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再検討を要するリスクマネジメント(4)

再検討を要するリスクマネジメント(4)

 

2回でリスクファクターをざっと洗い出してみましたが、実際のリスクには実に様々なものがあり、それらすべてを洗い出して対応策を検討し実施していくというのは、リスクマネジメントとして実現可能なアプローチとは言えません。

と言って、自社の直面しているリスクを見て見ぬふりをして、いざ何かが起きてから対処すればよいと開き直るのでは、とてもマネジメントと呼べるものではありません。

どのようなリスクが現実的に備えるべきリスクで、限られた経営資源のなかで何をどこまで振り向けるのかを見定めて、想定される損失を極小化し得べかりし利益を少しでも実現できるように、可能な限り事前に準備しておきたいものです。

 

まず、外的なリスクファクターにすべて対応するというのは、原理的にも実際上も不可能であることは誰でも理解できます。原理的にはすべてのリスクファクターが予見可能であるはずがありません。未知のウイルス、未だ開発されていないテクノロジー、それらを活用したビジネスチャンスまたはテロの危険性など、SF的な発想をもってすれば、未来にはリスクしかない(同時にビジネスチャンスも無限であるはず)と思われます。

実務面では地政学的リスクひとつをとっても、世界中を網羅することは無理ですし、そもそも必要性がないでしょう。ユーラシア大陸に限ってもそうそう予見できるものでないことを実感させられている企業も多いはずです。アジアのリスク、中東のリスク、アフリカのリスク、ヨーロッパのリスク、北米のリスク、中南米のリスク、大洋州のリスク、南極のリスクなどなど、地域を細分化すればするほど、すべてに対応するシナリオを用意するだけでも相当のコストと労力がかかります。リスクを分析するには地域をより細かく見ていく必要がありますが、これらを網羅的に扱うには専門の組織が必要であることは明らかです。グローバルに事業を展開する総合商社やメディア企業でもカバーしきれません。外務省HPなどで情報を確認するくらいが一般にできることでしょう。

自然現象によって生じる損害や影響を定量的に評価できる(損失の程度に応じた発生確率が計算できる)のであれば、保険を付保することも可能ですが、地政学的なリスクとなると、ある日突然現実化して初めてそのリスクを思い知ることになりがちです。その一例が、昨日(328日)より実施されている新型コロナウイルスに対する上海のロックダウンです。

ある程度は予想されていたはずとはいえ、このように突発的に顕在化したリスクに対処するには、「〇〇の事態になったら××の措置をとる」といった想定シナリオを事前に用意しておき、いざとなったらそのシナリオに従って対応策を取ることでしょう。上海のケースで言えば、在宅勤務と自宅待機を一定期間(2週間から1ヶ月程度)継続してもいいように、食料品や日用品を日常的にもっておくといったことでしょうか。企業としては、上海の拠点が機能しなくても他の拠点で代替できるように業務面で相互にカバーしておく体制を事前に整えておくことになります。

このように、リスクマネジメントとしての基本的な対応策はリスク分散(他の拠点でカバー)と余力保持(食料品や日用品を多めにもつ)です。著名な例としては、アイリスオーヤマがあります(注1)。同社は主要な拠点を日本だけでなく、中国・韓国・台湾・ベトナム・タイ・米国・フランス・オランダにもつ上に、7割稼働と呼ばれる生産余力をもった操業体制を常態として行うことで、マスクなどで見られた緊急増産を実現することができる体制を組んでいます。

メーカーの大半がサプライチェーンの効率化を狙って在庫を極小化し稼働率をギリギリまで高める体制をとっていたのに対して、同社のアプローチがリスクマネジメント面だけでなく事業戦略面でも高く評価されるところです。宮城県に本社や工場を置くため、東日本大震災から得た教訓も反映されているのではないかと思われるアプローチです。

ただし、こうしたアプローチには投入すべき経営資源が相応に必要な上、事業運営の効率という面ではマイナスが生じることは不可避となります。特に業績が悪化した場合には、操業率を高めるとか稼働していない生産ラインや人材などを削減すべきといった要求が投資家や金融機関などからのプレッシャーとして経営陣にかかってくることが必定です。

リスク分散と余力保持というリスクマネジメントの基本的なアプローチは、同時に一次的なリスクに対する経営資源の最適配分(バランス)を考えるだけでなく、二次的なリスク(レピュテーションリスクやいわゆる風評被害を蒙るリスク)についても事前に評価した上で、具体策を検討しなければなりません。一次的なリスクに対しては、いささか過大な対応と見えたものが、リスクが現実化した途端に称賛に変わることを、アイリスオーヤマの例は教えています。

反対に、サプライチェーンの効率化を高いレベルで実現していたところほど、発生したリスクに対応するのに予想以上に時間がかかり、なかなか復旧できない状況が続きます。時には年単位の時間と応援要員が求められます。それでもなかなか操業度が上がらず、製品納入に遅延が生じたままになるなど、リスクマネジメントの稚拙さが経営全体に悪影響を及ぼすことになるのです。

 

(5)に続く

 

【注1

アイリスオーヤマに関する記述は、同社HP及び以下の記事によります。

アイリスオーヤマ、7割稼働の経営論が話題 人生もこうすれば「緊急時に10割出すのね」「気持ちが楽に」と10万人が共感(まいどなニュース) - Yahoo!ニュース

 

 

  作成・編集:経営支援チーム(2022329日)