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転職を阻む壁(8)

転職を阻む壁(8

 

  転職を阻む最後の壁は「家族の壁」です。時には、最も高く厚い壁であるかもしれませんし、幾重にも巡らされた壁であることもあります。本人は強く転職を希望していても配偶者や両親などの反対により転職活動が暗礁に乗り上げてしまったり、転職先が決まり現在の勤務先に退職届を出したタイミングで家族が辞表を撤回させたり、本人と組織だけの間だけで全てが決するわけではないことが明らかとなります。特に最初の転職において大きな壁となるでしょう。

転職活動のプロセスを通じて、家族など関係する人々の本音ベースでの価値観が露わになります。そこから家族の崩壊または再結成へと進んでいくこともあります。それが「家族の壁」です。

 

転職は、就職とともにビジネスキャリアにおける一大イベントです。配偶者や父母・祖父母も全員参加となってしまう心理もわからないではありませんし、本人以外の家族関係者にとって、自分が知らない会社に配偶者や子や孫が転職しようとすれば反射的(本能的?)に止めようとするものなのかもしれません。たとえ、反対や懸念の表明がその関係者のビジネスにおける知識や経験の限界を露呈させているだけであったとしてもです。

とりわけ、最初に就職したいわゆる一流企業や知名度の高い大企業から、ベンチャー企業や知る人ぞ知る中堅・中小企業へ転職しようとすると、家族間に大きな亀裂を生じさせかねません。転職しようとする本人は処遇水準が低下したり仕事の進め方が異なることを十分に覚悟して転職しようとしても、家族(特に配偶者や父母や祖父母)は転職先について何も知らないということはよくあります。

知らないということは、転職を反対する最大の理由になりますから、新卒採用時に行う企業があるように、転職希望者の家族を会社に招いて職場環境や同僚となるはずの人たちを見知ってもらう機会を設けることも、「家族の壁」を乗り越えるのに効果的です。

また、転職によって処遇水準の低下や福利厚生制度の変更が起こることは避けられないかもしれません。住宅ローンや教育費の支払いが困難となったり、社宅から引っ越すことになったりすることで、配偶者や子女に苦労や面倒をかけてまで転職すべきかどうかは、議論の分かれるところです。

ここで注意したいのは、本人が家族に負担をかけてしまっていると思うほどには、家族は感じていないこともあるという点です。住宅や教育のコストをカットすることに、配偶者や子女はあまり拘っておらず、自己所有の戸建や高層マンションに居住して多額の住宅ローンを支払うよりは賃貸のマンションの方が便利で負担が低くてよいとか、実は塾や習い事を辞めたかったが言い出すタイミングがなかったとか、本人が見えていなかった家族の生活実態が明らかになり、転職がより生活しやすいライフスタイルお実現につながることもあります。

このように、「家族の壁」が出現することで本人が気づいていない障害や問題点が明らかになったり、本人が思っているほどには「家族の壁」は存在していないことに気づかされるケースもあります。

老親や祖父母の介護や子女の教育などは、一般には転職を躊躇させる要因になりうるものですが、転職先に相談してみることで転職先に新たなプログラムが導入される契機となることもあります。

立場を替えていえば、転職しようとしている人の必要性が高いほど、組織はその人の求めに応じて例外的な対応を採るものです。それなりの人事責任者であれば、肩書にこだわる人には肩書を、特定の福利厚生サービスを求める人にはそのサービスを会社が契約して使えるようにするでしょう。そのコストに見合う分の給与か賞与は再交渉となるかもしれませんが。

 

「家族の壁」は、これまで述べてきた6種類の壁とは異なり、壁打ちの壁か反射板のような存在かもしれません。こちら(転職しようとする本人)が投げるボール次第で反応が異なります。

家族の目から見れば、あんなブラック企業はさっさと辞めればいいのに、と思っていたところ、ようやく転職の決心がついたのであれば、家族は喜ぶかもしれません。少なくとも、ブラック企業を退職することで一安心して、今度はホワイト企業であって欲しいと願うでしょう。

一種の転職癖がついてしまって、ないもの強請りばかりして、すぐに退職・転職を繰り返している人であれば、今度こそは腰を落ち着けて働けと思っているかもしれません。もしかすると、本人の勤務先の選び方に問題があると感じている家族は、転職先を本人に代わって探し選ぼうとすることもあるでしょう。もし、そうであるならば、一度、家族(特に配偶者)に転職先を検討してもらうほうが良いかもしれません。

結局のところ、転職という機会を通じて、家族、特に配偶者や子女などと仕事やキャリアについて一度、家族会議を行うのもいいでしょう。本人が自分の価値観やキャリア観を見直すとともに、配偶者や子女の目に本人の働く姿がどのように映っていたのか検証すると同時に、配偶者や子女のキャリア観を形成する良い機会となります。

ちなみに、転職について家族の誰も何も興味や関心どころか、心配も懸念も示さないというのが、最もまずい情況です。なぜなら、転職しようとする本人と家族との間に経済的にも精神的にもつながりが失われているからです。「家族の壁」はないことが最大の問題と言えるのです。

 

(9)に続く 

 

作成・編集:人事戦略チーム(2023510日)