初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(6)~いわゆる年俸制の場合~
給与管理の仕組みとして、いわゆる年俸制を採用している企業もあります。その場合も、新卒採用者の初任給が急激に引き上げられたことに対応する必要があります。年俸制のひとつの例として、今回のコラムで示した人材プロフィール及び基本給与(月額)を次のように読み替えることで提示することができます。
まず、基本給与月額を年俸に変えるには、次に示した式(注7)で算出した金額をそれぞれの基本(固定)年俸と定義して支給するのが一案です。なお、管理職扱いの対象外であるため、労働時間管理上は裁量労働制の対象となる職種(例えばITエンジニアや経営企画などの企画業務に従事する労働者)に該当していることが前提条件となります。
基本給与(月額)×(12+4)+時間外勤務手当相当分(月30時間)×12
上記の式から4名の年俸を仮に算定すると以下のようになります。
Aさん(30万円)年俸592.5万円
Bさん(29万円)年俸572.75万円
Cさん(26万円)年俸513.5万円
Dさん(25万円)年俸493.75万円
現実的には、次のように年俸額を切りの良い数字にして、年俸総額の12分の1を毎月支給するとか、年俸総額の15分の1を毎月支給し夏冬の賞与支給時に残りの15分の3を分割して15分の1.5ずつを支給するといった方法が取られるでしょう。
Aさん(30万円)年俸600万円
Bさん(29万円)年俸575万円
Cさん(26万円)年俸515万円
Dさん(25万円)年俸500万円
ちなみに、固定的に支給する年俸は企業の業績による変動はありません。もし、想定以上に業績がよいとか、一定の業績を達成したら支払う現金での報奨があるのであれば、業績賞与の形で別の時季に支給するか、夏冬の賞与時に固定年俸の一部に業績賞与を加算して支給するといったものがよく見られます。
ここに、月額28万円、即ち、年俸に換算すると553万円となるEさんが入社してくるわけですから、年俸額の改定を巡って面談や交渉が厳しく行われることが予想されます。
一般論では、仮に前年度の業績評価が標準的で問題がなく、今年度も同じ仕事をそのまま引き受けていくならば、社外水準の上昇分と同程度の年俸引上げが妥当なところです。すると、実在者の4名は3%程度の年俸改定(注8)は必要でしょうから、515万円から620万円ほどにそれぞれ年俸を引き上げることになるでしょう。
ただ、それだけではEさんのように初任給が急激に上昇しているケースには対応できません。そこで、社内の衡平性が最も問題視されそうなDさんの年俸がEさんの年俸を上回るように570万円とするならば、それ以外の人たちの年俸も70万円程度、昇給率に直すと11~14%程度、引き上げる方向で年俸を見直すことになるでしょう。
このように固定的な年俸が1割以上も増加するのであれば、その分人件費等のコストが高くなる分だけ、業績賞与の支給基準となる業績目標のバーが引き上げられることが十分に予想されます。従って、前期は業績賞与が支給されたとしても、今期はその可能性が下がるものと思われます。もちろん、業績賞与に相当するものが全くないという事態もあり得ます。
【注7】
ここでは諸手当は特にないものとします。1ヶ月の所定労働時間を160時間(週40時間)とし、時間外勤務は月に40時間(週10時間)と見做して基本年俸に含めて支給しています。賞与のうち、夏冬ともに2か月分(年間4か月分)は固定的なもので、原則として全員受け取るものとして扱っています。これらの取り扱いは法的な規則ではなく、個々の組織において業務実態などを勘案して定めることになります。以下にAさんの計算例を挙げておきます。
30万円×16(月)+30万円÷160(時間)×1.25(時間外割増率)×40(時間)×12(月)=480万円+112.5万円
=592.5万円
【注8】
年俸制や職務給などの給与制度を採用しているとか、活発に中途採用を行う必要がある場合、同業他社など社外の給与水準を詳しく調査し、給与及び福利厚生などのプログラムの競争力を維持・向上させることになります。本来は、春闘相場といった大まかな給与マーケットの動向ではなく、もっと焦点を絞った人材マーケットの動向を見て年俸改定を決める必要があります。
作成・編集 人事戦略チーム(2024年6月3日)