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初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(4)~レンジマトリクス方式を採用している場合~

初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(4)~レンジマトリクス方式を採用している場合~

 

今回は、レンジマトリクス方式(注5)を採用している場合を検討します。

レンジというのは、給与グレード(等級)ごとに上限の金額と下限の金額が定められており、ある給与グレードに属する人は原則として全員、下限の金額を保証されており上限の金額を超えての昇給はあり得ないということになっています。

ここでいう給与グレードというのは、ジョブディスクリプションや組織分掌規程などによりしっかりと定義されている職位ほどは厳密に運用されるものではなく、代表的な職位ごとに属する定めたものです。

自社の既存社員は必ず、いずれかの給与グレードに位置づけることになります。同時に、社外から人材を採用する際に、社外の職位や役職などを自社の給与グレードに対応させておき、特に中途採用者を前職と連動させて位置づけることも可能となります。

 

一般に、同じ給与グレードでも個々の給与額は異なることから、レンジ(同一レンジにおける給与の幅)内でどのような位置づけ(相対的に高いほうか低いほうか標準的な水準にあるのか)にあるのかによって、同じ評価結果であっても昇給額(または昇給率)が異なることになるのが、レンジマトリクス方式の特徴です。

つまり、同じ給与グレードにある者であっても、給与額が相対的に低いと昇給幅が大きくなり、相対的に高いと昇給幅が小さくなるのです。その結果、グレードが同じでそのグレードに滞留している年数も同じで評価結果も同じであれば、そのグレードに位置づけられた当初は給与額に差があっても、一定の期間のうちにその差が小さくなり原理的には解消していくメカニズムを内包している給与管理システムです。

この会社で採用しているレンジマトリクス方式は、表3に示すものであるとします。通常よく見られる昇給率を定める方式ではなく、昇給額が理解しやすい昇給額を定める方式を採用しています。また、各グレードのもつ給与レンジ(上限額と下限額との差額の幅)は、ひとつ上のグレードの加速域(レンジの下方30%相当)にひとつ下のグレードの減速域(レンジの上方の30%相当)が一部重なっています。

これは、異なるグレード間でのレンジの重なりが大きすぎるとグレードの意味が薄れてしまい、グレードが上がることへの誘因が弱くなってしまわないように意図されています。同時に、まったくレンジの重なりがないのであれば、給与グレードが処遇の決定要素として大きくなりすぎてしまい、異なる部門や職種へのチェレンジを阻害する虞が出てきてしまいます。そこで、レンジの重なりは部分的なものにとどめて設計・運用しています。

ちなみに、AさんとBさんはG2CさんとDさんはG1、新入社員のEさんはG1に位置づけられています。

 

表3・基本給レンジ(改定前)

 

グレード

給与レンジ

給与月額

標準昇給額

G3

減速域上限

400,000

0

 

減速域下限

368,000

6,000

 

標準域下限

344,000

8,000

 

加速域下限

320,000

10,000

G2

減速域上限

350,000

0

 

減速域下限

329,000

5,500

 

標準域下限

301,000

7,000

 

加速域下限

280,000

8,500

G1

減速域上限

300,000

0

 

減速域下限

285,000

4,000

 

標準域下限

265,000

5,000

 

加速域下限

250,000

6,000

 

さて、初任給調整などの事由により12%程度の昇給が求められるのであれば、給与レンジの金額そのものを同じ率で引き上げることで対応することができます。若しくは、標準額(給与レンジの中央値)に対する昇給率をアップさせることで昇給額を増額し、実在者の給与をより多く増額することも可能です。

前者をG1に適用すれば、下限を250,000円から255,000円へ2%アップさせ、上限を300,000円から300,000円へと一律に5,000円あげることになります。後者をG1に当て嵌めてみると、レンジの上下限の金額は変えずに、標準域の標準昇給額を5,000円から7,000円に引き上げて、加速域や減速域の標準昇給額も2,000円ずつアップさせるといったものが一つの案となります。

個人の給与は、こうした改定を経た後のグレードごとの給与レンジと標準昇給額と人事評価結果に基づいて算出されます。従って、初任給調整に伴う引上げで最も問題となるDさんは、前者では加速域下限が255,000円になった上に標準昇給額の6,000円が加わるとすれば、261,000円となります。後者では加速域での標準昇給額が8,000円となるので、258,000円が2年目の基本給与となります。

しかし、今検討しなければならないのは、12%程度の初任給アップではありません。250,000円から280,000円へと月に30,000円、率に直して12%の昇給に対する既存社員の給与の見直し措置です。

もし、昇給させるべき率が10%未満(5%程度)であれば、加速域に達していない金額を対象に、超加速域と呼ぶべき例外的に大きな昇給を実施するということも考えられます。検討しているケースでは、超加速域の昇給を標準域の2倍としても、Dさんは元よりCさんも1回の昇給では28万円には届きません。

そこで、給与レンジも標準昇給額もまとめて一気に改定することが必要となります。その結果を表4にまとめます。

 

4・基本給レンジ(改定後)

 

グレード

給与レンジ

給与月額

標準昇給額

G3

減速域上限

430,000

0

 

減速域下限

398,000

6,000

 

標準域下限

374,000

8,000

 

加速域下限

350,000

10,000

G2

減速域上限

390,000

0

 

減速域下限

369,000

5,500

 

標準域下限

341,000

7,000

 

加速域下限

320,000

8,500

G1

減速域上限

330,000

0

 

減速域下限

310,000

4,000

 

標準域下限

295,000

5,000

 

加速域下限

280,000

6,000

 

この表に従って新入社員のEさん以外の4人の既にいる社員の給与を改定します。AさんとBさんはG2CさんとDさんはG1なので、グレードの変更(昇級)がなければ以下のように取り扱うのが一案です。

 

Aさん(30万円):

G2の加速域下限の金額に標準昇給額8,500円を加算して328,500円(昇給28,500円)

Bさん(29万円):

G2の加速域下限の金額とし320,000円(昇給30,000円)

Cさん(26万円):

G1の加速域下限の金額に標準昇給6,000円を3回分加算して298,000円(昇給38,000円)

Dさん(25万円):

G1の加速域下限の金額に標準昇給6,000円を加算して286,000円(昇給36,000円)

 

 レンジマトリクス方式においてレンジの見直しは必ずしも給与改定(多くは4月)の時季に一致させなければならないわけではありません。

このところ顕著となっているように社外の賃金相場が急激に上昇している時や、職種や業種のよって往々にして見られる人材の争奪戦が激しい状況では、半期や四半期で採用時の給与は見直さなければならないこともあります。そうした状況下では、タイミングよく社外相場の上昇に応じて給与レンジを改定しなければならないこともあります。

新たに採用する社員は改定後のレンジに位置づけて、既存の社員についても、できるだけ早期に、遅くとも定例的な給与改定時には、改定後のレンジに応じて昇給を大きくすることで外部相場の上昇に社内水準も追いついていくメカニズムが人事政策上不可欠なのです。その際、レンジを適宜見直しておいた上で、昇給させるべき(戦力となる=退職してほしくない)社員により多くの昇給原資を回すことができる仕組みとして、レンジマトリクス方式はある程度は有効と言えるでしょう。

 

(5)に続く

 

【注5

レンジマトリクス方式のテクニカルな説明は当コラムで以前ご紹介したことがあります。以下のものを参照してください。

レンジマトリクス方式による賃金管理とは(2) - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

レンジマトリクス方式による賃金管理とは(3) - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

レンジマトリクス方式による賃金管理とは(4) - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

 

 

作成・編集 人事戦略チーム(2024522日)