「図説 北欧神話大全」に見る“語り継がれるストーリー”(8)
ストーリーとして語られる歴史や神話の代表的なものとして北欧神話の骨格となる部分を紹介してきました。世界樹や聖なる泉がある世界で、オーディン、フリッグ、トール、ロキなどの神々が、黄金を作り出す小人族や運命を司る女神や巨人族などと、剣や指環を巡るエピソードや英雄の竜退治などを交えて活動する物語です。そして、歴史的事実を色濃く反映させていると思われる古代の王たちの物語が続きますが、その詳細は本書や別の文献・資料などに委ねます。
企業や団体、製品やサービスのブランドなどで、創業の経緯や事業の歴史をストーリーとして語ることで、目指すべき事業のありかたや共有されるべき価値観などを内外に伝えようとしています。特にESGやSDGsが企業経営において重視されていくなかで、単なる財務指標ではない業績目標を達成していくには、何らかのストーリーをもってこれらの目標を達成すべきなのか説明していく必要があります。
ここで注意したいのは、ストーリーは面白いものでなくてはならないということです。ストーリーはビジネスのレポートではないので、数字とロジックと影響評価が合理的に展開されればいいというものではありません。
企業やブランドのストーリーは、連続ドラマではないので次回もまた新たな展開が待っているわけではありません。むしろ同じテーマが繰り返されるような展開でしょう。それでもついつい読みたくなるだけの魅力ある物語やキャラクターが登場して、いわばマンネリであっても魅力的であるものであることが求められます。
つまり、ストーリーの骨格は変わらなくても、血肉の違いがおもしろさとなり、人々(役員、従業員、顧客、取引業者など)を惹きつけるものが必要となります。個々のエピソードにオチもなく、物語を細部まで描き切ることもせず、キャラクターも魅力に欠けているのでは、誰も惹きつけられません。数字や事実を書くよりも、何かを探求する姿を(失敗も含めて)描くほうが人々の共感を得やすいとすれば、その姿を繰り返し描き出すところに注力すべきでしょう。
北欧神話が今でも日常的な存在であるように、企業やブランドのストーリーもまた、いつでもそこに存在し日々の活動の中に溶け込んでいることも重要です。決して、過去を美化した大言壮語やビジネススクールの教科書で見るケーススタディではないのです。
北欧神話においてオーディンが英雄たちの前に現れて予言を行ったり、実在の王たちがオーディンらの神々に祈ったりするように、企業やブランドのストーリーもまた、今日の顧客及び現に働いている従業員や外部委託業者などが口々に語るものです。ストーリーは〇〇ブックとか紹介映像として配布されるものである必要はありません。そうではなくて、人々が意識しなくても、つい語ってしまうエピソードがストーリーなのです。
本書は図説版なので、神々の姿はもとより神話が描く世界やその世界の状況なども絵画やレリーフなどで紹介されています。こうした表象は神話をイメージするのに役立つ半面、個々のキャラクターやシーンのイメージを固定化してしまう虞もあります。
さまざまな組織や製品・サービスを紹介するのに、いわゆる“ゆるキャラ”やイメージキャラクターとしてタレントなどを活用する例が多く見られます。それらが仮に、ストーリーが喚起するイメージとぴったり一致するとしてもイメージの固定化を強化するだけです。まして、イメージと一致すると判断しているのは組織側であって、製品・サービスを購入して活用する側ではありません。組織のもつ意図に従っているのでは、単なる思い込みやプロモーション上の狙いだけでイメージを押し付けているケースも少なくないでしょう。
ストーリーのもつイメージ喚起力を信じるならば、画像や図像などの具体的なイメージを提示することを敢えて控えて、言葉による語りで伝えていくべきでしょう。これは、CMやSNSの映像・音声が溢れている現実では、なかなか難しいことですが、自然と語りたくなるものこそ、本当の(お仕着せでない)ストーリーであるはずです。
作成・編集:QMS 代表 井田修(2022年2月15日更新)