クリス・クリストファーソン氏の訃報に接して
先週土曜日、カントリーミュージックのシンガーソングライターで俳優としても活躍したクリス・クリストファーソン氏が亡くなったことが報じられました(注1)。88歳でした。死因などは公表されていませんが、ハワイの自宅で亡くなったそうです。
筆者は、俳優としての活躍、それも以下の4作品(注2)に限っての活躍しか直接見聞きしたものはありませんが、それだけでも極めて大きなインパクトを受けたものです。
「アリスの恋」(“Alise Doesn’t Live Here Anymore”USA、1974年)
「スター誕生」(“A Star Is Born”USA、1976年)
「コンボイ」(“Convoy”USA、1978年)
「天国の門」(“Heaven’s Gate”USA、1980年)
「アリスの恋」は、マーティン・スコセッシ監督が当時数多く製作された女性の生き方をテーマとする映画のひとつをエレン・バースティン(最も有名なのは“エクソシスト”で悪魔に取り憑かれた少女リーガンの母親役でしょう)を主人公に据えて描いた作品です。ここでは、独りで子供を育てつつ歌手を目指してウェイトレスで生計を立てる主人公を理解して見守る、レストランの常連客で農場主を演じています。
「スター誕生」は同名の映画のリメイク(注3)で、主にTVドラマで活躍したフランク・ピアソンが監督しました。主演のバーブラ・ストライサンドの代表作の一つです。ここで氏は、主人公の才能を見出して恋愛関係もありながらスターに成長させる一方で、自らはスターの座から転落していく歌手を演じています。
「コンボイ」はC.W.マッコールのコミカルなC&Wの曲をもとに製作され、西部劇出身のサム・ペキンパーが監督した、USA版トラック野郎の映画です。氏は主人公の通称ラバー・ダックに扮しています。ふとした経緯から警察などを向こうに回して爆走するトラックの集団(コンボイ)のリーダーを演じています。カントリーミュージックの背景にあるアメリカ人の生活とか気質といったものを感じさせる作品です。
「天国の門」は「ディア・ハンター」でアカデミー賞を獲ったマイケル・チミノが脚本・監督を担当した歴史大作(19世紀に起きたジョンソン郡戦争をモチーフにした作品)です。氏は主人公の保安官エイブリルに扮し、ジョン・ハート(「エレファント・マン」で英国アカデミー賞を受賞、「エイリアン」にも出演)、イザベル・ユペール(当時カンヌ映画祭で主演女優賞を獲ったりセザール賞の候補に)、クリストファー・ウォーケン(「ディア・ハンター」で助演男優賞を受賞)など、実力のある俳優たちと共演しました。ただ、この作品は、アメリカ史の恥部を大作で扱った故か批評やメディアの受けが悪かった上に、莫大な製作費をかけたにも拘らず、まったくヒットせず、結果的に製作・配給のユナイテッド・アーティスツ社を消滅させたということで映画史に名を遺すに至ったもの(注4)で、氏の俳優としてのキャリアにも大きく影響したのではないかと思われます。
この作品以降も数多くの映画作品に出演したり、歌手としてもステージに登場したりして活躍していましたが、これらの4作品だけでも、WASPと呼ばれていた白人男性アメリカ人の良い面とダメな面を体現できた俳優だったことは間違いでしょう。
【注1】
たとえば、以下のように報じられています。
映画「スター誕生」クリス・クリストファーソンさん死去 米人気歌手:朝日新聞デジタル (asahi.com)
【訃報】クリス・クリストファーソンが88歳で死去-カントリーミュージックのスーパースター兼俳優 - THR Japan (hollywoodreporter.jp)
【注2】
予告編を紹介します。
【注3】
もともとは1937年に製作されたバックステージものでしたが、1954年にジュディ・ガーランド主演でミュージカル版“スタア誕生”となり、そのリメイクとして1976年版が製作されました。更に2018年にリメイクされたのが“アリー/スター誕生”です。
【注4】
「天国の門」の製作やユナイテッド・アーティスツ社の経営に関しては、「ファイナル・カット~『天国の門』製作の夢と現実」(スティーブ・バック著、浅尾敦則訳、筑摩書房1993年刊)で当事者が詳細を語っています。なお、現代では芸術的な観点から「天国の門」を再評価する声もあります。一例を挙げれば、撮影監督だったヴィルモス・スィグモンドはインタビューに答えて次のように語ったことがあります。
それまで一度も経験しなかったようなやり方で映画の全体的雰囲気を作り出すというチャンスに恵まれました。キャンパスの広大な映画でした。エキストラも大勢だし、美しいセットがいっぱい使えた。(中略)室内場面でスモークを使って時代色を出すといった、前々からやってみたかったことをやってみた。当時はストーブから本当にスモークが出た。1900年に生きていたら目にしたであろうイメージがあれだったんです。(中略)批評家が視覚効果にまで難癖をつけたのは解せません。他の点に関する批判には納得できるものもあったけど、ルックになぜ反感を抱くのかはどうもよくわからなかった。(「マスター・オブ・ライト〔完全版〕」(フィルムアート社2023年刊)515ページ)
筆者は「天国の門」を日本公開当時(1981年)に東京テアトルで観ました。劇場の構造もあって、自分が19世紀末のアメリカで騒乱に巻き込まれている感に捉われました。音楽や音響効果も、映画で描かれている世界であればこう聴こえるのではというものであって、セリフを含めて必ずしもクリアに聴こえるわけではないことを体験した記憶があります。今なら、イマーシブな体験に近いものだったと言えます。
なお、日本公開版も約2時間半の短縮版だったためか、もっとこの世界に浸っていたいと思いながらやや物足りなかった気もしました。当時は、ファスビンダー監督の「ベルリン・アレクサンダー広場」やベルイマン監督の「ある結婚の風景」、テオ・アンゲロプロス監督の「旅芸人の記録」や「アレキサンダー大王」といった長尺ものに慣れていたせいかもしれません。
作成・編集:QMS代表 井田修(2024年10月1日)