2024年夏の3冊(3)~「重力のからくり 相対論と量子論はなぜ「相容れない」のか」
表現が厳密でなければならないものの代表が数学や物理学でしょう。数式で表現されるものは厳密ではあるものの、その意味を理解するだけの知識を持っていなければ未知の外国語よりも理解しがたいものでもあります。
さて、3冊目に採り上げるのは、『重力のからくり 相対論と量子論はなぜ「相容れない」のか』(山田克哉著、2023年、講談社ブルーバックス刊)です。
ブルーバックス自体が科学を一般の読者向けに展開している新書なので、図表・写真・イラストなどを用いて読みやすく理解しやすいように工夫されています。数式そのものがもつシンプルな表現こそが、自然科学を記述するのに適している点も見逃せません。本書も数式が出てきますが、数式で表すことができることを同時に文章化することで、物理に不慣れな読者も内容についていくことができるように意図されているようです。
その一例として、ふたつの式とその説明を紹介します。
F=ma (式1-1、ニュートンの第二法則)
F=G(mAmB/r2) (式2-2、ニュートンの万有引力の法則)
一つは、質量mをもつ物体に力を連続的に加えつづけると、その物体は加速されるという「ニュートンの第二法則」とよばれる運動の法則です。この式は、たった1個の物体(質量m㎏)に力F(N)が加わったとき、物体は加速度a m/s2で加速されることを示しています。(中略)もう一つの式は、「万有引力の法則」です。こちらは二つの点状物質(あるいは、ともに質量密度が一定の二つの球体)に作用している重力を表しています。(本書76ページ)
式と説明がセットで紹介されることで、物理学の基本的な法則を表す式とその意味をまとめて理解できるようになっています。ここに質量と重量の違いが明確に表されています。
そして、F=ma(式1-1)において、力が重力の場合は、質量mの物体には重力加速度gで加速されるということを表す運動方程式が示されます。
重力=mg(式1-3)
私たちが生きている世界(この宇宙と呼んでもいいでしょう)は、正に、この重力がいたるところに存在する世界です。そして、重力がある世界では、物体は連続的に変化(運動)することが理解できます。ここから、相対論についての説明が展開されていきます。
一方、物質の最小構成単位を明らかにしようとする物理学である量子論では、物質のもつ電荷には最小単位があることがわかっています。その最小単位は次のように記述されます。
e=1.602×10-19(電荷の最小単位、1クーロン)
この記述から理解されるように、物質の最小構成単位のもつ電荷は定数です。つまり、すべての物質はこの電荷の整数倍となる電荷をもつはずですから、電荷(エネルギー)という面から見ると、物質はデジタルに表現できるはずです。
例えば、この物質Aは1億5600万クーロンだが、別の物質Bは7583万クーロンといった具合です。実際にはエネルギーの単位はジュールですが、いずれにしても、デジタルに表現可能なものです。
一般相対性理論における重力場が「なめらかに連続的に変化している」と聞いて、「量子論と相容れない」ことにピンときた人は、物理学の勘が研ぎ澄まされています。
そうです、電荷や電磁波のエネルギーを例に、あるいは日本の通貨「円」を喩えに用いながら説明したように、「量子化されている」ものは連続的には変化できず、飛び飛びの値で離散的にしか変化できないからです。(中略)
原子1個よりも桁外れに小さい、文字どおり以上の超ミクロサイズの空間にも、重力場は存在するはずです。(本書247ページ)
つまり、連続的に変化する重力が存在する(重力場がある)ことを認めると、ミクロの世界の物理を記述する量子論と矛盾するのではないかということが、本書のテーマなのです。そして、この矛盾を解消する統一的な理論の誕生が現代物理学で求められているのですが、それはまた次のテーマです。
このように、数式を用いてその意味を説明していくことで、現代の物理学の一端に触れることができます。本書は厳格に理論を説明しなければならない領域において、数式と言葉による説明のバランスを巧みにとっています。学術論文ではほぼ無理なことを、一般向けの解説書であるから可能な表現方法を採って説明しています。
本来は専門家こそ、専門的な表現形態を一般向けにわかりやすく変換して表す技術を身につけてほしいものでもあります。それは、自然科学の領域だけに留まらず、社会科学や人文系の学問分野においても、専門家に必要なスキルでしょう。
作成・編集:QMS 代表 井田修(2024年8月30日更新)