「図説 北欧神話大全」に見る“語り継がれるストーリー”(7)
北欧神話の特徴のひとつにサイドストーリーの豊富さがあります。オーディンが直接姿を現してストーリーを展開するものをメインのストーリーとするならば、北欧神話の大半はサイドストーリーと呼ぶこともできます。
それらの豊富なサードストーリーのなかで最も重要と思われるのが、本書の第6章「シグルスとヴォルスングの一族」です。
この章は、英雄シグルス、その父母であり実の兄妹(双子)であるシグムンドとシンフィヨトリ、剣や指環を作る鍛冶屋のレギン、黄金を守る竜(レギンの兄で強欲なファフニールが変身した姿)、炎の中で眠り続けるヴァルキリーのブリュンヒュルド、黄金の指環を巡る偽りの結婚、復讐と殺戮の連鎖などの要素からなります。ちなみに、ワーグナーの「ニーベルングの指環」の第1夜「ワルキューレ」と第2夜「ジークフリート」は、正にこのストーリーに沿って物語が展開します。
こうしたサイドストーリーのひとつのグループが、「シグルスとヴォルスングの一族」に代表される神々と人間のストーリーです。オーディンなどの神々のほかにも、巨人族・小人族たち、さまざまな怪物たちなども登場して、神話と呼ぶにふさわしい物語が続きます。現代ではファンタジーとかSFアクションに近いものかもしれません。
もうひとつのグループが、伝説に彩られてはいても、より現実的で歴史的な存在の王たちです。北欧から北大西洋を西へと進みアイスランドやグリーンランドへ入植していった人々、東へと進み東欧からロシアへと遠征していった人々、南へと進み地中海世界へと航海していった人々などを、それぞれ率いていったリーダーたちの物語もあります。こうした人々のなかにはヴァイキングとして恐れられたグループもいたことでしょう。また、北欧には戻らず、進出した先で土着化し、それぞれの土地で皇帝や王に仕えた人たちも少なからずいたことでしょう。
これらの物語にはもはやオーディンの出番はほとんどありません。日本で言えば、古事記やその後の物語集、時代は下って平家物語などの軍記物語に相当するものでしょうか。
事実がある程度反映されているフィクションとしての物語であるため、王や貴族や騎士の功績や苦難が語られるものになります。その間にオーディンたち神々に祈る姿もあれば、神々の名を口にして戦うシーンもあります。それはそれで興味深いものではありますが、ラグナロクに備えてヴァルキュリーたちが亡くなった王たちやヒーローたちをヴァルハラに連れていくわけではありません。故に、サイドストーリーと呼ばざるを得ないのです。
オーディンは来るべきラグナロクに備えるべく知識と勇者を求めて諸国を彷徨います。多少のフィクションはあっても歴史上の王たちや歴戦の勇者たちも、北欧以外の世界に広がっていきます。その結果、現代を生きる私たちにつながるところが多々あることに驚かされます。特に地名や人名、容貌や紋章、人物造形やキャラクター設定など、その由来を辿ると北欧神話に行きつくことが往々にして見られます。
企業やブランドを語るストーリーも、それを知った人々が自分たちの日々の生活のどこかに普段は意識せずに使っている製品やサービスを通じて、意外な発見があるとストーリーを楽しむことができます。決して、企業やブランドからの主張や発信を他者に押し付けるのがストーリーに求められる機能ではありません。ESGやSGDsが問われる現状では、どうしても企業やブランドからの発信もESGやSGDsを強く意識したものになりがちですが、それでは惹きつけられるストーリーとはならないでしょう。
もちろん、いまさらリーダーやヒーローの活躍を語られても、単なる昔話を超えるものは感じられません。さまざまな経緯があり、試行錯誤や失敗も経験して、個人ではなくチームや組織としてどのように困難に取り組んできたのかがストーリーとして語られるべきものでしょう。ちょうど、オーディンが神々や王たちに示唆を与えるように、現実の組織のリーダーもチームやビジネスに示唆を与えて導くといったアプローチが求められているのではないでしょうか。
作成・編集:QMS 代表 井田修(2022年2月4日更新)