俳優座劇場閉館へ
先月14日、六本木にある俳優座劇場が再来年の4月末日をもって閉館するというお知らせがありました(注1)。この劇場では、俳優座の主宰する演劇はもちろんのこと、他の劇団の公演やプロデュース公演を観たり、映画を観たりしました。
芝居としては、現代表の岩崎加根子がラネーフスカヤに扮した“桜の園”が最初に思い出されます。競売を通じて桜の園を買おうとしているロパーヒン(この土地の農奴として子供時代を過ごした商人)に向かって、女主人ラネーフスカヤが「かわいい、お百姓さん」と語り掛ける口調とその姿は、帝政末期のロシアの貴族というのはきっとこういう物腰で、現実を見ているのかいないのか第三者には掴み切れない存在だったのだろう、としっかりと納得させられるものでした。
映画上映としては、俳優座シネマテンを忘れることはできません。大手町に勤務していた頃、仕事が終わってから有楽町でロベール・ブレッソンの「白夜」を観て9時過ぎに出てから、六本木に移動してマルグリット・デュラス監督の「インディアソング」か「ベネツィア時代の彼女の名前」を観たことがあります。冬の平日にこれだけ詰め込んだせいか、翌日は熱が出て動けなくなりました。
当時(80年代半ば)、ほかにもレイトショーを行っていたところがありました。渋谷にあった映画館(現在のヒューマックスパビリオン公園通りか、その隣のあたり)では、ジョナサン・デミ監督の「ストップ・メイキング・センス」(トーキングヘッズのライブ・ドキュメンタリー映画)やジャック・ボンド監督の「夢色の幻想」(ペット・ショップ・ボーイズの楽曲とMVをオムニバス風のドラマに仕立てたもの)といった洋楽系の映画をレイトショーで何度も観ました。なかでも「ストップ・メイキング・センス」は、土曜の夕方に武蔵野芸能劇場(三鷹駅近く)で結城座の糸操りを鑑賞してから、渋谷に移動してレイトショーを楽しむといったスケジュールを組み立てることができました。
同じく渋谷では、ミニシアターで有名なユーロスペースで「奥様は18歳」(1970年にTBSで製作された学園ラブコメ&ホームドラマのような連続テレビドラマ)の全回分を毎日3~4話ずつ上映したり、スペイン坂のシネマライズ渋谷(現在のライブハウスWWW)あたりでもレイトショーを行っていました。
俳優座劇場のように劇場で映画を上映するといえば、文京区の千石にあった三百人劇場(注4)にもしばしば足を運びました。これらの劇場で日中に上映する際には、レトロスペクティブ(回顧上映)の形態を採ることがよく行われており、日替わりのプログラムを観るために毎日通うこともありました。当時のソ連映画、現在のロシアだけでなくソビエト連邦を構成した15の共和国などの作品も含む多様な旧ソ連邦諸国の映画を観たり、大島渚監督のレトロスペクティブでは扱う題材や表現形式の実験などを多種多様に楽しめた上に、テレビ映画用に作られた作品までも上映されていた記憶があります。
さて、六本木にあった劇場と言えば、自由劇場に言及しない訳にはいきません。
俳優座劇場とは六本木交差点を挟んで反対側の西麻布の方、ガラス店の地下にありました。劇団としての自由劇場(オンシアター自由劇場)の公演は、博品館劇場やシアターコクーンなどで観た回数が圧倒的に多いのですが、劇場としての自由劇場では、自由劇場のアトリエ公演や他の劇団(劇団未来劇場、68/71黒色テントなど)の公演をときどき観ていたことを思い出します。俳優座劇場よりもずっと小規模で、劇場というよりも稽古場(アトリエ)にベンチを置いて見せるスペースでした。この近さが魅力でもありました。
三百人劇場や自由劇場は既になくなり、俳優座劇場も閉館となります。先日閉館した中野サンプラザは建て直して新たな館ができるようですが、可能であるなら、そのまま活用する方策とか移築して再利用する方法はないものでしょうか。
歌舞伎や文楽、能や狂言などばかりが伝統芸能ではないはずです。明治以降150年以上の時間が経っているのですから、新劇もまた伝統的な演劇のひとつです。今後は、宝塚や劇団四季や東宝ミュージカルなども伝統的な演劇と呼ぶべきものになるでしょう。個人的な感情や事情だけでなく、こうした観点からも歴史のある劇場(空間)を再生することが望まれます。
【注1】
詳しくは以下のサイトをご覧ください。
【注2】
詳しくは以下のサイトをご覧ください。
俳優座劇場 (港町キネマ通り) (cinema-st.com)
【注3】
ロードショーなどの通常の映画上映が終了した午後9時以降に、通常上映とは別の作品を1回上映する興行形態。終映は早くて午後10時半、多くは午後11時以降であったが、終電には間に合う程度の遅さでした。
なお、通常の作品を追加で午後9時以降に1回上映する形のレイトショーもシネマスクエア東急などであったはずです。
【注4】
詳しくは以下のサイトをご覧ください。
三百人劇場 (港町キネマ通り) (cinema-st.com)
作成・編集:QMS代表 井田修(2023年7月5日)