「図説 北欧神話大全」に見る“語り継がれるストーリー”(1)
近年、多くの企業や団体で創業の経緯や事業の歴史をストーリーとして語ることで、目指すべき事業のありかたや共有されるべき価値観などを内外に伝えようとしている姿をたびたび目にします。しかし、それらの試みは必ずしも想定された結果をもたらしているわけではないようです。
創業メンバーの出会いのエピソード、最初のヒット商品の開発秘話、思い切った投資や小が大を飲み込むM&A、そしてSDGsへの取り組みなどなど、尤もらしいストーリーを図や写真、時には動画で描いたところで、社員にも顧客などの社外関係者にもどこまで届いているのでしょうか。そんな疑問を禁じ得ない例が少なくありません。
歴史や神話は、興味のある人にとっては面白いものかもしれませんが、大半の人々にとっては退屈な話です。それでは、どのようなストーリーが人々の興味・関心を掻き立てるのでしょうか。
その代表的なものとして北欧神話があります。世界樹や聖なる泉がある世界で、オーディン、フリッグ、トール、ロキなどの神々が、黄金を作り出す小人族や運命を司る女神や巨人族などと、聖剣や聖杯を巡り、英雄の竜退治などのエピソードなども交えて活動する物語です。更に、歴史的事実を色濃く反映させていると思われる古代の王たちの物語が続きます。
北欧神話といえば、オペラに詳しければリヒャルト・ワーグナーの楽劇、特に『ニーベルングの指環』を、文学好きであればJ.R.R.トールキンの『指輪物語』(映画好きならば『ロード・オブ・ザ・リング』)を、アメリカン・コミックのファンであれば『マイティ・ソー』シリーズを、海外ドラマをよく見るのであれば『ゲーム・オブ・スローンズ』を思い出すはずです。そしてゲームでは、実に数多くのタイトルが北欧神話の影響を直接的に受けています。
同時に、北欧神話はより日常的な存在でもあります。
たとえば英語では、チューズデー(火曜日)の語源である戦争と空の神ティーウはチュール神に相当し、ウェンズデー(水曜日)の語源となったアングロ=サクソン神話の至高神ヴォータンはオーディン、サーズデー(木曜日)の語源である雷神スノルはトール、フライデー(金曜日)の語源の女神フリーゲは女神フリッグに当たる。(注1)(「図説 北欧神話大全」456~457ページ、以下本稿の引用はすべて同書より)
ちなみに、神話と言えばジョゼフ・キャンベルとその神話論(注2)にふれないわけにはいきませんが、一般の組織にとって必要なストーリーは必ずしも英雄(ヒーロー)が誕生する物語ではありません。相応に成長したビジネスであったり、長く続いている企業体であったりすれば、創業者や中興の祖と呼ばれるヒーローも存在するとは思います。今も変化し続ける組織やその構成員にとっては、ヒーローの出来上がったストーリーよりも、これからを考える際に何らかの指針となりうるものが求められているのではないでしょうか。
あの時はこう取り組んで失敗し、その結果、これだけの損害を被り、立ち直るのにこういう苦労があったとか、この時は〇〇というヒーローが出現して一旦は業績が持ち直したが、結局は他社に買収されて別の事業部門と統合されてから再度スピンオフされたとか、単なるサクセスストーリーでは済まないリアルなストーリーを魅力的に提示できれば、それに越したことはありません。
次回以降、北欧神話が展開される舞台やそこで活躍するキャラクターを例に、成功も失敗もあるストーリーが、長く語り継がれ、今も新たな創作につながるヒントを考えていきたいと思います。そして、組織にとって語り継ぐべきストーリーのありかたを見ていきます。
【注1】
このコラムにおける北欧神話に関する記述及び引用はすべて「図説 北欧神話大全」(トム・バーケット著、井上廣美訳、2019年原書房刊の日本語翻訳版)によります。
【注2】
ジョゼフ・キャンベルは世界中に広く分布する英雄(ヒーロー)譚は単一の基本的な構造があることを見出しました。それは、セパレーション(故郷からの分離、旅立ち)・イニシエーション(成長への試練、通過儀礼)・リターン(故郷への帰還)から成ります。概略はウィキペディアにあります。
作成・編集:QMS 代表 井田修(2021年11月17日更新)