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転職を阻む壁(2)

転職を阻む壁(2

 

 転職を阻む壁の第一は「個人の属性の壁」です。これは、性別や年齢(生年)といった本人に選択の余地のない事項について、転職しようとする本人も転職者を求める組織も、間違った思い込みや無用な条件設定をしてしまうことで生じる壁です。

 例えば、募集要項に「年齢50歳程度まで」とあったとしましょう。この場合、55歳の人が応募しようとするとしても、50歳程度までということは55歳の自分は書類選考を通ることはないだろうと判断して(過去にそうした経験があったならば尚更)、そもそも応募をしない可能性が高いです。まして、転職サイトで条件検索をするのであれば、最初からこの募集要項を出している会社は、候補先としてピックアップされないでしょう。

 募集している会社のほうは、実は50歳にさほど拘っているわけではないケースが少なくありません。職場のメンバー構成や職務内容から、50歳くらいまでであれば望ましいかな、という程度であって、55歳の人でも60歳の人でも、応募してきた人本人の経歴・職務経験や希望などを見てから書類選考の採否を判断するでしょう。もっと言えば、他の応募者と比べて年齢以外の要素で望ましいものであれば、一度面接してみようとなる可能性が高いのです。

特に、人材採用が難しい組織や職種ほど年齢を条件として厳格に運用することはないはずです。そういった組織の中には、高年齢者に絞って人材募集をするケースもあり、年齢が高いからと言って労働市場で価値があまりないと決めてかかるのは早計と言わざるを得ません。

もっとも、年齢を条件として不採用とすることがないわけではありません。その場合、多くは年齢を理由として遣っているだけで、本当は何らかの別の事情があって不採用と判断したのです。

 年齢について条件を明示していないのであれば、応募する人自身の体力や就業条件が許す限り、業界や職種に拘らずに転職の可能性を検討する余地は十分にあります。ゲームやエンターテインメント、IT関連やサービスなど、若い人でないと仕事をするのが難しい業種のように見えるものであっても、仕事の内容によっては年齢が高い人であってもできるものはあります。なかには、年齢が高い人の方が好ましい仕事すらあるでしょう。

 企業によっては、年齢を一切考慮せず、本人の成果物や実績だけで採否を判断するところもあります。特にプログラマーやデザイナーなどの職種を採用しようとする会社のなかには、本人が作製したプログラム(コード)そのものやデザインしたものを提出させて、これだけのものができるのであれば合格と判断するのです。年齢が採用されない要因だと本当に考えている人は、一度はこうした会社を選んで転職にチャレンジしてみるべきでしょう。

なお、年齢の下限を採否の条件として明示している場合は別です。深夜勤務など勤務体制や法規制上の理由で一定年齢以上でないと就けない仕事もあります。また、合理的かつ合法的に定年年齢を定めているのであれば、一定の年齢を超える人を採用しないと明示します。このように年齢を理由として就けない仕事はありますが、転職市場全体から見れば、極めて限られた例外的なものです。

 

年齢の壁は実はさほど考慮しなくてもよいとして、性別に関するものは転職を希望する本人の意識と転職者を受け入れる組織の制度的な面に関わる要素が大きいかもしれません。

例えば、「マネジメント職」「経営幹部(候補)」「営業(開発)リーダー」「プロジェクト責任者」と表現される職務には、一般に男性の応募が過半を占めて女性の応募は限られた数でしょう。一方、「サポート」「アシスタント」「セクレタリー(秘書業務)」「ケア」「サービス」などの単語を含んで表記される職務については、男性よりも女性の応募が多いでしょう。

いずれも性別を応募要件にしていないにも関わらず、言葉の意味内容や響きから男性向け・女性向けと感じ取られるところがあるのかもしれません。

特に非正規雇用が続いている人(その多くは女性)では、経営やマネジメントや責任者というのは、自分の職務経歴や実体験として該当しないと思い込んでいるケースが多いせいか、自分には関係のない仕事と見切ってしまうのかもしれません。反対に男性で正規雇用であった人ほど、実際にそれだけの経験を積み能力・適性などの面でも十分にあるとは言えない人でも、経営やマネジメントや責任者をやってきたと自負していることはよくあります。結果として、「マネジメント職」「経営幹部(候補)」「営業(開発)リーダー」「プロジェクト責任者」と表現される職務には、女性の転職候補者が少ないことになりがちです。

「サポート」「アシスタント」「セクレタリー(秘書業務)」「ケア」「サービス」などの単語を含んで表記される仕事は、一般に女性が就いていることが多く、男性スタッフを中途で採用したいと思っても、転職してくる経験者は見当たらないかもしれません。こうした仕事は、現に女性が多いので経験者も女性中心となり、雇用者は女性が就労しやすい労働条件を提示しがちです。そうすると、より男性が応募しにくく採用できなくなるという悪循環に陥りがちです。

このように、性別に関するものは、これまでの雇用の現実を反映して組織が提供するプログラムと、転職を希望する本人の職務経験や仕事へのイメージなどが一致するほど、男性が多いであろう職種に男性の転職希望者が、女性が多いであろう職種には女性の転職希望者が、それぞれ集まりやすい傾向がありそうです。その結果、男性中心の職種にしても女性中心の職種にしても、転職者を受け入れることで多様性を高めようとしてもうまく行かないのではないでしょうか。

DEIの重要性が人口に膾炙して久しいですが、ダイバーシティは性別・年齢や人種・国籍・宗教といった個人の属性が組織において多様であることです。人材の採用を通じて組織はダイバーシティを実現しようとしても、個人のもつ転職における先入観や過去の就労体験がダイバーシティを妨げている可能性は否定できません。

同時に、組織の側にも、エクイティ(処遇の公平性)やインクルージョン(組織の一員として受け入れること)の観点から改善すべきポイントは、まだまだあります。特に正規雇用に占める中途採用者の比率が低い組織(50%未満)ほど、中途採用者の処遇水準が低い(同じ仕事で同じ成果を生み出しても中途採用者の方が給与が低いなど)とか、そもそも中途採用者が職場で浮いてしまうなどカルチャー面での弊害などが、未だに多くの組織で見られます。

それらを改善することなしに、ダイバーシティを実現しようとして転職者を募っても、実現は困難と言わざるを得ません。まずは、社内でこれまでとは異なる人材登用や職種間異動を活発化することが先に取り組むべきテーマでしょう。

 

(3)に続く 

 

作成・編集:人事戦略チーム(2023312日)