「人材版伊藤レポート2.0」を読んで(1)
先月、「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~」が経済産業省から公表されました(注1)。既に目を通された方も多いでしょう。
このレポートは2.0と言うように、2年前に同じ経済産業省から公表された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」の続編に当たるものです。研究会のメンバーも、2年前と同じ人が座長の伊藤邦雄 一橋大学CFO教育研究センター長を始めとして10名おり、事務局やオブザーバーを含め、体制が継続されています(注2)。
さて、2年前の人材版伊藤レポートからこの2年弱の間にも企業環境を取り巻く変化は急激で、解決すべき課題の例として次のものが指摘されています。
〇近年、企業が直面する人的資本に関する課題の例
ü デジタルスキルの習得が間に合わず、新たなツールに順応できない主に50代の社員と、若手の社員の間で、コミュニケーションの齟齬と価値観の相違が生じている。
ü 脱炭素化の進展で、化石燃料を使用する分野に従事する社員が、自分のスキルが陳腐化することに不安を覚えるものの、他のスキルの獲得や、他の部門への異動には踏み出せないでいる。
ü 長引くリモートワークにより、各部署の目標や、個々人の役割分担について認識を共有しづらくなり、組織全体の管理コストが上がっている。
(「人材版伊藤レポート2.0」5ページより引用)
これらの課題を個別に見れば、人的資本に関する経営課題というよりも、もっとテクニカルな戦術的なレベルでの課題ではないかと思われるものも見当たります。この研究会での表現を借りれば、CHROレベルの課題ではなく人事担当マネージャーレベルの課題と捉えるべきものです。
とはいえ、企業情報の開示やコーポレートガバナンス・コードの対応などにおいても、人的資本に関する情報の取り扱いは、よりオープンであることが求められるとともに、経営の中核を担う人材(特に取締役やCXOという肩書をもつ上級の経営執行役員など)の多様化や計画的な育成について、投資家などの市場関係者からも注目を集めるようになってきています。
反対に、経営の中核を担うべき人材がミスを犯すと、企業経営全体に大きなネガティブインパクトを及ぼすことになるのは、今年は吉野家を他山の石としてしっかりと認識すべきでしょう。それだけ、経営の中核を担う人材をどうするのかということは、そこに勤める社員はもとより顧客や取引先、そして投資家や市場関係者にとっても、極めて重大な関心事なのです。
そこで「人材版伊藤レポート2.0」では、5つの狙いをもって人的資本経営の実態や課題を検討し報告書を取りまとめていますが、そのうち特に次の2点が肝要と思われます。
● 人的資本情報の開示に向けた国内外の環境整備の動きが進む中で、人的資本経営を本当の意味で実現させていくには、「経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するか」と「情報をどう可視化し、投資家に伝えていくか」の両輪での取組が重要となる
● 本報告書は、「人材版伊藤レポート」が示した内容を更に深堀り・高度化し、特に「3つの視点・5つの共通要素」という枠組みに基づいて、それぞれの視点や共通要素を人的資本経営で具体化させようとする際に、実行に移すべき取組、及びその取組を進める上でのポイントや有効となる工夫を示すものである。
(「人材版伊藤レポート2.0」10ページより抜粋・引用)
次回以降、このコラムでは「人材版伊藤レポート2.0」の概要をご紹介するとともに、個別企業の現実に即した形で人的資本経営を実践するヒントを探っていきたいと思います。
【注1】
以下のサイトに5月13日に公表されました。
「人材版伊藤レポート2.0」を取りまとめました (METI/経済産業省)
なお、このコラムでは、上記サイトにおける「関連資料」所収の「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書(人材版伊藤レポート2.0)」「実践事例集」「人的資本経営に関する調査 集計結果」を5月31日時点で閲覧したものに基づいて、検討・引用しています。
【注2】
前回で退任したメンバーが4名、新たに研究会に参加したメンバーが8名となっています。また、オブザーバーは金融庁企画市場局情報開示課、事務局は経済産業省経済産業政策局産業人材課(前回は産業人材政策室)です。
作成・編集:経営支援チーム・人事戦略チーム 共同編集(2022年6月3日)