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より高い給与を得るには(4)

より高い給与を得るには(4

 

さて、自分の給与について立ち位置を把握できたとして、次はより高い給与を得るため採るべきアクションを検討していきます。

給与の立ち位置を知れば、自ずと明らかになることがひとつあります。それは、大企業の正規雇用者である立場を捨て去るということは、給与の面ではダウンサイドリスクが極めて大きいという現実です。これは公務員も正規雇用者であれば同様です。

反対に、それ以外の雇用者は、大企業や公務員として正規に雇用されると、一定の給与の上昇が見込めるのです。いきなり給与アップが実現するのは金額としては小さいとしても、中長期的な昇給見通しは相当程度に確定的であると言えます。

言い換えると、中小企業の非正規雇用者は、(より小規模な企業やより業績が悪い企業に転職せざるを得ないか、非正規であろうが正規であろうが、そもそも雇用される可能性が限定的であるため)ダウンサイドリスクはゼロではありませんが極めて限られたものです。それに対して、大企業の正規雇用者は転職という行為を通じて期待される給与アップは、より給与水準の高い優良大企業に転じない限りは、給与が上昇する機会はそうそうないのです。

ここから得られる結論は、より高い給与を得たいのであれば、大企業や公務員の正規雇用者(特に新卒定期採用で入社した者)は社内の昇進を目指すのが合理的で、転職や起業で社外に転じるのは極めてダウンサイドリスク(=給与が下がる可能性)の高い行為であるから一般的には選択すべきではないということです。

有体に言えば、大企業で正規雇用者として勤め続けることは、昇給への早道なのです。内部昇進して管理職になるのが最も確実で効果的な給与引き上げ策でしょう。もし、管理職になった時は基本給や役職手当の増額分を残業代の減少分が上回ることもあるかもしれません。そうなったとしても、その先のより高い給与へのアクセスを確保する方が大事で、役員就任の可能性がゼロではないなら尚更、目先の給与額に拘らないほうがいいでしょう。

もちろん、MBA取得を目指して社費留学して外資系企業に転職することで一気に給与アップを実現するという手法もあります。いずれにしても、中長期のキャリアビジョン、それに伴う給与ビジョンをしっかりともつことが肝要です。

この場合、思うように昇進が実現せず、一定のタイミングで早期退職や役職定年などを迎え、セカンドキャリアを選ばざるを得ない状況に追い込まれたとしても、処遇面の有利さは否定できません。そもそも非正規雇用者にはセカンドキャリアも何もありませんし、中小企業やベンチャーは割増退職金を支払いたくても資金がありません。結果的に、キャリア全体を通じて得られる報酬総額(給与、賞与、退職金・年金などの総額)という点では、企業規模が大きいほうにメリットがあります。

大企業や公務員の正規雇用者以外の雇用者については、大企業や公務員の正規雇用者に転職することが合理的な選択肢です。ただ、これは実現可能性という点で極めて低いと言わざるを得ません。

より現実的に給与を引き上げようとすれば、成長性や収益性が期待できる組織にできるだけ早い段階でメンバーとなって、組織の成長や収益の向上を実現させる当事者の一端を担うことが望まれます。中小企業やスタートアップでは、成長する企業の従業員番号の若い人になるのが一番の給与引き上げ策となる可能性があります。また、外資系、特に日本にこれから進出しようとしているとか、進出して間もないとか、進出したもののビジネスが思ったように伸びていないといった外資系の企業に転じるのも一計です。

このアプローチは、給与アップを実現するという点で仮に失敗に終わっても、次のチャンスを窺うことができます。企業規模、業界、地域、職位、性別など必ずしも本人の努力だけでは如何ともしがたい要因で給与が低い企業に現に勤務しているのであれば、こうした転職を企図するか、または起業(フリーランスや自営業を含む)を成功させるしか、給与をアップさせる機会はあり得ません。多くの人にとって、起業やフリーランスで成功することと、中小企業やスタートアップや外資系企業で転職を繰り返しながら所属する組織が成長して大きく儲かるようになることを比較すると、後者の方がより可能性が高いのではないでしょうか。

 

転職を通じて給与を増やすには、いくつかの条件があります。

第一の条件は、次の仕事を確定させてから、今の仕事を辞めることです。この順番を逆にすると、給与を引き上げるどころか、多くのケースでは給与ダウンを招くでしょう。最悪の場合、次の仕事が見つからず(あっても条件面で受け入れることができず)、失業の期間が生じてしまいます。

一般に、病気や自然災害などによる突発的な解雇による場合を除く事由で失業した時は、その失業の期間が短ければ短いほど(理想は0日)、履歴書を読む側(雇用しようとする企業の経営者や人事担当者)の心証はポジティブで、反対にその失業の期間が半年を超えるなど長いほど、その履歴書の印象はネガティブになります。いくら、キャリアブレイク(注7)が注目される時代とは言え、意味もなくキャリアの空白期間があることは、雇用者から見て決してポジティブに思われることはないでしょう。但し、次の第二の条件が満たされるようなキャリアブレイクであれば、転職や社内でのキャリアの転換にプラスとなるはずです。

第二の条件は、スキルのピボット(注8)を実現することです。

少なくとも、同業他社で同じ仕事というのは、何らかのキャリアアップを目指し給与をアップさせようと思うなら、避けた方がいいでしょう。というのも、同業他社で同じ仕事では、できて当たり前で、新たに雇用したほうはそれ以上のことを期待するのが必然だからです。キャリにおけるエクスペクテーション・コントロールの主導権を転職する働く人の側がもたない限り、給与は上がりません。よくて現状維持、期待値が高い新たに雇用した企業側(経営者や上司となる人)の期待を損ねれば、退職を求められても嫌とは言えません。

第三は、給与について話し合う相手を間違えないことです。大企業では人事部門の責任者(人事部長とか人事担当の執行役員など)、中小企業では経営者か経営者の右腕として管理部門を管掌している人といったところでしょうか。要は、給与について現実に意思決定できる人を選んで話すことです。事務処理をするだけの担当者や実務レベルの管理職と話しても、給与を交渉することにはなりません。

まともな企業であれば、就業規則(給与規程)にある通りに給与管理をするだけです。労働組合があれば、給与の引き上げは団体交渉によりますから、実は個別に交渉するのは中途採用での入社時しかないのです。初任給も学歴別に一律に定められている組織が日本では圧倒的に多数を占めます。

オーナー会社で中小企業であればオーナーや経営者に直訴という手はありますが、成功の保証はありません。入社前なら思い切って欲しい給与額を主張してもいいかもしれませんが、逆鱗に触れる虞もあります。

ちなみにアメリカでは、上司や役員に人件費を含めたコスト管理の権限がありますから、会社の人事方針(ポリシー)はあるにせよ、誰をいくらで雇うかを決める権限もあれば、いくら昇給させるかを決める権限もあります。

第四は、給与のことを話題に載せるタイミングです。入社前の最終面接、入社直後の面談、試用期間が終わったところ(入社後23ヶ月後程度)での話し合い、入社後1年の時点、といったところが適切なタイミングでしょう。

何回も「給与をもっと高くしてくれ」というのではなく、これらのなかで一度のチャンスを捉えて、最も意思決定に力がある人に話すことです。時には、人事部門の責任者に対して、中途採用時の給与が低かったので是正して欲しいと翌年まで訴え続けるという方策はあります。

 

ちなみに、給与の交渉を行う際にはいくつかのポイントがあります。

例えば、給与について交渉するには、一般には手短に行い、無駄に粘らず、長期化させないほうが良いとされますが、これも状況に拠ります。筆者が見聞したものの中には、中途採用されて1年後の面談で、人事部長と3時間以上も話し合って、管理職クラスへの昇進とそれに伴う昇給(約3割アップ)を勝ち取った人もいます。このケースは、何度も断られて嫌な顔を見せられても、こちらはニコニコと笑顔で席を立たずに粘り続けることそのものが、極めて高いネゴシエーション・スキルに他ならず、通常のビジネスパーソンにはないレベルでした。

給与の交渉では、何を交渉するのか、事前に頭の中を整理して交渉に臨む必要があります。給与の金額そのものとしても、それは年収か月例給与か、固定部分はどこまでで変動部分はどれほどあるのかを話し合います。同じ業界で同じ職種であっても、月例給与は固定部分が大半で賞与は基本(固定的)と会社の業績によって変動する部分がある程度の会社もあれば、月例給与は固定部分が半分ほどで後は四半期ごとの個人の業績評価の結果で変動するとか、賞与は会社の業績と個人の業績の掛け算で決定されるという会社もあります。入社前にどこまで情報を入手できるかわかりませんが、「今の会社では〇〇ですが入社後はどうなりますか」と尋ねることはできるはずです。

交渉するのは給与の金額や固定・変動の比率だけではありません。例えば諸手当や通勤手段(住宅や扶養家族への手当、通勤の手段やその費用負担の問題、公共交通機関を利用するだけか社有車やタクシーでの通勤を認めさせるか)、福利厚生プログラム(社宅、子女の教育費、両親など高齢者の介護の手段や費用など)、勤務時間や勤務の場所、業務上必要な機器類(パソコンや通信のスペックなど)や備品なども幅広く交渉材料とすべきです。

雇用される側だけが給与について交渉しようとするわけではありません。雇用する側も給与について交渉するものです。その際にベテランの採用担当者(中途採用や幹部採用など)であれば、現在の肩書よりは一つ二つ高そうな肩書を用意します。事業部長や本部長といった肩書で人を釣ろうとするのは、昔からよくあるテクニックです。お金は出せないが、コストのかからないものは何でも出すということは往々にして見られます。

転職しようとする側でも妙に肩書を欲しがる人がいるのも事実です。本当により高い給与を得たいと思うのならば、肩書や秘書付きの個室や運転手付きの車といったものを頭の中から一掃して、給与の交渉に臨まねばなりません。

とりわけ今年や来年については、初任給の急激な引き上げが行われる企業が相当あるので、20歳代で転職する人は初任給との比較も必ず行うべきです。2年、3年の実務経験であっても、新卒で未経験の人よりは遥かに実務能力はあるはずですし、ビジネススキルを広く見せることができるでしょう。非正規で雇用されているとして、未経験者よりは時間単価が高くなければ合理的ではありません。既に身につけているスキルや今までの業績への寄与分が給与に適切に上乗せされて、初任給(の時間単価)よりも明確に高くなっているのか、確認を要します。

 

【注7

キャリアブレイクについては、以下のサイトを参照してください。

一般社団法人キャリアブレイク研究所 lit.link(リットリンク)

 

【注8

スキルのピボットとは筆者の造語です。スキルを開発する際に、ある種の軸をもって行うことがキャリアを展開していく早道ではないかと思い、作ってみた言葉です。

数十年に及ぶ(かもしれない)ビジネス上のキャリアを展開していくには、従来の直線的な昇進モデルだけでは成立しないことは論を俟ちません。とは言え、リスキリングを個人の努力で行う再教育にすべてを任せるというのは、仮に新たな最先端のスキル(そういうものが教育プログラムで身につくようななった時点でそのスキルは陳腐化しているのですが)が習得できたとしても、それが現実の組織や業務のなかでどのように活かせるのか、本人にはわかりません。

リスキリングと同様のことは、公的資格を取得すればキャリアチェンジができて新たなキャリアが開けるかのようなイメージを与える広告にも見られます。実務上必要で、その資格を取得したその日から仕事に活かすのであれば公的資格も無駄ではありませんが、現実の仕事で使ったことがない公的資格は正に宝の持ち腐れです。

ビジネスキャリアを展開するには、それまでの仕事を通じて身につけてきた経験・知識・スキルなどに加えて、仕事以外の面で身につけてきたものをすべて活用して、自分にとって新たに直面する仕事の場面に対応することで、自分にとって新しく組織にとって価値のあるスキルを開発し続けることが求められます。

その際に、すべてをゼロから組み立てるというのでは効率が悪過ぎます。自分にとってキャリア展開やスキル開発の軸となるものを見据えて、その軸は動かさずに向きを変えて(=これまでとは異なる場面で)これまで身につけてきたものを転用・応用しながら、そこに多少なりとも新しいスキルを加えて結果を出すほうが効率的ですし、当たり外れのブレも小さくコントロールすることができます。

スキルのピボットを考える際に最も問題となるのは、そもそも自分のスキルが何かがわかっていないことです。

よくあるのは、自分は事務しかやってこなかったので、これといったスキルはないというものです。事務処理とはいえ、少なくとも、パソコンを使って文書作成や表計算くらいは行っているはずから、一般的なワードやエクセルの操作スキルでも、それらに欠ける職場では、雇用される際の武器になることも十分にあります。本人は気づいていないだけで、事務処理がきちんとできるだけでも、特に中小企業では、けっこう重宝されるポータブルスキルと言えます。

また、物流業界にしか勤めたことがなくドライバーなどの配送・配達業務しかやったことがないとか、倉庫で軽作業に従事しただけという人も、自分のスキルに気づきにくいでしょう。一定の区域を配送・配達で回っている人は、その地域のこと(人や土地など)をよく見知っているはずです。そのまま、不動産業界や流通業界で建物や店舗などの開発業務やセキュリティ業界などで、その地域に関する知見(いわゆる土地勘)を活かす場面が出てくるでしょう。

倉庫で軽作業を行うだけとは言っても、一人で作業を行うだけではなかったはずで、数人からなるチームで仕事をしてきたのであれば、チームメンバーの受け入れ・作業指示・勤怠管理・緊急時対応など、マネジメントやリーダーシップといった事項の基本的なものをこなしてきたでしょう。そして、コミュニケーションのスキルがないはずもありません。そうした経験に、マネジメントやリーダーシップに関する体系的な知識やコミュニケーションやレポーティングの実践的なスキルを身につけておけば、どのような業界に転じても損のないポータブルスキルを習得していることになります。

このように、スキルのピボットというのは、同じスキルでも活用する場面(業種業界、職種、職位、職場など)が違えば異なる価値を生むことに気づき、仕事を通じてその価値を現実化させることです。

スキルのピボットについては、実はエピソードとして語られたり記事化されたりすることが良くあります。そのほんの一例ですが、以下の記事(脚注)に紹介されている高橋さん(仮名)と川田さん(仮名)のように、本人に明確な意図がなくても結果として成功しているものが少なくありません。特に高橋さん(仮名)のケースは、転職には至っていないものの、テーマに沿って同業他社の取り組みとの比較などをきちんと調べてレポートにまとめるという、研究者としては当たり前のことを当たり前にするだけで、社外でのインターンシップで高い評価を受けています。

こうした紹介記事は、さまざまなメディアで見られます。その際に、大手企業勤めではない、理系ではない、外資系ではないなどと、自分には関係のないことである理由をつけて目を背けるのではなく、こういう人がいるのなら自分にもチャンスがあるはず、と思って自分のスキルや興味をもっていることを転職サイトで検索してみましょう。そこで意外なスキルのピボットにつながる発見があるかもしれません。

このように、具体的な転職活動をいきなり始める前に、いわばウォーミングアップを行って頭(計画)と手(行動)を馴らしておくことが必要です。

【脚注】ここで採り上げているのは、東洋経済オンラインの「キャリア・教育」>「リーダーシップ・教養・資格・スキル」に掲載されている記事“「ほとんど仕事がない」50代部下なし管理職の苦悩”(2023227日公開)です。

 

 

作成 QMS代表 井田 修(202331日)