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転職を阻む壁(6)

転職を阻む壁(6

 

 転職市場というと、転職を希望するビジネスパーソンを主に属性情報で区分して、転職の実例や募集条件などからより有利に転職を実現できそうな人には〇〇といった条件や××業界の△△職といったオファーを例示したり、そうでない人にはどのような条件(学歴、職歴、職務経験、資格取得状況、勤務地、処遇条件など)をクリアすれば希望する転職が実現しやすそうか助言したりすることをイメージするでしょう。従って、いわゆる市場性のある人や市場性の高い人には、転職の選択肢が提示されますが、市場性の低い人には選択肢があまりないことが明示されたり、市場性を少しでも高めるためには具体的に見につけるべきスキルをアドバイスされたりします。

 

 あるベンチャー企業で営業の責任者を募集しているとして、応募してきた次の3名についてその市場性を考えてみましょう。

 

Aさん:日本人男性40

都内で生まれ育つ

有名私立大学(法学部)を卒業後、東証1部(現プライム)上場会社に入社

関西営業部、本社経理部、本社営業本部営業改革プロジェクト室、仙台支社業務グループ・リーダーを経て、現在、本社営業本部営業企画部販売促進課長

既婚、子女2

「会社の看板ではなく自分の実力で勝負したいと思いながら、30代が過ぎてしまった。いまここでキャリアチェンジをして、安定よりも成長を目指す事業で営業組織を立ち上げてみたい」

 

Bさん:日本人女性35

小学校途中から高校卒業までをアメリカで過ごす

帰国子女の多い日本の私立大学(心理学専攻)を卒業後、日系大企業の関連会社に就職し営業管理を2年ほど経験

同社退職後、アメリカでMBA取得

帰国後、外資系企業2社にて法人営業およびマーケティング・マネージャーを経験

1子の出産・育児のため現在休職中

「リモートワークが可能であれば、育児と仕事を両立する自信があり、仕事に復帰したい。これまでの営業やマーケティングの経験を活かして、顧客開拓のチームを率いてみたい。将来は、経営全体を担う仕事がしたい」

 

Cさん:東欧出身女性30

母国で大学卒業(工学専攻)後、現地企業に2年間勤務

アニメなどの趣味が高じて25歳の時に来日

欧州系外資系企業に契約社員として2年間勤務の後、日系ベンチャー企業に業務委託者として転職し、現在、事業企画を担当

母国語と英語に堪能で、日本語も日常会話は問題ない

独身

「母国及び欧州市場と日本を結ぶような仕事をしたい。英語であれば書類仕事も大丈夫。」

 

 さて、この3名の中から年収800万円で、欧州の代理店向けに今年から新たに製品を輸出する4名(正規雇用者1名、契約社員1名、翻訳等の業務委託者2名)からなる営業チームの責任者を採用するとしたら、誰を選ぶでしょうか。

 多くの人たちは、Aさんを選ぶのではないでしょうか。仮にそうだとすると、Aさんが最も市場価値が高いように思われます。次はBさんでしょうか。それともすぐに働くとか、オフィスに常時いて欲しいといった労働条件の面からCさんが次点の候補者となるのでしょうか。

 

 これらの例を考えていただくことで、転職を希望する人について、採用しようとする組織は次のような観点からその人の市場性を評価することが想像できます。

 

・企業規模(大企業、中堅企業、中小企業など)

・業種業界(同業他社か関係のない業界か、人材が流出している業界か)

・地域(東京、首都圏、関西圏など大都市部か、福岡や札幌などの都市部か、それ以外か)

・資本特性別(外資系・国内資本系、オーナー系・非オーナー系、親会社・子会社・孫会社などによって処遇の内容や水準が異なるため)

 

次に、仕事を求める人の属性にも注目して、その市場性を検討することになります。

 

・性別(募集条件にないが市場性という点では差があるケースは多い、管理職・役員や社外取締役などに女性枠を設けている場合もある)

・年齢層(特に採用後の組織における年齢の上下関係)

・職種(営業・管理・開発といった大括りのレベルから、法人営業、素材産業から自動車産業へアプローチする技術営業といったレベルまで、開発と言っても技術分野や適用領域で細分化することができる。たとえば、ITエンジニアといったレベルで市場が存在すると考えられるのか、生産財のEC分野におけるCX(カスタマー・エクスペリエンス)エンジニアといったレベルで市場性が求められるのか、他の属性とも絡んで市場が異なることもある。)

・階層(一般、管理職、経営層など。「一般」と言っても未経験者レベルなのかベテラン経験者なのか、「管理職」と言っても第一線のマネージャーなのか、複数の部署や担当分野を統括する部長や本部長なのか、「経営層」といっても執行役員レベルなのか代表者レベル(いわゆるCXOレベル)なのか)

・契約類型(正規雇用・非正規雇用、役員扱いなど)

・職務経験(ルーティンワークとしての経験に加えて、新規開拓や製品・サービスの開発とか部門横断または社外メンバーと共同のプロジェクトやプロジェクトリーダーの経験などルーティンワーク以外の実務経験)

・居住地域や転勤可能性

・家族構成や家族の属性(勤務体系に影響を及ぼす事情など)

 

ここで転職を希望する本人が考えなければならないのは、自分が狙うべき市場はこの複雑なマトリクスの中でどこかということです。言い換えれば、市場をいかに細分化して自分の価値を表現できる場を見つけることができるかが、転職を実現する上での鍵となります。

転職をするということは、自分に合った新たな労働市場を自ら開拓することに他なりません。同業他社で同じ職種で同じポジションに転じて、給料が上がったとしても前職と同じ価値しか生み出せないのであれば、その転職は成功と呼べるのでしょうか。給与を引き上げることが転職の目標であれば大成功と言えますが、キャリアの発展性とか中長期的なキャリアのビジョン、それが給与を引き上げ続けることであっても、そのビジョンを実現できる可能性は極めて低いでしょう。

多くのビジネスパーソンにとって、または多くの労働者にとって、自分の属性情報を見直して、そこに転職市場における強みを見出すことができる人は限られているかもしれません。強みを作り出そうとして、公的資格の取得を目指して勉強をしたり、英語を学んで外資系企業への転職や留学を目指したり、IT関連の技術を新たに学んで(いわゆるリスキリング)DXGXのプロジェクトに自ら立候補したりして、自分の市場性を高める努力をすることになります。

 とはいえ、DX人材の要件でよくあるように、業界の理解・知見とITスキルを両方持っている人はそうそういない上に、現実にプロジェクトをリードして一定の結果を出すには、業界の知見やITスキルだけではダメで、プロジェクト・マネジメントや社内外の関係者を巻き込んで協力する関係を作り上げるネゴシエーションやコンフリクト・マネジメントの能力など、必要とされるものを列挙していけば限りがないほどです。

同様の「ないものねだり」は、外資系で英語能力を持ち、その会社のビジネスや業界・実務能力を兼ね備えている人といったところでしょうか。こうした「ないものねだり」を少しでも具現化していくことができれば、転職人材として市場価値が上がることになりそうです。

 

 実は、こうした市場価値の捉え方そのものが、転職を阻む第五の壁として挙げた「市場価値の壁」を生み出しています。自分には市場価値が(あまり)ないと思い込んでしまい、市場価値を上げようとして、公的資格を取得しようとしたり、英語の勉強を始めたりしたところで、労力の割には市場価値が上がるようには思えません。

転職における市場価値とは、取得した資格の数でもなければ学歴や職務経歴でもありません。統計的には、資格や学歴や職歴などと転職後の会社の規模や給与額などとの相関性は、ある程度認められるのではないかと思われますが、それは転職における市場価値というよりも、労働市場における企業規模別の就業者の特性程度のものであって、個々の転職とは別次元の話題です。

一人ひとりのビジネスパーソンにとって転職における市場価値とは、転職先で自分の活躍する場をいかに作り出し、その結果として自分の価値を認めさせるかが問われることに他なりません。つまり、どの企業にどのポジションでいくらの給与で転職できるかが「市場価値」を意味するのではなく、転職後に活躍できるかどうかが「市場価値」を決めるのです。

転職後に活躍できるようになるためには、市場の設定方法、すなわちマーケット・セグメンテーションこそが重要です。一般的な意味での労働市場ではなく、転職先の候補となる個々の組織において転職者がどのような価値を創りだすことができるかが問われます。

より現実的に言えば、転職後に仕事をすることになる職場で、どのような仕事を担当し、これまで培ってきた知見とか身につけてきたスキルやノウハウなどをその仕事に活かすことで、転職後の職場に新たな価値を生み出すことができなければ、転職した意味がないでしょう。転職前と同じ仕事をして同じ成果を出すのでは、転職先がそれを望んでいたとしても、転職した本人のキャリアにこれといってプラスはありません。

一度、非正規雇用を経験したり業務委託として働いた経験があれば、正規雇用者、特に管理職として、さまざまな雇用条件の人々と同じ職場で働く際に、業務の指示・指導のしかたや日常的なコミュニケーションの取り方などが変わり、自らのマネジメントスタイルも見直すところがあるでしょう。これも一種のリスキリングです。

要は、自らの経験やスキルを転職先で活かすのは当然として、それだけにとどまらず、転職をひとつのきっかけとして、自ら新たな学びを得ることでリスキリングや知見の獲得を実現し、次のキャリアにつなげる可能性を広げていくことです。

転職に成功するとはいうことは、条件面で希望通りの転職先が見つかることや、転職して給与などの処遇面で現状よりも向上することだけではありません。むしろ、転職後に仕事にやりがいを感じて職場で活躍できること、最終的には転職後の組織でその業績向上や組織全体のレベルアップに寄与できることが、本来の意味での転職に成功することではないでしょうか。

 

作成・編集:人事戦略チーム(2023417日)