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ベンチャーにおける営業を再考する(4)

ベンチャーにおける営業を再考する(4)

 

ソリューション営業というのは、顧客のもつ課題について解決策を提案し、その解決策をひとつのパッケージとして販売するものです。ドラッグストアに降圧剤の処方箋をもってきた患者は、既に高血圧という自らの健康上の課題は明確に認識しているはずですから、「高血圧でお悩みの方に」というフレーズで、血圧計・血圧データ管理アプリ・減塩食品のお試しセットなどをひとつのパッケージとして提案するアプローチです。

法人向けの営業で言えば、パソコンが出現したころのように、ウィンドウズやエクセル・ワード・アクセスなどの個別のパッケージソフトを企業ごとにまとめて販売するのがプロダクト営業とすれば、それらを取りまとめて販売するだけでなく、その使い方をトレーニングしたり、事務処理の合理化や効率アップのために活用方法を指導したりすることで、紙ベースの事務処理からパソコンベースの事務処理へと顧客の合理化ニーズに応えるのがソリューション営業です。顧客の事情に応じて、パッケージの内容や提供するサポートやサービスは変わるかもしれませんが、個々のプロダクトを組み合わせて顧客が求める新たな価値を提供することには変わりはありません。

ただ、時には課題を認識していない顧客もいますから、課題をはっきりと顧客に示すところから営業活動を始める必要があるかもしれません。まずは、製品やサービスをプロダクト営業で売り込んだ後に、製品やサービスの活用状況についてアンケート調査の結果やデジタルデータなどから収集した数値などを分析して、どこに問題点があるのか抽出します。その問題点を構造化して課題を抽出し整理し、その解決策を提示する形でソリューション営業の担当(プロダクト営業と同じ人でも良いが、実際の営業活動の動き方や営業プロセスなどが異なるため、別の人や組織が担当するほうが望ましいでしょう)が営業活動を進めるのです。

「この製品やサービスを使えば〇〇ができます」というプロダクト営業のスタイルに対して、「〇〇が経営課題だと認識されているのであれば、このソリューションを導入して××を達成すべきです」と提案するのがソリューション営業です。前者が、効率を〇〇%アップとアピールするのに対して、後者は「××業務が不要になる」とか「△△の処理から解放される」くらいのインパクトが求められます。そうした実績が既にあれば、その実績を通じていろいろな恩恵に浴したはずの顧客を成功事例として紹介できますし、実績があまりないのであれば、業界や規模などの特徴を加味して、想定されるインパクトを試算する程度のことは必要です。

 

ソリューションの具体的な内容は、業界や企業規模の違い、営業・生産・研究開発・物流・経理財務・人事総務などの職能による違い、企業文化や業務システムの違いなど、さまざまに異なる要素によって相異なるものです。そこで、「業界トップの企業が導入」とか「上場企業で100社が採用」といったソリューション導入の事例や件数をアピールしたり、実際に導入している企業名を公表したり導入・実践・活用のセミナーなどに登壇してもらったりすることで、いかに経営課題の解決に資するものであるかを説明することになります。

ソリューション営業の担当には、まず、ソリューションを提供する業界や職務分野についての知識が必要です。そして、成功事例だけでなく失敗事例や成否を分けるポイントなども知悉していることが要請されます。もちろん、ソリューションを支える技術や理論についても、専門家同士のコミュニケーションのレベルではなく、一般のビジネスパーソンが上司や経営層に説明できるようになる程度の知識を移転できることは不可欠です。

ここで注意したいのは、営業担当とは言いながら本当に必要なことは、顧客とのコミュニケーションというよりも、顧客のマネジメントを行うことです。ソリューション営業では顧客が製品やサービスを単体で購入するわけではないので、そのソリューションが本当に自社の課題を解決できるのか不安と期待が生じます。そうした顧客の不安や期待を適切にコントロールできないと、不安が大きくなればそのソリューションを購入しないことになりますし、期待値が過大になればクレームを引き起こすことにつながります。

営業だからと言って、「何でもできます」というのではなく、できることとできないことを峻別して顧客に伝えたり、自社のソリューションではカバーしきれない課題については別の会社を紹介したりするといったことも重要です。

そこで、ソリューション導入の前後に、そのソリューションが機能するための前提条件となる業務フローや仕事の進め方(在宅勤務の可否、稟議決裁の手続き、会議やミーティングの進め方、紙を廃止してITベースの情報共有を進めるかといった事項など)について、コンサルティングやトレーニングなどを行う必要も出てきます。これらを必要に応じて顧客に提案したり、社内の関係部門を動員してコンサルティングやトレーニングを実施したり、事後に定期的にソリューションの効果測定を行ったりするのも、営業が取り仕切るべき事項です。

ソリューション営業では、既に述べたように、製品やサービスを単体で購入するよりもソリューションという形で取りまとめて導入するため、顧客の支払う金額も桁違いに大きくなり、担当者や担当のマネージャーで決裁できるものではなくなってくるはずです。顧客の方では、上級管理職や担当役員レベルが直接、プレゼンテーションや交渉の場に姿を現すでしょうし、自社も同程度かより上位の役職者が営業の現場に出ていく必要があります。

また、営業部門が単独で動くよりも、社内の他部門、特に技術支援部門や顧客向けのコンサルティングやトレーニングと行う組織などとの協同作業が必要となります。インターナル・コミュニケーション、というよりも組織の中の力学とか人脈といったものも、営業活動を成功させる鍵となるでしょう。

 

ソリューション営業の担当者は、そのソリューションが解決すべきテーマをもつ人々、営業に関する課題であれば顧客の営業部門(の責任者)、人事に関する課題であれば顧客の人事部門(の責任者)、経営課題そのものであれば顧客の経営者(または経営企画部門)等々に営業をしていかなければなりません。ソリューションについて語るには、営業すべき部門や立場の人々と同じ言葉で同じ問題意識をもってコミュニケーションを取っていくことが求められます。

こうしてみると、ソリューション営業は監査法人や弁護士事務所や経営コンサルティングファームなどのプロフェッショナルサービスの営業に近いものがあります。

これらのプロフェッショナルサービスでは、一般に営業はパートナーレベルの幹部の仕事です。パートナーが重要な顧客との関係を構築し維持・発展させながら、より経営の根幹にかかわる課題にアプローチしていくことで、仕事を作り案件を獲得していくことにつながります。顧客の新規開拓も同様で、開拓しようとする業界・業種や企業グループなどを絞って、仮説としての経営課題についてその解決策を個別に提案したり、レポート発表やセミナー等で関係者から興味・関心を引き出したりすることが求められます。

このようにソリューション営業と一口に言っても、プロダクト営業により近いスタイルか、プロフェッショナルサービスにより近いスタイルかによって、大きな違いがあることがわかります。

特にマネジメントのありかた、中でも報奨プログラムの考え方や実際が異なります。プロダクト営業であればいわゆるセールスインセンティブを重視し、四半期や年間で獲得した案件の件数や契約額に応じて賞与や報奨金を支給することになります。

一方、プロフェッショナルサービスであれば、短期的な営業成績よりも一定期間での営業活動や顧客マネジメントへの貢献度に応じて、マネージャーからディレクターへさらにパートナーへと昇進させていくのが報奨となります。もちろん、昇進には基本給の大幅な昇給がついてくることは言うまでもありません。

ソリューション営業でもそのスタイルの違いに応じて報奨制度が異なれば、それに応じて業績評価基準も異なるはずです。そして、業績評価の方法や評価者のありかたも違ってくることになります。

 

では、ベンチャー企業がソリューション営業に取り組むのはどのような場合でしょうか。

事業を立ち上げた当初は製品やサービスを単体で売り込むとしても、プロダクト営業は一定規模の営業組織をもっているビジネスパートナーとなる企業などに任せて、実績としてアピールしたい重要な(潜在的な)顧客には新たなソリューションを売り込むといったケースが考えられます。

例えば、個々の営業ツールを売るのはパートナー企業を中心に行い、他社製品も組み込んだり特定顧客向けにカスタマイズしたりした営業支援システム=ソリューション=は自社を売り込んでいく、というものです。人事分野で言えば、エンゲージメント・サーベイは自社サイトに誘導して使ってもらい、そこで明らかになった人事や組織に関する課題については、解決のためのプログラム(モチベーション向上の施策全体を導入し、必要なトレーニングやシステムのインストールなどを行い、施策の実施状況をモニタリングし、次に必要な方策を提言していく)=ソリューション=を導入し浸透させていくのです。

ここで、経営課題を類型化して、自社のソリューションの有効性や使いやすさや低コストなどアピールすべきポイントを整理し、業界・業種や企業規模や地域性などを反映させて営業活動を行う必要が出てきます。個人事業主や小規模企業の持つ課題と、上場会社やグローバルに事業を展開する大企業では経営課題が違って当然です。

今日明日の仕事をこなしてくれる人手にも困っている小規模な事業者では、まずはスポットでも良いから人手を安定的に確保することが要請されます。その次に、人手に頼らなくても仕事をこなせる仕組みや体制を作り出すために、必要なITツールなどを手早く導入すべきでしょう。こうした流れに応じたパッケージをソリューションとして提案することと、グローバルな大企業向けに多国籍で多言語に対応したタレントマネジメントシステムを提案して人的資本経営を実践していくソリューションでは、異なるのが当然です。

生成系AIなどを活用すれば短時間で、業界・業種や企業規模や地域性に応じて課題となりそうなことを調べることができる時代です。顧客となってほしい法人にとって今何が経営幹部の間で注目を集める話題となっているのか、ある程度まで合理的に推測することは十分に可能です。具体的に顧客名を絞り込むことができない段階であれば、まずは、誰もが知っている著名な企業に売り込むつもりで提案書を作成してみるのも、ソリューション営業の第一歩かもしれません。

可能であれば、自社で開発中のソリューションを試しに活用してみようとする公的機関・大学等の学術機関・ユーザー候補の企業などを募って、一種のコンソーシアムを作って共同で開発に当たるのも、ソリューション営業につながる方法です。こうした事業体を組成するのもベンチャー経営者の仕事のひとつであると認識しておくべきです。業界における新たなスタンダードを作り出すには、ベンチャーといえども組織的な仕掛けが必須です。

 

 

 作成・編集:経営支援チーム(2024726日)