ベンチャーにおける営業を再考する(2)
ルートセールスと言えば、自販機などの飲料の営業や生協などの宅配サービスが典型ですが、フランチャイズチェーンのエリア担当(スーパーバイザー、エリア・マネージャーなど呼び方はいろいろ)や医薬品卸のMS(医薬情報担当者だが事実上配送を兼ねる場合も)なども類似した機能を持っています。
その営業形態は、契約先や物品の納入相手と日常的に接触しつつ、顧客へ新製品やキャンペーンなどを提案したり、納品や支払い請求などを行ったり、定期的に契約交渉などを行います。業務プロセスの切り分け方によって個々の企業ごとに仕事の具体的な内容は異なりますが、一般的には物流や業務・営業事務などとは十分な調整が必要です。
組織体制は、営業全体の責任者、地域や業界をいくつかに分けた責任者(通常は営業課長など)、個々の顧客をもつ営業(ルートセールス)担当者、営業事務とか営業サポートといった営業担当を支援する業務担当者などから、ひとつの営業単位が構成されます。
通常、営業単位が多く必要(例えば47都道府県毎に営業拠点を設けるなど)となりますから、人材の採用・教育・配置及びオフィスやデポの設置などをゼロから作り上げるまでの時間・労力・費用などが多くかかることが想定できます。明日からいきなり全国展開というわけにはいかないのです。
営業担当者は、所定の顧客をもって日常の営業活動をします。その際に物流(配送)を兼ねるケースもありますし、個々の顧客向けにマーケティング活動を行うケースもあるでしょう。ただ、これらの活動は別の組織が行う形で分業化を図っている組織も少なくありません。
日常の営業活動としては、顧客との情報交換を通じて、いわゆる営業日報を作成したり、顧客との日常的なやりとりを通じて顧客の要望を吸い上げたり、自社の営業方針や活動計画に沿って顧客へ新製品やキャンペーンなどを提案したり、納品や支払い請求などを行うこともあるかもしれません。そして、定期的に契約交渉や与信管理なども行うこともあります。
マネジメントのありかたは、伝統的には上長や先輩が実地に同行訪問して「やって見せる」ものだったでしょう。現代では顧客との折衝からクロージングまでのプロセスを細分化して営業トレーニングを行うとか、営業プロセスごとに標準的な営業ツールを組織的に準備して成功事例を共有するとか、上長や先輩が指導するにしても事前にロールプレイングを個別に徹底した上で、顧客とのやりとりを再現させて次にとるべき行動や施策をともに考えるといった方法が主流となっています。
人材イメージとしては、顧客との折衝では時には伝えにくいこともあるかもしれませんが、主張・反論すべき時はしっかりと言うべきことを伝えることが必要です。但し、コミュニケーションの形態は対面でもリモートでも対応可能ですが、顧客に嫌がられてはダメです。できれば、かわいがられるキャラクターであることが望ましいでしょう。時には、顧客に丸投げではなく、肉体労働に自ら汗をかくことが求められる場面もあるはずで、それを厭わない姿を演出することもあるでしょう。
求められるスキルとしては、訪問したりリモートでコミュニケーションを取ったりする顧客のリストや日程の作成及び商談のテーマや商材選びなどはAIなどを活用して立案できるでしょうから、特段の計画力とかルート選定のノウハウのようなものはあまり重視されかもしれません。
それらよりも求められるスキルとしていくつか挙げてみましょう。例えば、顧客は元より社内関連部門とのコミュニケーション、定型的であっても時には数値分析を行ったり他社事例を担当顧客に紹介したりする程度の分析力や提案力、難しい契約変更などの際に上長や担当役員あたりまで引っ張り出して交渉を進める巻き込み力のようなもの、そして、日常的にやるべきことを忘れずに怠らずに必ず実行する徹底力、などが求められるでしょう。
経営としては報奨制度に特に留意すべきです。とりわけ、安直に短期的なインセンティブに頼ることは避けるべきです。というのも、新製品やキャンペーンなどを無理に顧客に押し込んで営業担当にボーナスや報奨金が支払われると、短期的には営業数字が上がっても、自分の報奨金を上げようとするあまり、中長期的には顧客の要望や期待に応えることが難しくなり、顧客との信頼関係を損なう虞が十分にあることに注意を要します。最悪の場合、自社との取引をいつどのような形で打ち切ればマイナスが少なくなるのかが、顧客にとって最大の関心事となってしまうことすらあり得ます。
こうしたルートセールスが成立するには前提条件があります。それは既に顧客網が存在することです。もちろん、新規の顧客を開拓することも求められはするでしょうが、まずは既存顧客をきちんとフォローした上での話です。
そこで、エリアや業界などで分けて顧客を維持・管理・深耕しつつ、同時に既存顧客から紹介などで新規の顧客を開拓することになります。取扱高や購入単価が高いとかインフルエンサーであるといった特定の顧客に密着して、その顧客向けに特注の製品やサービスを開発するといった方法もありうるでしょう。特に、高度な技術を要するシステムや設備、ハイファッションや高単価な外食や宿泊に関連するサービス、ウェルスマネジメント(プライベートバンキング)や外商などでは、SNSの時代であるからこそ密着型のルートセールスが効果をより大きく発揮するかもしれません。
このような営業スタイルのメリットは、顧客との接点を定期的にもつことができることに尽きます。そして、顧客との定期的な情報交換から顧客の状況を知悉しているので、次の提案につなげたり、まだ取り扱い実績のない製品やサービスを紹介したり、顧客の状況にあった製品やサービスを開発するヒントを得ることができたりすることも重要です。
一方、デメリットは、顧客の特定の部署や階層としか接点がないことにより、情報の限界があることです。特に大手規模な組織では担当者か担当部署の管理職までしか関係をもち得ません。従って、顧客にとって戦略的で組織全体に関わる課題を営業担当者は認識できる可能性が極めて低いのです。あくまで担当者や担当部署の問題に対して、自社の製品やサービスを提案するだけになりがちです。そうした提案すら行うチャンスもなく、毎日決まったセールストークを繰り返すだけという例も、まだまだ数多いものと思われます。
ベンチャー企業にとって、いきなりルートセールスの体制が必要となるビジネスモデルは、そもそもそのビジネスモデルがベンチャーとして取り組むべきものかどうか疑問はあります。
どうしても一定の地域や業界を取り込みたいのであれば、ターゲットとする地域や業界にルートを既に持っている会社と業務提携を行ったり、営業代行契約を締結して営業を代行してもらったりすることはあり得ます。もちろん、そうした企業や部門を買収して自社の組織に統合したり、販売子会社として販売や物流などを一括して任せたりするという手段もあります。
いずれにしても、一定の期間で望ましい規模のルートセールスの体制を実現するには、ゼロから人材を募集して体制を整備する余裕はないでしょうから、営業体制を作り出す時間と労力を資金で賄う必要が出てきます。つまり、ベンチャーにとってのルートセールスとは、法人格の面では多様な形態があっても、購入するものである点は変わりません。
作成・編集:経営支援チーム(2024年7月9日)