キャンセルカルチャー時代のマネジメント(1)
21世紀に入ってからキャンセルカルチャーが注目されるようになりました。一般にキャンセルカルチャーというと、その当時は特に問題とならなかった言動について、後の時代(いま現在)の基準で改めて見てみると大変な問題を引き起こす発言であったり、子供や学生の頃にいじめを行っていたことが明らかになったりして、改めて問題視されるものです。
SNS上の過去のやりとりや昔のインタビューの記事や映像などがなんらかのきっかけで見直されて問題となり、謝罪や辞任・辞職そして損害賠償などに追い込まれるものです。SNS時代における一種の揚げ足取りとも思われるかもしれません。
ちなみに、キャンセルカルチャーは単なる炎上とは違います。炎上はひとつには、「いいね」を少しでも多く得るためにSNS上で注目を集めるようとして目立った言動(特に悪目立ち)をとった結果、世間からのバッシングを受けることです。また、そもそも何が問題かわかっていないために不用意な発言(失言)をしてしまったため、同様のバッシングを受けるのも炎上です。
一方、キャンセルカルチャーでは、厳しい批判や損害賠償を招く元となった言動は、その言動を行った当時は問題視されていないのです。問題視どころか、むしろ好意的に解釈されうる言動であったこともあります。しかし、物事を判断する基準が社会的に変わり、非難や批判の対象となってしまうことがキャンセルカルチャーです。
特に、いわゆるセレブとか著名人といった人々については、SNS上でターゲット化しがちです。キャンセルカルチャーにおいて一般人でも非難されたり批判されたりすることが起こる以上、その言動に人々の注目が集まるセレブや著名人などが、いわば攻撃対象となってしまうのは必然と言えるかもしれません。
ところで近年の動向として、SNSなどのメディア上のバッシングに止まらず、より強力な運動となったり事件化したりする事例が多くなってきたように感じられます。
例えば、以前であれば暗黙の裡に許されたり大目に見られたりする程度であったものが、明確に否定されたり刑事罰の対象として処罰されたりするようになってきます。特に被害者(特に人権侵害に該当するような被害を受けた人)が長年、表沙汰にできずに泣き寝入り状態にある場合、数年後どころか数十年後であっても、被害を告白することで問題が明らかとなることもあります。
海外では、ハーヴェイ・ワイスタイン事件から本格化したMeToo運動やBLM運動のように従来からあった運動(公民権運動など)が改めて活発化したり、ジェフリー・エプスタイン事件のように王室や政財界にまで影響が広がるなかでセレブや著名人の地位や名誉が毀損したりする例が表れています。カトリック教会の司教などが子供・女性・若い男性などに長年行ってきた性犯罪に相当する行為などもあり、政治や経済だけでなく宗教や芸術・学術の世界でも、問題が噴出し、いまだに解決への道筋が見えないものも少なくありません。
日本でも、今年になって問題化してきたビッグモーターやジャニーズ事務所のケースにみられるように、これまでは見過ごされていたりさほど問題視されていなかったものが、極めて大きな社会問題として認識されるようになっています。
これらに共通してみられる特徴として、もともと優越的な地位にいる者が(自覚的か否かを問わず)その優位を笠に着て相手を自分のいいなりにさせることが、事件の隠蔽も含めて広く社会全体にあったことが指摘できます。また、それを自覚的にやれば昔でも犯罪の恐れが大であり、無自覚であるからと言って刑事罰は逃れても現代ではアウトである言動に対して、加害者は法律的な意味での刑罰や損害賠償責任を負うことはないとしても(むしろないが故に)、社会的・倫理的・道義的に責任が追及される可能性が強くなってきていることも特徴的です。もちろん、個々のケースでは、刑事的にも民事的にも責任が追及されることもあるでしょう。
こうした近年の動向は、キャンセルカルチャーがSNSやメディア上の単なる非難・批判の行動から発展し、過去の言動であっても現代の基準に照らして問題であるかもしれないものは、再度、問題があったかどうか検証して、問題が確かめられれば過去を全面的に否定し、少なくとも謝罪と損害賠償を被害者に対して行うことを強く要請しています。
このように発展しつつあるキャンセルカルチャーは、いわば革命と呼ぶべきものなのかもしれません。一つの国家における政治体制全体を一気に変更すること(例えば君主政・独裁制から共和政・民主制へ)が本来の革命であるのに対して、今起きているキャンセルカルチャーはマイクロ革命と言えるでしょう。
体制全体は変わっていなくても、その体制のなかで力をもっていた個人や法人が、個別にその実権を否定されて権力基盤を覆されていく姿を目にすると、正に革命的な出来事と言わざるを得ません。あくまで個人や法人といったミクロなレベルで起きている点に、本来の革命とは異なるキャンセルカルチャーの特徴があります。
本稿では、次回以降、このように捉えたキャンセルカルチャーについて、その社会的な背景やキャンセルカルチャーを発展させる要因、組織がキャンセルカルチャーに直面した際に取り組むべき課題、課題を解決するアプローチ、キャンセルカルチャーに適応する組織運営のありかたなどについて、考えていきたいと思います。
作成・編集:経営支援チーム(2023年9月22日)