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初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(1)~調整はなぜ必要か~

初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(1)~調整はなぜ必要か~

 

 今年は新卒の初任給が急激に引き上げられるなど、賃金が上昇する傾向が顕著に見られます。あなたが経営者や人事責任者であったとしたら、新卒の初任給を思い切って引き上げた後に、新卒で入社したばかりの社員を除く一般の社員の賃金について、どのような方針で、どのように賃金を改定していこうと考えるでしょうか。

 例えば、次のような状況が想定されます。()は現在の月例賃金で、基本給のみで構成されているものとします。

 

Aさん(30万円):29歳(四大卒・新卒入社8年目)

将来の経営幹部を期待しており数年後の管理職候補である

Bさん(29万円):27歳(四大卒・社会人6年目)

一昨年同業他社より中途採用した際には自社の水準よりも高めの賃金をオファーしたつもり

Cさん(26万円):25歳(四大卒・新卒入社4年目)

仕事は一人前以上にできるので新卒の指導をそろそろ任せたい

Dさん(25万円):23歳(四大卒・新卒入社2年目)

昨年の新卒社員で仕事をひととおり覚えたところ

 

 昨年来の賃金引上げのトレンドを重視した当社は、新卒採用が厳しいとの認識もあり、思い切って28万円を初任給として提示し、何とかEさんほか数名を採用することができました。その中の1名のEさんがここに配属されます。

 

 一般に賃金水準について考える際にもつべき視点は、社外競争力と社内衡平性です(注1)。社外競争力とは、人を採用する際に労働市場における自社の競争力が確保できる水準にあるかどうかを問うものです。社内衡平性というのは、自社の中での賃金のバランスの問題です。

人件費に限りがある以上、社外競争力の点で高い賃金を十分に支払うことができる企業は限られますし、人数も一定の枠があります。幸い、あなたの会社は新卒の初任給を月額3万円、引き上げることができました。その一方、Eさんの配属先の先輩社員4名との給与バランスは、高いほうから並べるとAさん・Bさん・Eさん・Cさん・Dさんとなり、さすがにCさんやDさんから文句が出るはずとあなたも予想しています。AさんやBさんは表立って不平不満は言わないかもしれませんが、CさんやDさんの肩をもつかもしれません。

そこで、初任給引き上げに伴って賃金体系全体の調整が必要となります。そのことをあなたも理解していますが、具体的にどうすればいいのでしょうか。

ちなみに、会社にはさまざまな賃金制度があります。そもそも明確な賃金管理制度や給与決定システムがない会社もあれば、基準となる給与額が役職などにより決まってはいるが、それだけという企業もあります。また、伝統的な号俸表を運用しているケースもあれば、レンジマトリクスやいわゆる年俸制を採用している組織もあるでしょう。

賃金の考え方となると、まだまだ年功色の強い体系を運用している会社もあれば、実力主義や能力主義を標榜して同じ年次でも賃金に明確な差がついていたり職位や給与で年次間の逆転が見られたりする企業もあります。また、職務給体系やスキルに応じた給与をポリシーとしている組織も珍しくはありません。

考え方はさまざまに論じることは可能ですが、現実の賃金は容易に下げることはできません。これを下方硬直性(が強い)といいます。通常、人件費の枠がある中で一定の原資を振り分けることでしか、今いる社員の賃金を増額することはできません。その振り分けのルールや手順、振り分けた結果(賃金の個人別分布)などが組織を構成するメンバーから見て衡平なものと思えるのかどうかが、社内衡平性の視点となります。

言い換えると、理論や方針は明らかであっても、取りうる方策には限界があるのです。その現実的な制約を経営者や人事責任者が口にしてしまっては、賃金に不満をもつ(または賃金を口実にマネジメントを批判する)社員に納得してもらうことは難しいでしょう。まして、他社から引き抜きの声がかかっていたり、転職をしようと決心したりしている社員を引き留めることは無理と言わざるを得ません。

このコラムでは、次回以降、仮説の賃金体系をもとにこの4名の今年度(及びそれ以降)の賃金を考えます。なお、対象者は全員、時間外勤務手当の支給対象者で、固定残業代などの手当てはないものとします。また、家族(扶養)手当や役職手当などは、制度はあっても支給対象者ではない(全員独身で管理職などの役付き者ではない)ものとして扱います。

 

(2)に続く

 

【注1

IEとEC~賃金を考える観点 - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

 

作成・編集 人事戦略チーム(202455日)