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中小企業における人への投資(3)~教育研修の考え方~

中小企業における人への投資(3)~教育研修の考え方~

 

 企業経営者や人事の責任者にとっていつの時代も頭を悩ますテーマのひとつが、教育や研修はどこまでやればよいのかという問題です。社員教育に熱心な企業ほど、誰を対象に何をどこまで会社としてやるべきなのか迷うところでしょう。

アメリカ企業の例(注7)ですが、社員が自ら学習して自分の価値を高めるために様々な研修プログラムを用意するのはいいのですが、その結果、社員がどの研修プログラムを学習すればよいのかわからなくなったり、役に立たない学習コンテンツばかりが乱立してしまったりするようでは、本末転倒です。

中小企業では自社で研修プログラムを開発したり整備したりすることができるスタッフや予算の余裕はないでしょうから、研修プログラムが乱立することはない半面、そもそもまともな研修プログラムがないという問題がありそうです。

 実際、教育や研修に関してよく尋ねられる質問には次のようなものがあります。

 

・全員対象か、希望者のみか、少数を指名するか

・自主的か強制的か

OJT重視か Off-JT重視か

・集合研修か個別学習か

・講義形式がよいか独学・自習を推奨すべきか

・社外プログラムを用いるべきか自社(内製)プログラムか

・外部講師か社内講師か

・いくら(コストと時間)かければよいのか

 

 まず、対象者の範囲についてです。

 例えば、新入社員研修としてビジネスで求められるコミュニケーション(ツールの使い方など)やマナー(社内の不文律やビジネスにおける社会的なプロトコルなど)であれば、新入社員に絞って行うものであることは自明ですが、中途採用の新入社員はどう扱うべきでしょうか。一口に中途採用と言っても、新規学卒者の新入社員とほぼ同じ程度の社会人経験しかない人もいれば、同業他社で20年以上勤務した即戦力の経営幹部候補もいるでしょう。中小企業ではいずれも人数が少ないでしょうから、新入社員研修は一度にまとめて行いたいとしても、同じ内容で同じレベルで行うのが正解でしょうか。

 実は、同じように行うほうがよい場合が多いのです。というのも、いかに即戦力採用とはいっても、会社が違えば使うITツールが異なりますし、いわゆるマナーのようなものでも組織のもつカルチャーの違いから日常的な行動が異なることはよくあります。「9時に現地集合」といった場合、9時ちょうどに姿を現せばよい組織もあれば、5分前(10分前)集合が当然という会社もあります。同じ企業でも、部門や職種によって異なるかもしれません。要は、関係者全員が理解して動くべきものは、全員を対象に研修などを通じて周知徹底していくことになります。

 一方、経営者やマネージャーなど全員ではなく特定の候補者を選抜したり、職種やポジションを限定して習得してほしい知識やスキルであれば、対象者を絞り込んだり指名したりすることになります。特に社外の集合研修に派遣するような場合は、どのような趣旨や狙いでその研修に派遣するのか会社全体や職場で公表し、事後に研修内容や研修で学んだことを職場で報告するなどして、その社外研修に派遣した意味があったり、その結果として派遣した人の行動が変わり何らかの成果が出たと周囲も認めたりするようになるまで、フォローすることも重要です。

 対象者の範囲と関連しますが、対象者に自主的に学んで欲しいのか、無理やりにでも何らかの知識やスキルを習得してほしいのか、という自主的か強制的かという検討すべきポイントもあります。学習に人を駆り立てるものは、究極には恐怖か好奇心かであるとすれば、物理的強制力をもって学ばせたり、解雇や厳しい業績評価で学習へと駆り立てようとしたりするのは、恐怖による不承不承の学習です(注8)。自らの好奇心の赴くままに、知らず知らずに学習している情況こそが理想的でしょう。

しかし、組織が個人に求める学習は、必ずしも個人々々にとって最適なタイミングでは実現しません。対象者がより広範となるほど、自主的に学ぶのを待っていることは難しくなり、無理にでも学習してもらうことになります。その際、もしかすると目の前にニンジンをぶら下げることがあってもよいかもしれません。業務上の必要性により公的な資格を取得するために学習するとか、新しいシステムを導入するときにその使い方を習得するといった場合には、そのための学習に要した費用や受験料などを合格時に払い戻したうえで祝い金(一時金)を加算支給するとか、使い方を習得することを業務目標として設定し習得できない限り業務評価が悪くなるといった、教育研修と連動した処遇プログラムが必須です。

 

 次に方法論として、OJTを重視して現場の管理職や先輩社員に部下や後輩の指導・育成を一任するのか、Off-JTを重視して本人の学習機会を保証することを会社としてしっかりとルール化するのか、という課題があります。

特にOJTの場合、忘れてならないのが指導する側の研修です。現代ではパワハラやセクハラなどのハラスメントについての教育が必須なのは言うまでもありません。その上で、指導する側のコミュニケーション技術の高さが求められますから、リモートであっても直接の対面であっても、相手の状況に応じて適切な指導ができるだけのコミュニケーション・スキルを事前に習得させておくことが不可欠です。

 また、方法論とコンテンツに関わる問題として、集合研修を柱とするのか、個別学習を主軸とするのか、という点もしっかりと考えるべきテーマです。この点は、講義形式をメインとするのか、独学・自習を前提としてプログラムを組むのかといったことにも関わりがあります。講義形式であれば、ライブでの講義に限らず、映像コンテンツを展開して集合しなくても個人で学習することが可能となるほうがよいかもしれません。中小企業であっても、経営者などの社内講師が同じことを繰り返し教える可能性があるのであれば、一度、講義を映像コンテンツにしておくほうが効率的かもしれません。

そして、プログラムの内製化か社外プログラムの導入か、社内講師か外部講師かといった手法の問題も出てきます。以前は社外の専門家や専門の教育サービス会社のコンテンツに優越性が認められていたかもしれませんが、スマホで録音・録画・編集・教材作成などができる時代ですから、社員の中に個人でYouTubeにチャンネルを持っているような人がいれば(そうでなくてもかまいませんが)、自社で教育研修用のコンテンツを作ることは十分可能でしょう。既に公開されているコンテンツをパクるという方法も、実に効果的です。

最後に、いくら(コストと時間)かければよいのかというコスパやタイパに関するテーマがあります。これについては、大手企業の教育研修にかける費用や時間を見てしまうと、中小企業では教育や研修はとても実行できないと思われるかもしれません。

ちなみに、東洋経済の調査(注9)によると、三井物産が1人当たり平均500,000円と最も高く費用をかけており、以下、上位10社は三菱商事、バルカー、DMG森精機、伊藤忠商事、ANAホールディングス、野村総合研究所、住友商事、住友化学、サントリーホールディングスと続きます。ここまでが1人当たり平均300,000円を超えている企業です。200,000円ちょうどが26位のソフトバンク、100位(99位で三井住友トラストホールディングスとニチバン)でも115,000円となっています。

教育や研修に費やした時間となると、1年間で100時間を超えているのが、日本航空(259.4時間)、住友化学(138時間)、高砂熱学工業(121.6時間)、コメリ(117.7時間)、TIS116.3時間)、ANAホールディングス(105.6時間)の6社となっており、それ以外はそこまで多くの時間を割いているわけではありません。上位100社とはいえ、すべてが年平均で何十時間も費やしているわけではなさそうです。

中小企業について実証的なデータは見当たらないようですが、経験則としては、月例給与の半月分に相当する金額を教育研修費に充てるとか、就業時間の10%程度は教育や研修に要する時間として充てるというのが、教育研修に力を入れている企業かどうかの目安の一つでしょう。

 

(4)に続く

 

【注7

詳しくは、ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー 2024222日記事「社員教育プログラムは少ないほどよい」を参照してください。

 

【注8

詳しくは、ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー 20211122日記事「従業員が学習を続けるモチベーションを高める方法」を参照してください。 

 

【注9】

教育研修の費用や時間は、東洋経済オンライン 202438日公開「社員の教育研修にお金をかける企業」TOP100 によります。なお、費用の計上基準や時間の算出根拠などは統一的なルールに基づくものではなく、会社の裁量によるものです。詳しくは以下の当該サイトを参照してください。

「社員の教育研修にお金をかける企業」トップ100 上位には大手商社が並び、トップは年間50万円 | CSR企業総覧 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)

 

 

作成・編集 人事戦略チーム(2024313日)