)。

一方、事業の実質を承継するという意味であれば、事業に不可欠な特許や公的な資格・免許、また土地・建物(立地条件)や機械設備といったハードな資産を承継しなければ事業承継の意味がありません。松井証券の例で言えば、証券業という免許を株式会社という器とともに引き継ぐことです。

それに加えて、製品やサービスを生み出す技術やノウハウ、顧客基盤、下請け企業や販売代理店などの取引先、フランチャイズの仕組みや加盟店、従業員などの人材、共有された価値(観)、事業運営上の手法やノウハウなど、いわゆる「目に見えない資産」にも価値があります。特に、大きな変革を伴う必要がない状態でそのまま事業を継続していくのであれば、こうした資産を適切に承継できないと、いくらハードな資産を引き継いでも、早晩、事業が立ちいかなくなるでしょう。

財務的な観点からは、資産(純資産)こそが承継すべき価値でしょう。より正確に言えば、現在の資産と将来の資産の現在価値の合算額ということになります。言い換えると、現時点での解散価値(=現在の純資産)だけでなく、現事業が将来にわたって稼ぎ出すであろう価値を現在価値に割り引いたものも含めて承継すべき価値と見るのが妥当です。この将来の資産の価値を左右するものが、固定資産などのハードな資産と「目に見えない資産」なのです。

つまり、事業の見通しというのは、財務的な価値を言い換えたものであると同時に、財務的な価値もまた非財務的な価値に裏打ちされていてこそ意味があるものです。故に、事業の中長期的な見通しがさまざまな資産価値の動向によってポジティブにもネガティブにも変動しうるのです。そして、それによって承継すべき事業の価値も変わってくるのです。

したがって、事業を承継させる人(現在の経営者やオーナー)も事業を承継する人も、事業の見通しや資産の価値の動向を定量的にも定性的にも把握することが、事業承継の作業に取り掛かる第一歩となります。

 

(3)に続く

 

【注3

詳しくは、松井証券株式会社HP「前社長松井道夫回顧録」第3章『おやんなさいよ でも つまんないよ』を参照してください。

 

【注4

詳しくは、株式会社ファーストリテイリングHP「沿革」1949-2003を参照してください。

 

 

  作成・編集:経営支援チーム(20201110日)