ベンチャーにおける営業を再考する(6)
これまで紹介してきた営業の4つの型がベンチャー企業にとってもつ意味を、改めて考えてみましょう。
ルートセールスの体制が必要となる事業に取り組むというのは、そのビジネスモデルがベンチャーとして取り組むべきものかどうか疑問はあります。とは言え、どうしても一定の期間で望ましい規模のルートセールスの体制を実現したいのであれば、ルートセールスの体制を作り出す時間と労力を資金で賄うことになります。
ベンチャーにとってのルートセールスとは、法人格の面では他社に依頼する営業代行とか営業力のある企業との業務提携など、自社整備以外に多様な形態がありますが、資金が必要である点は変わりません。資金に加えて時間もあれば、他社の営業部門を買収して自社の組織に統合したり、販売子会社として販売や物流などを一括して任せたりするという手段もあります。いずれにしても、相応の経営資源(資金)がなければ成り立ちません。
プロダクト営業について考えてみると、法人向けに売る製品やサービスでは最初の顧客が自社として、2社目、3社目と起業家個人の人脈などで開拓することになるでしょう。そこからいかにスケールアップしていくのか、そのスピードをいかに上げていくのかが、ベンチャーにこそ問われるポイントです。
言い換えると、営業の仕組み化・システム化・組織化が必要なのです。起業家自身に営業経験があればそれを最大限に活用します。これといった営業経験がないのであれば、営業経験や営業組織のマネジメント経験を有する人を立ち上げメンバーとして迎え入れなければなりません。
無理に多くの営業担当を抱え込むことは避けるべきです。顧客や見込み顧客とリモートでコミュニケーションをとり、提案書や見積書などもAIを活用して作成するなどして、少人数で効率の良い営業組織を運営するのに実績のある営業マネージャーを一人雇うことができれば、ベンチャーのプロダクト営業は十分に機能するはずです。
事業を立ち上げた当初は製品やサービスを単体で売り込むプロダクト営業で満足できるとしても、自社は営業よりも開発に重点を置いたり、実績としてアピールしたい重要な(潜在的な)顧客を開拓したりしたいという場合には、新たなソリューションを売り込む必要が出てきます。例えば、個々の営業ツールを売るのはパートナー企業を中心に行い、他社製品も組み込んだり特定顧客向けにカスタマイズしたりした営業支援システム=ソリューション=は自社で売り込んでいく、というものです。
このような場合、経営課題を類型化して、自社のソリューションの有効性や使いやすさや低コストなどアピールすべきポイントを整理し、業界・業種や企業規模や地域性などを反映させて営業活動を行う必要が出てきます。個人事業主や小規模企業の持つ課題と、上場会社やグローバルに事業を展開する大企業では経営課題が違って当然です。
生成系AIなどを活用すれば短時間で、業界・業種や企業規模や地域性に応じて課題となりそうなことを調べることができる時代ですから、顧客となってほしい法人とか誰もが知っている著名な企業にとって今何が経営幹部の間で注目を集める話題となっているのか、ある程度まで合理的に推測して提案書を仮に作ってみることは十分に可能です。
また、自社で開発中のソリューションを試しに活用してみようとする公的機関・大学等の学術機関・ユーザー候補の企業などを募って、一種のコンソーシアムを作って共同で開発に当たるのも、ソリューション営業につながる手法です。特に業界における新たなスタンダードを作り出すには、ベンチャーといえども外部関係者を広く取り込むような組織的な仕掛けが必須です。
ベンチャー、中でもスタートアップは、自社の製品やサービスを開発するのに手一杯の状況で、課題を洗い出す営業担当を顧客に張り付ける余裕などないのが普通です。第一号となる顧客に起業家自ら張り付いて、顧客の実情を調べ上げた上で自社の技術やプロダクトを課題解決に役立てることが可能かどうか、徹底的に試してみる価値はあります。これがインサイト営業のスタートになります。そこからインサイト営業の核となるものが形成されたり、ソリューションのプロトタイプが生まれたりするのかもしれません。
ベンチャーに限った話ではありませんが、事業の特性やビジネスモデルに合った営業の型を見分けて、適切な型で営業を行う必要があります。ましてベンチャーは経営資源が限られているので、適切な型がわかっていても実行するだけの経営資源に欠けることもありますし、そもそも適切な型がわかっていないとなると無駄な営業を行って何の結果も出ない事態に陥ってしまいがちです。
顧客と一口に言っても、製品やサービスを購入するだけの要望をもつのか、具体的な課題があって解決策を探しているのか、そもそも何が課題かわからないのか、明確に答えられるとは限りません。担当者、マネージャーレベル、担当役員レベル、経営トップレベル、どの階層を向けて営業を行うのかによっても、答えは異なってくるはずです。
ベンチャーで立ち上げるべきビジネスが立ち上がらない理由の一つは、営業の弱さにあることは、ベンチャーを経営する際に決して忘れてはならなりません。もし、経営者が自身を振り返ってみて、営業の知見や能力や経験に欠けるのであれば、営業責任者を採用することです。営業の戦略立案、組織体制や業務システムなどの仕組み作り、人材の獲得・育成、営業教育の企画・実施、望ましいカルチャーの醸成、報酬制度の立案・運用など、営業の型によって内容は異なりますから、経験のない型であっても対応できるだけの営業幹部人材を求めたいのです。
その際に注意したいのは、個人としての能力や経験がいかにある人材であっても、営業の仕組み作りや体制整備の力量がなければ採用すべきではありません。更に言えば、営業の研究開発を試みてきたかどうかも、必ず問うべきポイントです。
一般に、規模が大きい企業や歴史が長い企業ほど営業の研究開発を怠っているのではないかと実感できます。営業自体の見直しを行っている経験のある組織は、実は少ないのです。ベンチャーには既存の企業とは異なる独自の営業があるはずで、営業についても仮説と検証のサイクルをスピーディーに回していくことが求められるでしょう。営業の手法や体制について、機動的に開発していくことが必須なのです。
消費者向け事業と同じように、法人向け事業でもビッグデータを活用することにより、効率的な営業戦略を策定して成果を出している企業もあります。また、AIを活用して成功パターンを抽出したり、反対に失敗から自動的に学ぶべきポイントを明らかにするようにAIを活用したりもします。特にゼロからイチを作るには、自社での活用や起業家自身が直接知っている法人に展開するだけでなく、同時に広く先着100社に無料で製品やサービスを提供するなどの展開方法を採り入れたり、自社サイト上でA/Bテストを毎日繰り返して精度を高めたりすることも必要です。
営業対象の地域や業界をマイクロマーケットに細分化し、データ解析によって成長が見込まれるホット・スポットを見極め、そこに資源を効果的に再配分するというサイクルを回すには、まず自社の目標や資源を考慮して、理想的なマイクロマーケットの規模を決めるところから始まります。それぞれの成長性や現状のシェアを把握し、差異の原因を分析し、過去の実績ではなく今後の成長性に基づいて、適切な人員計画や重点攻略先を決めるのです。
市場のタイプごとに営業シナリオなどのツールを整備し、各担当者が使いこなせるようトレーニングを行います。こうした戦略の策定や実施には、営業の業績評価制度を連動させ、営業部門とマーケティング部門が協力し、分析結果と現場の行動を結びつける人材を育成することが欠かせません。こうした営業サイクルをベンチャーのスピード感で回していきます。それが、ベンチャーにとって営業戦略が実行されている状態なのです。
作成・編集:経営支援チーム(2024年8月7日)