中小企業における人への投資(4)~教育研修よりも重視すべきもの~
人材育成に熱心な会社というと、教育研修に要する費用や時間が大きくかかっているというイメージがありますが、それで本当に人材を育成できるのかというと、必ずしもそうではありません。というのも、教育研修は実践との連動こそが重要だからです。現実の仕事を通じて本人の能力をストレッチしたり、うまくいったことやいかなかったことから学んだりすることが、周囲も本人も今まで気が付いていなかった資質を開花させたり新たな能力を身につけて発揮したりすることにつながるのです。
一般に何らかのスキルを身につけるには、70:20:10の法則(注10)があると言われています。10%は正式な教育や指導で身につくもので、講習やセミナーへの参加などを通じて行われます。20%は社会的な学習や体験で習得されるもので、いわゆるOJTやメンタリングやコーチングなどが含まれます。
そして、大半を占める70%はワークフローの中での学習や経験で、実際の仕事を通じて得られるものです。特に、挑戦的な目標に自ら進んで取り組む場合(初めてプロジェクトマネージャーとなるプロジェクトがいきなり会社全体の部門を横断するテーマであるなど)は、たとえ目標を達成するには至らなかったとしても、得るものが大きいはずです。たとえば、経験のない分野(職種や技術など)や未知の業種・業界などとの協業のなかで得る知識やスキルは、体系的ではないとしても実践的で、次につながる可能性が高いでしょう。
ここ10年でエグゼキューション・アズ・ラーニング(注11)という捉え方が注目されています。これはハーバード大学のエイミー・・エドモンソンにより提唱されており、特に知識労働者が予測困難な問題を解決するのにヒントを得たり試行したりするのに有効なアプローチと思われます。
エグゼキューション・アズ・ラーニングは次の4フェーズで進めます。
① 入念な準備(ベストプラクティスの収集、文献調査、競合他社調査など)の上、手順や基準を定める
② 部門や上下関係を超えて、関係者がその場で直接やりとりをして問題を共有したり解決のアイデアを出し合ったりするなど、リアルタイムの協業を実行する
③ 結果だけでなく結果に至る過程のデータを収集する
④ うまくいくこと・いかないことを理解し共有する
この4フェーズからも明らかなように、仕事をすることと組織的に学習を進めることが同義的に行われることが要請されます。VUCAが前提となる事業環境では、組織的な学習がビルトインされていないワークフローではそもそも仕事が処理できないと言えるのです。これらのフェーズは問題解決に当たって組織的な学習が不可欠であることを示すとともに、個人にとっても学習抜きに仕事を進めることが不可避であることを示唆しています。
以前注目されていた経営幹部(候補)向けの研修では、学習(ラーニング)と行動(アクション、仕事)の連動性が重視されていました。学習した手法やアプローチを活用して、ビジネス上の課題を解決しようとするものです。
現代では、より状況の変化が速いために、学習は学習、(連動するとはいっても)仕事は仕事、といった区分を前提とするアプローチ自体が機能しにくいのかもしれません。ラーニングで習得したスキルや知識を活用できる課題を特定できる保証もありません。
従って、エグゼキューション・アズ・ラーニングという組織学習のモデルを活用することで、効果的な教育研修を実現することが望まれます。
さて、スキルを身につける方法についての70:20:10の比率が逆になるとどうでしょうか。即ち、70%が正式な教育や指導で身につくもので、20%は社会的な学習や体験で習得されるもので、10%はワークフローの中での学習や経験で得られるものであるとした場合です。
この場合、社員は単なる勉強好きになってしまうことが危惧されます。なぜなら、こうした比率であるならば、実地の仕事に活かせるかどうかよりも知識やスキルを習得することに長けた社員を、より高く評価し処遇する会社となってしまうからです。もしくは、仕事で実績を挙げてもあまり評価されない組織になってしまうかもしれません。
いずれにせよ、勉強だけが得意な社員を作ってもビジネスとしては無意味です。教育・研修の目的はそこで得た知見やスキルや実践的なヒントを活用して、ビジネスで結果を出すことです。究極的に言えば、教育や研修から何も得るものがなかったとしても、集合研修で知り合った人とのつながりから顧客を紹介してもらうということでも構いません。要はビジネスにおける結果にどのようにつなげるかが、教育研修の成果として問われるはずです。
人への投資をこのように捉えないとすれば、単なる勉強好きや資格マニアを利するだけで、肝心の目的(人への投資を通じて組織の基盤的な競争力を高めること)が達成できません。ビジネスへの貢献という点では、教育プログラムを提供する教育研修サービスの事業者が儲かるだけです。
とりわけ、経営者や起業家は医師免許や司法試験とは違い、MBAを取得しているかどうかが問われるわけではないのです。仕事に必要なレベルの知識やスキルを身につけているかどうかも不問です。もし、そういう必須の知識やスキルに欠けているのであれば、事後的ではありますが実践のプロセスで身につけていけばよいのです。最初に問われるべきは、ビジネスを立ち上げたりその結果に対する責任を負ったりする意思や覚悟や好みといったものです。
教育や研修を知識やスキルを教えるという意味で捉えている限り、人材投資を教育や研修のプログラムに費やすという誤りを繰り返します。知識やスキルを教えても教える傍らから陳腐化すことが不可避な時代だからこそ、教えることからいかに脱却するかにフォーカスすべきです。
言い換えれば、自己学習の癖をいかにつけるか、自分にあった学習方法を身につけているか、自分にあったマネジメントスタイルやリーダーシップとはどのようなものなのか、こうした点をしっかりと自覚している必要があります。教えて理解するというよりも、自ら情報収集し、比較検証し、問題点を修正し、他者に投げかけてみて再度検証する、といった自己学習のサイクルを回し続けることが求められているのです。
一言で言えば、勉強だけが得意な人を作ってはダメなのです。
このように考えると、中小企業にとって効果的な教育研修というのは、個別の教育研修プログラムのことではなくて、エグゼキューション・アズ・ラーニングのコンセプトで示されるように、仕事の中での実践から学ぶ習慣や仕事のプリセスに学習機能が内包されている業務システムを、いかに作り出していくかを問うものであることがわかります。反対に、最も効果がないのは、個人に向けて勉強や資格取得を強いるだけのプログラムであったり、OJTや経営者の直接指導という名の下で行われる実質的なパワーハラスメントや無価値な説教や根性論であったりするでしょう。
大企業であれば、様々な教育研修プログラムを用意して、個人々々がそれぞれ希望するプログラムを受講したり適用申請を行ったりすればよいのかもしれません。たとえ、勉強しかできない社員がいたとしても、一部の社員のことであれば全体でカバーすることもできるでしょう。
しかし、中小企業では、ひとりでも実際の仕事に貢献せずに勉強ばかりしている社員がいるとすれば、その穴を埋めるだけの余力はありません。少数精鋭かつ全員が稼働していなければビジネスが成り立っていかないのが、中小企業です。故に、中小企業こそ、70:20:10の法則を強く意識して、ワークフローの中で学習することを仕組みや習慣として定着させることが肝要なのです。
【注10】
詳しくは、ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー 2023年12月20日記事「本当に使えるスキルを身につけるための学習法」を参照してください。
【注11】
概要は以下のサイトを参照してください。
Execution as Learning Model - Explained - The Business Professor, LLC
提唱者については、以下をご覧ください。
Amy C. Edmondson - Faculty & Research - Harvard Business School (hbs.edu)
作成・編集 人事戦略チーム(2024年3月20日)